真夏の冷たいお菓子
フィルは魔王城への道を歩いていた。じりじりと真夏の日差しが照りつける。はっきりいって暑い。なるべく日陰を歩いていたが、それでも暑いものは暑い。
何とか魔王城の手前の森にたどり着くと、森の中は涼しかった。少しほっとする。魔王城の中はもっと涼しいとありがたいのだが。
フィルはいつものように魔王城の管理人の鍵で門を開けて中へ入った。中に入ってみると思ったよりひんやりしていた。助かったと思いつつ、魔王軍のみんなを探す。不思議と中へ進むうちにどんどん涼しくなっていく。やがて涼しい空気が上の階から吹き込んできていることに気づいた。フィルは冷気をたどって二階へ上がる。冷気は開け放たれた魔王の部屋から出ている。フィルが魔王の部屋に近付くと、みんなが集まっているのが見えた。
「みんな、ここにいたんだ。ていうか、何しているの?」
「暑いから涼んでるの」
グリフォンが真ん中の大きなテーブルにもたれかかりながら答えた。よく見ると、全員、テーブルの周りに集まって座っている。冷気はテーブルの上にある水晶玉から出ているようだ。玉の中には雪のようなものが舞っているのが見える。
これはジェイドが持ってきた薄雪の民の道具らしい。薄雪の民は暑さに弱い。そのため夏は中に氷の魔法を入れて増幅させられる装置を使って涼んでいる。ジェイドがこの装置を置いてくれたのでみんなは魔王の部屋に集まって涼んでいた。魔王の部屋が一番広いので集まりやすいらしい。
まがりなりにも魔王の部屋なのに、それでいいのかなあとフィルは思ったが魔王本人は全く気にしていない。それどころか、テーブルに突っ伏して休んでいる。
フィルもテーブルの傍の空いている椅子に座ってみた。確かに涼しい。たまにグリフォン
が風を操って冷気を外へ出すので魔王城自体がひんやりしているようだ。
「こんな日は冷たいお菓子が食べたいなあ」
グリフォンが思わずそう口にした。
「それって城下町で売ってるやつ?」
フィルは夏に城下町で氷を使ったお菓子を売っているのを見たことがあった。氷の魔法を使える人が作っているようだった。ミルクやジュースを氷の魔法で冷やし固めた甘いお菓子だ。フィルの問いかけにグリフォンはそう!とうなずいた。
「この前、言ったけど売り切れてたの」
「確かにすごい人気だよね」
夏に冷たいものが食べられるだけあって、いつも長蛇の列だ。フィルは一度だけお父さんに城下町で買ってもらったことがあった。あの時は運よく空いていたので買うことができた。
グリフォンは人通りの多い時間は行きづらいので夕方に行ってみたら売り切れていたらしい。とても残念そうに食べたかったと話している。
「最近はそういうものがあるのか」
「魔王は食べたことないの?」
「ないな。それらしい店は城下町で見た気もするが」
魔王は見たことがないようで、あまりどんなものかぴんときていないようだ。魔王が封印された数百年前はまだ城下町で売られてはいなかったのかもしれない。
「それなら、作りましょうか」
傍で聞いていたジェイドがそう切り出したので、みんなの視線が一斉にジェイドに集まった。反対にジェイドがたじろいだ。
「ジェイド、作れるの!?」
明らかにグリフォンが期待に満ちた目で見てくる。
「家でよく作っていましたから、材料があれば似たものは作れますよ」
薄雪の民は生まれつき氷の魔法を使うことができる。彼らはその魔法で冷たいお菓子を作って、たまに城下町に売りに来るらしい。城下町にある屋台の中には薄雪の民の店もあるらしい。
「そうだったんだ。知らなかった」
氷の魔法を使ったお菓子は薄雪の民の子どもにも人気で夏場は家庭でもよく作られている。ジェイドも子どもの頃から家で作るのを手伝っていたので、自分で作れるようになった。
「すごい。作って、作って! 魔王様も食べたいよね!?」
グリフォンが大はしゃぎするので、さすがに魔王も面食らった。
「食べられるなら、食べてみたいが」
「後は材料だよね」
みんなで考えた末、ジュースがあれば作れるだろうということになった。そう聞くとグリフォンはいいものがあると言って、あわてて何かを取りに行った。戻って来るとジュースの大きな瓶を一本抱えていた。
「百花草の精霊様にレモンのジュース、もらったんだ」
