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9/11

吹雪の夜

 「魔王ちゃん、今日は泊まっていったら」


 フィルのお母さんにそう言われて、魔王は顔をあげた。いつものようにフィルの村にやって来た魔王は雪が降り出したのでフィルの家の宿に入った。フィルと話し込んでいるうちに雪の勢いが増して吹雪になっていたのだ。


 日が落ちかけている上に吹雪とあっては下手に動くのは危険だ。吹雪を避けるために宿に入って来た旅人もいる。確かに今日はここに泊まる方がいい。


 「しかし、泊ってもいいのか?」

 「空いている部屋があるから大丈夫。ちょっと宿のお手伝いをしてくれたら、いいから」


 そう言われて魔王は納得した。フィルの家の宿は入ってすぐの場所がご飯を食べる食堂になっている。暖炉があり、勇者と魔王の戦いを描いたタペストリーが壁にかかっている。食堂では宿泊客が集まってしゃべったり、ゆっくり過ごすことが多い。フィルのお母さんはお父さんと一緒に最後のお客さんが引き上げるまで、そこで仕事をしながら宿を見守っている。魔王はそこで一緒に起きておいてほしいと頼まれた。


 「そういうことなら、この魔王に任せるがいい」


 魔王はフィルのお母さんから暖かい飲み物を受け取ると、暖炉の前の椅子に座った。フィルも魔王の向かいに座った。


 フィルと魔王は再び話し込み始めた。外の吹雪は勢いを増したようで、時折、窓枠をガタガタと揺らした。宿の中は暖かく安全なのだが、フィルにとって吹雪の音は少し怖く感じる。魔王はきっと吹雪なんて平気なんだろう。そう思って話題にしてみると予想外の答えが返ってきた。


 「吹雪の日は大変だったな。特に一人旅をしていた頃は苦労した」


 部下たちと出会う前は一人で旅をしていたという魔王。ある日、雪がひどくなり始めたので洞窟に入って雪がやむのを待つことにした。しかし、雪は全くやむ気配がなく、それどころか吹雪になってしまった。


 「その後、しばらくは吹雪で動くに動けなくなったのだ。洞窟の中は寒いし、散々だったぞ」


 フィルは魔王が一人で旅をしているところを想像してみた。明るく話してはいるが、たった一人で旅をするのは大変だったに違いない。洞窟の片隅で寒さに耐えながら吹雪がやむのをひとりぼっちで待っていたのだろう。


 魔王がどれだけの間、一人で旅をしていたのかは分からない。少なくともフィルが考えるよりもずっと長い年月だろう。もし自分がそんな立場に置かれたら、寂しくてくじけてしまったかもしれないとフィルは思った。


 もちろん魔王も一人での旅は苦労も多く、くじけかけた時もあった。それでも今まで何とかやってこられたのは持ち前の前向きさと仲間と巡り合うという幸運に恵まれたからだと言う。


 二人は暖炉の前でずっと話をしていた。宿の中は暖炉のおかげでとても暖かかった。夜がふけるにつれて客は一人また一人と部屋へ戻って行った。フィルはいつもなら、とっくに眠っている時間になっていたが、魔王と話しているのが楽しくて起きていた。だが、遂に眠くなってしまった。


 「もうそろそろ休んだらどうだ」

 「そうする。魔王は?」

 「私はまだ起きている」


 魔王が視線を向けた先には、まだ起きている客がいた。魔王はフィルのお母さんに頼まれた仕事をきちんとこなしてから眠ろうと考えていた。


 フィルはこの場を魔王に任せて、先に眠ることにした。フィルは今晩、魔王が泊まる部屋の場所を教えると2階に上がった。

 

 魔王はフィルを見送ると、そのまま暖炉の前に残った。そして、暖炉で火が燃えている様子をぼんやりと眺めた。


 フィルと入れ替わりにフィルのお父さんが食堂に入って来た。明日の仕込みをしながら、宿を見守るためだった。お父さんは暖炉の前にまだ魔王がいるのを見て、魔王が約束を守ろうとしていることに気づいた。


 こうやって見ていると魔王は他の観光客とほとんど変わらない様子だ。本物の伝承の魔王だと聞かされて知っていたが、それを知らなければ魔王だとは思わなかっただろう。


 フィルのお父さんは宿の壁にかかったタペストリーに目をやった。タペストリーには魔王に立ち向かう勇者の姿が描かれている。この国ではよく見かける伝承の一場面を描いたものだ。魔王は勇者よりもかなり大きい、巨大な影のような恐ろしい姿で描かれている。


 お父さんはタペストリーと本物の魔王を交互に見比べた。全くといっていいほど似ていない。目の前の魔王はそもそも、こんなに大きくないし、恐ろしくもない。珍しい魔法が使えて剣の達人だとフィルから聞かされていたが、ただ見ただけでは、それも分からなかったと思う。タペストリーの絵はきっと想像で描かれたのだろう。人生はいろいろなことが起こるものだが、まさか本物の魔王に出会うとは思わなかった。


 フィルのお父さんは村で何度も魔王を見かけていたが、話をしたことはなかった。何となくじろじろと見ていると目が合ったので気まずくなった。一体、何を話せばいいのか見当もつかない。魔王がこっちを見ているので話さないのもおかしいだろう。


 「あんた、魔王なんだってな」


 我ながら変な話題のふり方だ。だが、魔王は全く気にする様子はない。


 「いかにも。我こそは魔王」


 しゃべり方は魔王らしく思える。


 「ということは勇者様と戦ったのか」

 「そうだ。素晴らしい剣の使い手だったぞ」


 魔王は勇者と戦ったことを楽しそうに話した。お互いに剣の達人同士で実力は伯仲していたという。技を競い合えたのだが楽しかったのだ。そんな話を聞いていると、お父さんは目の前の男が本物の魔王なのだと実感がわいた。


