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雨がやんだら

 相変わらず雨が降り続いている。外は雨でも屋根のある中庭に雨は入らないので草木に水やりする必要がある。ジェイドはじょうろを持って来て月見の花と木に水やりをした。その様子をドラゴンは丸まりながらぼんやりと見ていた。ひととおり水やりが済むと、立ち去ろうとしてジェイドはドラゴンに声をかけた。


 「魔王様のことなんですけど…」


 ジェイドの困った様子にドラゴンは上体を起こした。ジェイドとドラゴンは中庭の草木の水やりの時によく話をする。普段は他愛もないことだ。それが今日は魔王のことだというからドラゴンはどうしたのだろうと心配になった。ドラゴンの瞳が不安そうに揺れたのを見てジェイドはちょっと気になったことがあってと言った。


 その日の昼間、ジェイドは魔王に用があって玉座の間へ向かった。その時、ちょうどフィルも魔王に会いに来ていたので二人で玉座の間へ入った。魔王は自分の部屋にいる以外は玉座の間にいることが多い。特に何かをしているわけではないが、玉座に座っているのが魔王っぽいと思っているので一日一回は玉座にいるようにしていた。


 玉座は何段か高くなったところにあり階段で登れるようになっている。ただ玉座にいると、やって来た人が玉座の下から話しかけることになるため話が聞こえづらくなり、結局、魔王はすぐに駆け下りてくるのだった。


 ジェイドとフィルが玉座の間に入ってみると魔王は玉座にいた。いたことはいたのだが。


 「もしかして眠ってる?」


 いつもなら元気よく玉座から走って来るのだが一向に降りてくる気配がない。おまけに闇の剣を手にしたまま、少しうつむいている。どうやら玉座でうたた寝をしているようだ。


 「そんなの、ありなの!?」


 さすがにフィルもそう言わざるを得なかった。魔王が玉座で昼寝しているというあまりの緊張感のなさにフィルは脱力した。


 「でも、珍しいですね。こういうことは初めてです」


 ジェイドは毎日、魔王城に通っているが魔王が玉座で眠ってしまっているのは初めて見た。玉座にいる時は遠くの景色を見ていることが多く、誰かがやって来るとすぐに話を聞いてくれた。


 二人は玉座の傍までやって来た。どう見てもぐっすり眠りこんでいる。それどころか、時々、危なっかしそうにぐらぐらと身体が揺れている。闇の剣を地面に突き刺すように持っているが、うっかりすると手や頬を傷つけてしまいそうだ。


 「ちょっとこれ、危ないよね」

 「どうしましょう…」


 二人は闇の剣をどうにかしようとしたが、下手に引っ張った方が危ないので困ってしまった。そこに魔術師がやって来た。


 「あれ。二人とも何、やってるの?」


 ジェイドとフィルが玉座の前であたふたしているのを見て傍に来てくれた。事情を話すと魔術師は魔王を起こそうとした。


 「魔王様、そんな所で寝ていると風邪をひくよ」


 しかし、魔王は起きる気配がない。魔術師は杖を取り出した。せめて闇の剣はどうにかしようと魔法でそっと闇の剣を浮かせた。魔王が身じろぎしたのを見計らって剣を移動させた。魔術師は闇の剣を玉座の傍に立てかけた。これで魔王が怪我をする心配はない。


 「疲れているのかな?」


 フィルが心配そうに尋ねると魔術師は頷いた。


 「この前、魔王城を取り戻す戦いがあったばかりだからね。それに最近は雨の日が続いて月が見えないことが多いから、魔力が回復していないのかも」


 魔力は生命の持つ力でどんな生き物も皆、魔力を持つ。疲れてくると魔力も下がるが、ご飯を食べたり眠ることで自然と回復する。それに加えて月影の民である魔王は月の光を浴びることでも魔力を回復させることができた。


 「月影の民にとっては、月の光を浴びる方が魔力が回復しやすいんだ。だから、できるだけ月の光を浴びた方がいいんだけど」


 雨が降り続いていては月の光を浴びることは難しい。魔王本人はあまり気にせず魔法を使ったりするので、知らず知らずのうちに疲れているのかもしれない。


 結局、三人で話していると魔王が目を覚ましたのでジェイドは魔王に用事のことを話すことができた。




 ジェイドはドラゴンにあらかた気になっていることを話した。魔王が玉座で昼寝をしているのを初めて見たので気になったのだ。起きた魔王は元気そうだったので安堵はしたのだが。


 「こういうことって前にもありましたか?」


 ドラゴンは一番始めに魔王の部下になった。そういう事情もあって、いろいろなことを知っている。だから、ジェイドは今回のことをドラゴンに相談したのだ。


 ドラゴンはうーんと考え込んだ。確かに月が見えない日が続いた時は疲れていた。でも、ドラゴンは雲よりも高く飛べるので二人で月を見に散歩に出ると魔王は元気になった。そのことをジェイドに話すと随分、ジェイドは安心したようだった。


 「雨が早くやむといいですよね」


 そういう話をしてジェイドは中庭を立ち去った。ドラゴンは再び丸くなった。そういえば、魔王城を取り戻してから、まだ一度も夜の散歩に行けていない。ずっと片づけに追われていたし、落ち着いたと思ったら雨ばかり降る季節になってしまった。