レモンはこの辺りでは採れない珍しい果物だ。城下町でもごくたまにしか見かけない。百花草の精霊の庭にはこの世の全ての植物が育つ。ちょうどレモンが採れすぎてジュースにしたので一本、もらったのだという。
「道具なら出すよ」
傍で聞いていた魔術師はそういうと杖を一振りした。すると空中からジュースを入れる容器とかきまぜるための道具が出てきた。
「これは…」
「やだなあ、魔王城の台所に保管してるやつだよ。何もない所から道具を出せるわけじゃないよ」
どうやら遠くにある道具を魔法で移動させたくれたらしい。ジェイドはさっそく容器にジュースを移すとジュースをかきまぜ始めた。氷の魔法をかけながら、まぜて作る。手を容器の底に当てて氷の魔法を使ってジュースを程よく凍らせるらしい。
しばらくジェイドは自分でまぜていたが、一人で凍らせながらまぜるのがやりづらそうだ。なかなか凍っていかない。
「わたしがまぜるからジェイドは魔法に集中したら?」
フィルが見かねて声をかけると、ジェイドはフィルとかきまぜるのを代わって両手を容器に付けて魔法を使い始めた。さっきよりやりやすそうだ。
ただ、フィルがまぜ始めてもなかなかジュースは凍り始めない。魔法が弱すぎるのかもしれない。
「もしかして緊張しているのか?」
魔王がそう声をかけるとジェイドは困ったように笑った。
「なかなか、いつもみたいにいかなくて」
今はみんながジェイドに注目している。しかもグリフォンは思いっきりテーブルから身を乗り出してわくわくしながら見ている。ジェイドの真面目な性格もあって、うまくいくかと緊張しているのだろう。リシャールはグリフォンが身を乗り出しすぎているので、やんわりと制止した。
「ちょっとでも凍ってたらボクが食べるから大丈夫だよ」
グリフォンが励ましているつもりでそう言った。ただ、どちらかというと食欲が勝っているような発言の気もする。
「もう少し強くしても大丈夫だろう」
そう魔王がジェイドの様子を見て言った。ジェイドも分かってはいるようだが、なかなか思いきって強くできないようだ。あまり強くしすぎると、凍りすぎておいしくなくなってしまう。
「そう言えば魔王は普段、どうやって魔法を使っているの?」
ふとフィルが疑問に思って尋ねた。いとも簡単に魔法を使って障壁を作ったり、闇の魔物を追い払っていた。魔王というだけあって何か魔法をうまく使うコツがあるのかもしれない。だが、返ってきたのは意外な答えだった。
「そうだな。魔法は勘で使っているからな」
これまた、この魔王らしい気がする。てっきり何か込み入った方法で魔法を使っているのかと思った。
「生まれつき魔法体系を持っていて魔法が使える場合は、呪文も魔術書もいらないからね。その代わり感覚で魔法を調整する必要があるから難しいんだよ」
横から魔術師が教えてくれた。生まれつき魔法が使えるというのは便利なように思っていたが、使いこなすにはコツがいるらしい。
「あまり気負いすぎると調節しづらくなるからな。一度、手を離して魔法をかけ直してみたらいいかもしれん」
魔王なりに使い方の工夫があるようだ。ジェイドは言われたとおりに手を離した。そして、深呼吸するともう一度、容器に手を当てて魔法を使い始めた。さっきよりも集中している。さっきよりも強い冷気が容器全体を包んでいく。フィルがまぜていると少しずつジュースが固まっていくのを感じた。
やがて、ちょうどよく固まったところでジェイドは魔法をかけるのをやめた。
「できた…」
「すごい!おいしそう!」
グリフォンが嬉しそうに身を乗り出す。魔術師がいつの間にかテーブルに人数分のスプーンとガラスの器を出しておいてくれた。
みんなでできたお菓子を器に分けた。このお菓子に関してはドラゴンも食べたがった。ドラゴンは火を食べて生きているが。普通の食べ物も食べることができる。おいしそうなものは時々、グリフォンと食べているらしい。
「冷たくておいしい!」
グリフォンとドラゴンがほとんど同時に歓声をあげた。
「これはうまいな」
魔王は珍しがっている。凍っているお菓子というのは、やはり初めて食べたらしい。
ジェイドはみんなが喜んでくれているのを見て、ほっとした。レモンの爽やかな酸味がこの冷たいお菓子に合っていた。食べ終わる頃にはすっかり暑さが吹き飛んでいた。グリフォンは既にまた作ってと言っている。ただ、そう言ってもらえてジェイドはまんざらでもない気持ちだった。
少しだけ暑さが和らいだ夏の午後だった。