 お父さんが話を聞いて分かったことは、魔王は勇者に負けたことをあまり気にしていないということだった。


 「次の勝負こそは私が勝つぞと思っていたのだが、奴にもう会えないのは残念だ」


 魔王が封印から目覚めたのは数百年が経ってからだ。魔王にしてみたら、勇者との戦いが伝承になっていて、勇者の子孫といわれる人が国中にいる状態になっていたのだから驚いてしまった。このタペストリーもそうだが、各地に自分と勇者の戦いを描いた絵があるのも不思議に感じていた。魔王は各地の絵に自分がどう描かれているのか、いつもわくわくしながら見ているという。


 「どれもこれも私に似ていないものが多くてな。勇者の奴はけっこう似ているというのに。だいたい、私はこんなに怖くないぞ」


 魔王はタペストリーをびしっと指さしながら、そう言った。自分の姿が恐ろしそうに描かれている方が気になる。世界を支配しようとした恐ろしい魔王としか言い伝えられていないので、どうしても怖そうな姿の絵になってしまうのだが。


 そんな話をしているうちに、いつに間にか魔王以外の客は全員、自分の部屋に引きあげていた。それを見て魔王もそろそろ部屋へ戻ろうとした。


 「お前はまだ、休まないのか?」


 そう尋ねられたフィルのお父さんはまだ残ると伝えた。仕込みは終わっていたが、こういう吹雪の日はなるべく起きていることにしていた。暖炉に火を絶やさないようにして宿を暖めておくつもりだったが、他の理由もあった。


 「あの変な闇の塊のような魔物が入ってきたら困るからな」


 それは闇の魔物のことだった。魔王城に居座っていた闇の魔物を退治したことでこの辺りでは見かけなくなっていた。それでも用心はしていた。以前、荒れた天気の中、闇に紛れて村の周りをうろついていることがあったのだ。その時は村まで入って来ることはなかった。


 闇の魔物は全ての生命を喰らう恐ろしい存在だ。だが、魔王は自らの魔法で追い払うことができた。少しの間、この宿を見守ってやろうと思った。


 「今夜はこの魔王がいるから大丈夫だ。安心するがいい」


 魔王は自信満々にそれだけ言うと、二階へ上がった。


 魔王の泊まる部屋は角にある部屋だった。手入れの行き届いた清潔な部屋で素朴ながら過ごしやすい。


 魔王は机に腰かけて吹雪がやむまで起きていることにした。その間、月の光の魔法で宿を守ることにした。こうしていれば闇の魔物が来ても近づけないはずだ。

 

 もちろん宿を守っている間は魔法を使い続ける必要があるので、魔力をかなり使ってしまう。それでも泊めてもらうせめてもの礼に何かしたかった。それに吹雪がやめば月が見える。月の光を浴びれば、使った魔力を回復させられるだろう。


 魔王は辛抱強く待った。だんだんと吹雪の勢いは弱まっていった。この分だと、じきにやむはずだ。一人で旅をして洞窟で吹雪を待っていた時よりは長く待たなくて済むだろう。それに、ここは洞窟ではない。暖かい宿の中にいるし、あの頃と違って自分は決して一人ではないのだから。


 やがて、吹雪がやんだ。


 魔王は部屋から出て廊下にある窓から外を眺めた。

 

 見渡す限りの銀世界が広がっていた。フィルの村はすっぽり雪に覆われている。空には月が輝いていた。月は静かに雪の村を照らしている。


 この窓からは魔王城が見えた。目をこらして見ると、城に明かりが灯っているのが分かった。あれは月の光の魔法だ。魔術師が魔王城から合図を送っているのだ。


 魔王は月の光の魔法を使って、こちらからも合図を送った。部下たちにはフィルの村に出かけることを伝えていたが、泊ることになったことは伝えられていない。これでこの村に留まっていることが分かるだろう。


 やがて魔術師からの合図は消えた。どうやら分かってくれたらしい。


 魔王が廊下に出ている間、フィルも吹雪が気になって目が覚めた。魔王に休むように言われて自分の部屋で眠っていたのだが、吹雪のうなる音が気になって、あまり眠れなかった。ただ、吹雪の音がだんだん小さくなって、とうとう静かになったので廊下に出てみた。もちろん部屋からも外を見ることができたが、魔王がまだ起きているのかも気になった。


 フィルは廊下で窓の外を見ている魔王と出会った。魔王もフィルがやって来たのに気付いた。


 「勇者の末裔か。見ろ、吹雪がやんだぞ」


 フィルは窓の外に広がる雪景色と夜空の月を眺めた。魔王の言う通り吹雪はすっかりやんでいた。


 「もしかして、今までずっと起きてくれていたの?」

 「ああ、そう約束したからな。闇の魔物も近づいて来なかったぞ」


 フィルは魔王のその言葉から闇の魔物がやって来ないように見てくれていたのだと気付いた。


 「魔王、ありがとう」


 二人はしばらく廊下の窓から外を眺めた。魔王は月の光を浴びることができたので、先ほど使った魔力を回復させることができた。


 「こんなに雪が積もっていたら、雪遊びができそう」

 「それは面白そうだな」


 明日は積もった雪で遊ぼうと二人で盛り上がった。ひとしきり話すと、二人はとうとう眠ろうということになって、それぞれの部屋に戻って行った。


 魔王は自分の部屋に戻ってからも、しばらくは月を見て過ごした。月は変わらずに村を見守るように輝いていた。


 魔王は安心すると、やがて眠り始めた。

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