魔王様のある秋の日
「魔王のおじさん、いた!」
子どもたちの声に魔王はそちらへ目を向けた。その日は久しぶりにリシャールと一緒にフィルの村へ出かけていた。魔王は一人で気の向くままにフィルの村へ出かけるが、場合によっては部下たちがついてくることもあった。
村へ着いてフィルとすぐ会い、一緒に話していると村の子どもたちが走って来た。遊びに誘いに来たのかと思ったが、どうもそうではないらしい。何か困っているようだ。
「どうした?」
魔王が声をかけると、子どもたちは何と言おうか考えているように俯いた。やがて、一人の子どもが意を決して話し出した。
「あのね、小鳥さんが怪我をしていて…」
そこからは子どもたちが堰を切ったように事情を話し始めた。どうやら、森で遊んでいて怪我をした小鳥を見つけたようだ。子どもたちが世話をしていたが、一向に元気にならないので心配になり、相談できそうな大人を探していたらしい。魔王とは時折、遊んでいたしフィルも一緒にいたので話しかけやすかったのだ。
子どもたちは魔王の服の裾を引っ張って、早く来てとせかす。魔王はあわてて子どもたちについて行った。もちろんフィルとリシャールも一緒について行くことにした。
子どもたちは北の森に魔王をつれて来た。今は折りしも秋。木々は葉を紅や黄に染めている。少し冷たい風が吹き抜けると、色とりどりの葉が舞い散った。
子どもたちはいつもなら落ち葉を集めて、そこへ飛び込んだり、どんぐりや木の実を拾って遊ぶ。だが、今は一刻も早く小鳥の傍に戻りたい一心で遊びたいのを我慢して森の中を急いだ。やがて一本の低い木にたどり着いた。
「ここにいるの」
木の幹に小さなうろができていて、その中に小鳥がいた。元気がない様子が見てとれる。子どもたちは木のうろの中に落ち葉を敷いて、そこに小鳥をかくまってあげていた。
魔王と一緒にじっとリシャールも小鳥の様子を見た。彼はハヤブサの化身なので鳥については詳しい。
「この小鳥はただの鳥ではありません。わしと同じ化身のようです」
リシャールは小鳥の様子から普通の鳥ではないことを見抜いた。まだ小さい化身なのでリシャールのように人の姿をとれないようだ。怪我の治りが良くないのか元気がない。
「よし、そういうことなら傷薬を作ってやろう」
魔王がいとも簡単にそう言ったので、フィルは面食らった。
「魔王、傷薬が作れるの?」
「かつて旅をしていた頃、よく作っていたぞ」
これはフィルにとっては初耳だった。魔王城に住む前の旅をしていた頃、よく傷薬を作っていた。魔王は月影の民に伝わる傷薬の作り方を知っていて、必要なら作っていたらしい。旅では怪我をしてもすぐ医者にかかれないこともある。擦り傷ぐらいなら傷薬で治していた。医者以外なら魔法使いが不思議な薬を作れるという話を聞いたことがあるが、魔王もそういう薬を作れるようだ。
魔王が材料になる薬草を教えてくれたが、どれもなじみのあるものだった。一つだけ違うのは月見の花の花びらも入れるというところだ。
この村でも傷の手当には薬草を使う。そのために薬草を集めることもあるので、子どもたちもどの薬草は見たことがあった。子どもたちは自分たちで材料を集めてくると言い出した。この辺りで集めるように約束すると手分けをして薬草を探しに行った。
薬草はどれも順調に集まった。どれもこの辺りではよく採れるものばかりなので、すぐに見つかった。
「あとは月見の花だけだね」
月見の花は夜になり月の光を宿すと花びらがぼんやり光るので見つけやすくなる。今は昼間なので見つけにくい。それに、この辺りで月見の花が咲いているのをあまり見たことがない。
だが、魔王は花が咲いている場所が分かるようだった。月見の花は月の精霊の力の強い場所に咲く。月影の民である魔王は月の精霊の力を何となく感じることができた。
