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そう理由を述べるにはあまりにも、君への愛おしさが増してしまったから。

作者: 綴詩翠



目の前に広がる大海原を見て、君に話しかける。



「ここに来るのは、君と出会った日以来だ……」





それは、一年前の春のこと。

その日は土曜日で、華道家という仕事は休みだった。

朝起きてカーテンを開けると、空はどこまでも縹色だった。

所謂快晴ってやつだね。

ただの快晴じゃなくて、どことなく綺麗な空は中々ないと思って、昼食を済ませたら散歩に行こうと決めたんだ。



早めに昼食を済ませて、昼過ぎになった。

スマホと財布をズボンのポケットに入れ早速アパートから出てみると、天から降り注ぐ光がとても暖かかったのを覚えているよ。

だから気分が良くて、頬が緩みそうだった。

でもアラフォーにもなろうとしている大の男が笑いながら歩いていると不審だから、顔には出さないように頑張ったよ(笑)。



そのまま足取り軽く、私は近所の海にたどり着いた。

波打ち際まで歩いていく間。

既にその時から、私は君にしか目が行かなかった。

まだ君の顔が見えず、後ろ姿しか見えない位置から、隣に並んで君の疲れ絶望し切った瞳が見える位置まで、ずっと。

実は君の表情を見る前も、どんな気持ちで君が波打ち際に立っているのか、なんとなく分かっていたんだ。

だってあまりにも、君の背中が辛そうで、助けてと叫んでいる気がしたから。

私は、君のしようとしていることを止めざるを得なかった。



『自殺、するつもりなのかい?』



その一言に、君は虚ろな瞳を私に向けた。

確かにこちらを見られているのに、透視して自分より後ろを見られているかのようだったよ。

光が……映っていなかったね……



君は顔色一つ変えずに答えた。



『……止めようとでも、思っているの?』



もう全てを諦めている君に胸が痛みながらも答える。



『ああ、そうだよ』



その言葉を聞いた瞬間、やっと君の顔に怒りという感情が張り付いた。



『勝手なこと言わないで、邪魔しないで、消えて』



君は今すぐにでも消えてしまいたいと思っているはずなのに、そうせず私の質問に答えてくれて、怒りをあらわにしてくれて嬉しかったよ。



でもだからこそ、余計に君に死んで欲しく無くなった。



『それは、出来ないな』

『どうして……?しつこい人は嫌われるんだから』



それだけ言って、君はその場を離れようとする。

だから、咄嗟に君の手首を掴んだ。



嫌われたっていい。

だから、この手だけは絶対に離さない。



そう思いながら、ギュッと。



すると君は私の方をキッと睨んで、今までで一番力の籠った声を出した。



『あなたには関係ないでしょ?』



関係ない、か……



『……少し、昔話をしてもいいかな。私には丁度君くらいの妹がいたんだ』

『……いた?』

『自殺でね、死んでしまったんだ。二十九歳だった』



そう伝えると君は、自分だって今から自殺しようとしている癖に、嫌そうに顔を(しか)めた。



……と思っていたけれど、君が嫌そうにしたのは自殺のことでは無くて。



『な……それって私がアラサーに見えるってこと?』



私は予想外の言葉に少し呆けてしまったよ。

この時から既に、君は他の人とは少し違っていたね。

ズレていると言うか、他人に興味が無いと言うか。



『おや、違ったかい?』



ほんの少し意地悪をしてみたくなって、出た言葉がそれだった。



『……違わ、ないけど』



君は案の定納得いかないといった顔をしていて、可愛く、純粋だと思った。



『話が逸れてしまったね。私の妹はどうやら、職場のことで色々悩んでいたらしくて。それに気がつけなかった私と両親は、酷く自分を責めたよ』



人の死とはあまりにも突如としてやってくるもので、正月になればまた会えると思っていた妹と新年の挨拶を交わす機会は訪れなかった。

最悪の気分で、食事は喉を通らなかった。

でも君は今私の目の前にいて生きているのだから、まだ間に合う。



『君には、自分のことを心配してくれる家族がいるんじゃないのか?』

『……』

『私は、私のような家族を失って苦しむ人が生まれることを、防ぎたいんだ』



あんな思いをする人など、いないに越したことはないのだから。



『……それが、私の自殺を止める理由?だとしたら凄く勝手。私の事情も知らな……』

『好きだから』

『……え?』

『君が好きだから、死んで欲しく無いんだ』



嘘をついた。

そうしてでも、自殺を防ぎたかったから。



けれど君はそれを知らないまま、私の言葉を疑いもしないで、



『っ……ほんとに、勝手……』



と顔を逸らした。

それでも耳が見えてしまっているから、顔が赤くなっているの、隠せていないよ?