 ドラゴンは丸くなってうとうとしながら雨音に耳を澄ませていた。雨がやんだら魔王様と散歩に行きたいなと思っていた。ドラゴンは長命なエルダーという種の竜だ。待つのは得意だった。人間にとっては長く感じる時間もエルダーにとってはそんなに長く感じない。


 ドラゴンは雨がやむのを待った。エルダーの勘で、そろそろ雨がやむのではないかと感じていた。雨音はなかなか途切れなかった。だが、少しずつ雨足は弱まっていった。


 とうとう雨音が消えた時、ドラゴンは目を開いて起き上がった。天井のガラス窓の様子から夜になっていることに気づいた。まだ、曇っているが雲の隙間から星が見えている。


 ドラゴンが魔王を探して外へ出ると、ちょうど歩いてきた魔王と会った。やっと雨がやんだので月が見えるかと思って出てきたらしい。


 「魔王様、久しぶりにお散歩に行こうよ」

 「そうだな。思えば、ずっと散歩に出ていなかったな」


 そう言って魔王はドラゴンの鼻先を優しくなでた。魔王の手は温かくて、なでられているとほっとした。


 ドラゴンは魔王を背に乗せると空へ飛び立った。魔王軍のみんなを乗せて空を飛ぶことがあるが、魔王と一緒に飛ぶのが一番安心できた。このドラゴンはエルダーという全ての竜から尊崇を受ける竜であるのに臆病だった。魔王と出会う前は夜に空を飛ぶのも怖かった。闇夜が恐ろしかった。


 だが、魔王と出会って励まされ一緒に過ごすうちに怖がることが減っていった。今でもお化けや暗い所は怖いが、魔王と一緒なら夜に空を飛ぶのは怖くなくなった。この明るい魔王の傍にいると何とかなる気がしてくるのだった。


 ドラゴンは雲の切れ間を見つけると、そこから雲の上に出た。眼下に雲海が広がる。そのすぐ上に満月が輝いていた。温かい金色の光が二人を包んだ。満月の周りには星々がまたたいている。


 普通の月の光でも月影の民の魔力は回復するが満月は魔力が回復する上に魔力そのものも高まる。それは満月の光が月の精霊の力を最も多く含むからだ。月の精霊の力は月の光として辺りに降り注ぐ。月の見えている部分が多い光ほど月の精霊の力を多く含むのだった。


 魔王の服やマントの裾に入った金の刺繍が月の光に照らされて、薄っすらと光を帯びる。それはまるで闇夜に浮かぶ月の光そのもののように見えた。それは魔王が月影の民である証だった。


 「もっとお月様の傍に行ってみようよ」


 ドラゴンはそう魔王に話しかけた。魔王がドラゴンの背の上で身じろぎしたのを感じた。月を見上げたのだろう。


 「よし、そうしよう」


 ドラゴンはその言葉を聞くと滑るように雲海の上を飛んだ。それから再び高度を上げた。月がすぐそこに手が届きそうなぐらい近くに見えた。雲はずっと下に見える。今日が満月だということをドラゴンは知らなかった。満月だったのは偶然だったが今日、出かけて良かったと思った。


 魔王はドラゴンの背に乗って大きな満月を眺めていた。温かく優しい満月の光に包まれていると疲れていた身体に力が戻ってくるのを感じた。


 ドラゴンは月見の花が群れて咲いているところを見つけ、そこへ降りた。満月の金色の光を帯びた月見の花が風にそよいでいる。魔王は月見の花の中に座り込んで月見を始めた。


 「魔王様、元気になった?」


 ドラゴンが魔王の方に身をかがめて、そう尋ねた。魔王はそれを見てドラゴンが心配してくれているのだと分かった。魔王自身はあまり月の光を浴びていないことで疲れてきていることに気づいていたが、あまり気にしないようにしていた。だが、かえって部下たちに心配させていたようだ。


 「そうか。心配をかけていたんだな。だが、私はもう大丈夫だ」


 そう言う魔王の声が元気そうだったので、ドラゴンはほっとした。やっぱり一緒に散歩をして良かったと思った。こうしていると、二人で旅をしていた頃のことを思い出す。ドラゴンが一人目の部下になってから部下が増えていき、彼は魔王を名乗るようになった。それまではドラゴンと旅をしていた。あの頃も月がよく見える夜に散歩をしていた。だが、今は帰るべき場所、魔王城がある。


 「そろそろ戻るか」


 しばらく月見をした後、魔王がそう声をかけた。魔王は月見の花を記念に摘んで持ち帰ることにした。


 魔王とドラゴンが二人で空を飛んで帰っている途中、勇者の生まれ故郷の村の上を通った。ちょうど宿のベランダにフィルが立っているのが見えた。フィルは偶然、外に出たのだが二人が飛んでいるのを見かけて手を振ってくれた。


 「あ、勇者の末裔ちゃんだ!」


 ドラゴンがそう言ったので魔王もドラゴンの背の上からフィルに手を振り返した。ドラゴンは少しだけ村の上を飛んでいたが、やがて魔王城へ戻った。



 その日からドラゴンと魔王は晴れた夜に散歩をするようになった。時々、フィルの村の上を飛んで帰るので白い竜と共に空を飛ぶ魔王は村の人なら、みんな知っているようになった。



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