「こっちだ」
魔王は迷いなく森の中を進んで行く。半信半疑でついて行くと、やがて開けた場所に月見の花があるのが見つかった。まだ月が出ていないので、つぼみのままだ。うっかりすると見落としそうな場所にあった。
この傷薬には満月の光を宿した月見の花を使う必要があった。魔王は月の光の魔法で、いつでも月見の花に満月の光を宿すことができる。魔王にとっては作りやすい傷薬だ。
魔王は月の光の魔法を使った。あたたかい満月の金色の光が辺りに満ちる。それに反応して月見の花は金色の光を宿した花を咲かせた。
フィルは久しぶりに魔王が魔法を使っているところを見た。かつてフィルを助けてくれた月の光の魔法は優しい光を辺りに投げかける。それを見ているとほっとする気持ちになる。
魔王は月見の花を一本、摘むとそれを大切そうに持った。後は傷薬を作るだけだ。
傷薬は材料を煎じると出来上がる。フィルは家から使っていない鍋とかき混ぜる道具を持ってきた。魔王は周りに落ちている石でたき火をする場所を作ると、きれいな水をいれた鍋を火にかけた。魔王は慣れているようだった。あっという間に傷薬を作る準備ができた。きっとこうやって野宿をしながら、旅を続けてきたのだろう。
傷薬を作るには必要な材料を順に鍋に入れて様子を見ながら煮ていく。特にこれといって複雑な手順はないが火加減に気を遣わなければいけない。
子どもたちは待っているうちに飽きてしまったらしく、周りで遊び始めた。フィルは子どもたちから目を離さないようにしつつ、魔王が傷薬を作るのを待った。リシャールもフィルと一緒に子どもたちを見ていてくれた。リシャールはたき火の傍にいる魔王を見ているとみんなで旅をしていた頃のことを思い出すという。
魔王城を見つけるまでは、魔王と魔王軍のみんなは少しの間、一緒に旅をしていたらしい。旅の途中で仲間が増え、魔王軍のメンバーが揃っていった。旅は大変なことも多かったが、それでもみんなとの旅は楽しかった。
リシャールは穏やかな口調でそのことを話してくれた。きっと魔王軍のみんなにとって大切な思い出なのだろう。
そうしているうちに傷薬が出来上がった。効果は緩やかなものだが、精霊に近い月影の民の薬なので同じように精霊に近い小鳥の化身には合っているはずだ。薬を塗って手当てをすると、小鳥は落ち着いた様子を見せた。痛みがましになったようだ。
フィルが傷薬を預かっておくことにした。フィルは毎日、子どもたちと会うので一緒に小鳥の手当てについて行ってあげられる。ただ魔王もリシャールも心配になったようで、毎日、様子を見に来てくれた。
小鳥は傷薬が効いたようで日に日に元気になっていった。子どもたちの手から食べ物を食べるようになった。やがて傷薬がなくなる頃、小鳥は再び元気に飛び回れるようになった。
「魔王のおじさん、ありがとう」
子どもたちは魔王とリシャールが村に来た時、一緒にお礼を言いにやって来た。そして、きれいな色をした落ち葉やどんぐり、真っ赤な木の実、色とりどりのコスモスの花をくれた。これだけ集めるのは大変だったはずだ。子どもたちにとっての宝物をお礼にくれたのだ。
「こんなんにたくさん、いいのか?」
子どもたちはみんな、うなずいた。一人の子どもの頭の上にはあの小鳥がとまっている。小鳥は子どもたちと木の実や花を集めるのを手伝っていた。小鳥は一緒に子どもたちと過ごせるぐらい元気になったようだ。魔王は心底、良かったと思った。
魔王とリシャールは子どもたちがくれた葉っぱや木の実、花を大切に魔王城に持ち帰った。子どもたちからもらったものは魔王の部屋に飾った。リシャールも少しだけ花をもらい、自分の部屋に飾った。
魔王城に本格的な秋が訪れようとしていた。