でもあまりにも君の反応が可愛らしいから、それは言わないでおいたんだ。

今更になるけど、許してくれ。






君から自殺をしようとしていた理由を聞いたのは、君が『……分かった。自殺はやめる』と言ってくれた後の事だった。

君は、病に犯されていたのだね。

それも簡単には治らない、もう十五年も前から君を苦しめている重い病。

それを知った私は、今更無責任にも自殺を止めたことを少し申し訳なく思った。

私は重い病に犯されたことが無く、君の苦しみを理解出来ないのにも関わらず、苦しみ続けろと言ったも同然だったから。

けれど君は、私の好きだからという嘘の理由を聞いて、苦しむ道を選んだ。

その時から既に、私は君の沼にハマっていっていたのかもしれないね。



君の自殺を止めたその日から私は、君とプライベートを過ごすことが多くなった。

君が入院している病院に通って、他愛のない会話をした。

そして君が苦しんでいる時は、ずっと傍にいた。

病院食を嫌がる時は、私と看護師さんで……



あ、そういえば。

あの時、君が入院中なのにも関わらず病院を抜け出して、自殺しようと海に来ていたことを知った時は、とても驚いたよ。

君が頑張って病院食を食べている間に、看護師さんがその話題を上げたんだったね。

本当に驚いたと、もうこんなことはしないでくれと、君は怒られていたね(笑)。

すると君は、ちゃんと病院食を食べる約束をするからもう怒らないで、なんて言って反省した様子を見せて。

それでも看護師さんは見逃してくれなかったね。



君が入院中、外の景色を恋しそうに眺めているのを見た時は、胸が締め付けられてたまらなかった。

でもそれと同時に、君が私に見せてくれる笑顔は、出会った時とはまるで違う、明るく眩しいものになっていった。

それが少しでも私と時を過ごしていることにより起こったことならば、心から嬉しく思うよ。



けれど君が高熱でうなされている時、私は君よりずっと大人のつもりでいたけれど、いざとなって私に出来ることは何も無かった。

ただ君の(まぶた)が開く時が再び来ることを願い、手を握っているだけ。

大事な場面に直面して、やっと気付かされる自分の無力さ。

それに私は吐き気がするくらいだったけれど、君はそんな私も欲してくれて、私が君を支えていくつもりだったのに、実際は私の方が君に救われていた。

私よりずっとか弱く、いつ命の灯火が消えるか分からない不安や恐怖を常に感じている君は、私よりずっと強かった。

私はそんな君に……



そんな、君に……



いつの間にか、恋をしていた。



君の自殺を止めるために使った愛の言葉が、今となっては嘘でなくなって嬉しい、のだけど……



君はもう、いないから。



君への思いが止まることなく私の中に溜まっていき、今にも溢れそうで耐え難いほど苦しい。

でも君はいない、いないんだ……っ

苦しいから分かっているけど分かりたくないし、苦しいから諦めたいけど諦められない。



空の上からだけれど、君にも見えるだろう?

ほら、目の前を白い鳥が飛んでいる。

あんなのを見ていると、私も鳥になって君に会いに行けたらいいのにと、望まずにはいられないんだ。



私は残念なことに、一目惚れをしたわけじゃなかった。

だからさっきから言っているように、あの『好きだから』は嘘で、君の自殺を止めたのも、亡くなった妹と君を重ねて見ていたからだ。

でも今ここを訪れている理由に、君と妹を重ねているからだとは言えない。

何故ならそう理由を述べるにはあまりにも、君への愛おしさが増してしまったから。

この気持ちは、妹へのものとは絶対に違う。

それを分かっていたのに、私が君に言った愛の言葉は、あの嘘の『好きだから』だけだ。

それを今になって、酷く後悔している。



だからせめて、今ここで言わせてくれないか。

君がこの世から消えて、もう一ヶ月。

君は遅いと言って怒っているかもしれないけれど、立ち直るまで時間がかかったんだ、すまない。



………



急に言葉が出なくなってしまった。

君へたくさん気持ちを伝えようと思っていたのに、本当、情けないね。

ならもう言ってしまおう。



「私と、結婚してくれ」



今ここから、君の姿が見えているわけではない。

返事も帰ってこない。

分かっているよ、おかしなことを言っているのは。

笑ってくれて構わない。

けれど愛することに、突然もおかしいも無いんだ。

もちろん容姿だって関係ない。

貯金も声も性格も、体が不自由で外に出られなくなって。

たったの一度でも愛おしく思ってしまえば、そんなものどうだって良くなるんだ。



(すみれ)さん、愛している。

心から愛している。



これまで私が、この言葉を送るに相応しい何かを君に与えられたかと聞かれると、そうではないかもしれないけれど。

君と過ごせたのは、十一ヶ月という短い時間だったけれど。

私のこの思いは、一生続いて行くから。



そして、菫さん。

今まで、よく頑張ったね。

ああ……本当に、



「よく、頑張った……っ」



いい歳してこんなに泣いて……私はいつだって格好つけることが出来ないなぁ……



今日、私が君に伝えた思いがどこか不快だったなら、聞かなかったことにしてくれ。

独り言だということにするから。



………



「え……?」



今、どこからか愛してるという声が……



………



「何も聞こえてこない、か………ああいや、なんでもないよ」



愛する君への、独り言。


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