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伝承の魔王って本当にいるの?と子どもが聞いてきた

 「フィル、ちょっとおつかいに行って来てくれる?」


 その日、フィルはお母さんから久しぶりにおつかいを頼まれた。ここから北の森を抜けた所にお母さんの友達の住む村がある。彼女はその村で料理に使う香草を育てているので、それを買いに行ってほしいという。注文はしているので受け取ればいいらしい。


 その村はフィルも何度か行ったことがあった。ここと似た小さな村だったが、森のすぐ近くにある自然豊かな村だ。確か近くの森に月見の花がよく咲いていたはずだ。


 「魔王、誘ったら来るかな」


 きっと面白そうだといって行きたがるに違いない。フィルが魔王城のある隣町へ向かおうとすると、魔王が向こうから歩いて来た。どうやらフィルの村に遊びに来たらしい。魔王が魔王城を取り戻してから、魔王は部下たちと魔王城で暮らしている。魔王はよくフィルの村や隣町に出かけている。


 以前から自分が魔王であることを隠しもせずに堂々と出かけていたが、あまりにも行動が伝承で描かれている恐ろしい魔王のイメージとかけ離れているため誰も本物の魔王だと思わない。どこに出かけても魔王の格好をした熱心な勇者と魔王の伝承ファンの旅行者だと思われている。魔王らしくない様子のため、彼は自由に出かけることができた。


 魔王本人は数百年も封印されていたこともあって、この時代がどうなっているのかにとても興味があるようだ。出かけるか誘うと必ずといっていいほどついて来てくれる。ただ魔王は面白そうなことをしていると必ずやって来るので、単に面白いことが好きなだけかもしれない。


 フィルが一緒に北の森の先にある村に行かないか誘うと二つ返事で行くと答えた。そこで二人でつれだって村へ向かった。その村は徒歩で行って帰って来れる距離にあるので気楽な気持ちで出かけた。北の森は木々がそこまで多いわけではなく日の光が差し込んでいて道も見やすい。この森の道を往来する人も多く、二人が歩いているだけで何人かは通っている旅人を見かけた。


 北の森を抜けると、わりとすぐに村に着いた。フィルの村と規模は同じくらいで、木造の家が点々と建っている。城下町へ至る中継地になっているので行商人がよく立ち寄っていて人の行き来は多い。


「面白そうな所だな」

「ここはいろいろな人が立ち寄るからね。特産品を売っているお店も多いし」


 そうフィルが話している間に魔王はどこかへ行ってしまった。そういえば城下町におつかいに行った時もわりと辺りをフラフラしていた。ただ肝心な時には戻ってくるのでフィルは先におつかいを済ませることにした。


 フィルのお母さんの友達に会いに行くとまだ香草を乾燥させているから、もう少し待ってほしいと言われた。友達はおおらかな女性で家族でこの村に住んでいる。


 フィルが女性とやりとりしていると、いつの間にか魔王が戻って来て傍で話を聞いていた。本当にいつ戻ったんだろう。


 「もう少し時間がかかるなら仕方あるまい。もう少し一緒に店を見てまわるとするか」


 そう言いつつ魔王が店を見てまわりたいだけだろう。明らかにわくわくした顔でこっちを見てくる。フィルもそうしようと思っていたので、とりあえず二人で村を見てまわることにした。


 二人で出かけようとした矢先、一人の少年がこっそり森への道へ行きかけているのが目に入った。あわてて女性が止めに入る。どうやら女性の息子のようだ。


 「勝手に一人で森へ入ったらいけないって、あれほど言ったでしょう!」


 この村の傍にある森はフィルの村の北の森よりも獣や魔物が出やすい。大きくなって一人で狩りができるようになるまでは子どもだけで森に入らないように大人が注意をしていた。


 「だって、お兄ちゃんは入っているよ」

 「お兄ちゃんが入るのもお父さんと狩りに行く時だけでしょう」

 「だって…」

 「そんなことを言っていたら夜に魔王がやって来るわよ」

 「ええっ、そうなのか!?」


 いたずらをしていると夜に魔王が来るというのはこの地域で子どもを叱る時の決まり文句だった。夜に魔物が来るとか、いろいろなパターンがある。だが、魔王はそのことを知らなかったので思いっきり驚いてしまった。なぜか魔王が驚いたのでその場の全員の視線が魔王に集まった。フィルは小声で魔王に話しかけた。


 「あれは子どもを叱る時によく言うたとえ話なの」

 「だがな、どこからそんな話が出てきたのだ。私はそんなに怖いか?」

 「魔王は怖くないけど、伝承のイメージは怖いでしょ」


 伝承の魔王の絵画の描かれ方が軒並み怖いイメージであることに納得がいかない魔王だ。魔王が本当はこういう人で全く悪いことをしていなかったことはあまり伝わっていない。伝わっているのは世界を支配しようとした魔王ということと勇者に封印されたことだけなので、おのずと恐ろしいイメージになってしまう。伝承と本人のイメージが全く違うおかげで彼は自由に行動できているのだが。


 「魔王なんて来ないよ。本当はいないもん」


 少年がそう言い返した途端、目に見えて魔王がショックを受けた。まさかそんなふうに思われているとは。


 「少年よ、魔王はいると思うぞ。ほら、伝承の本にも載っているだろう。もしかしたら思ったより恐ろしくないかもしれないが」


 まさか少年は目の前に本物の魔王がいるとは思っていない。なぜこのおじさんが必死に魔王がいると訴えているのか分からず、きょとんとしている。


 「だって、夜に歩いているところを見たことがないよ」

 「この村は初めて来たからな。それに、魔王だって夜は眠っているぞ」


 少年は目の前のおじさんがまるで魔王本人かのように受け答えするので不思議に思ったらしい。ただ、少年は少年で思ったことを素直に口にした。


 「だって魔王は大昔の人だから、今はいないんだよ」


 そういうことかと魔王は思った。子どもにとっては数百年前は大昔と感じるだろう。伝承の中の人物だと思われているようだ。だが、そこまで実在感がないというのは困る。魔王は頭を抱えてしまった。


 「封印されただけだ。今もその、眠っているんだ」


 まさか復活して目の前にいるとはこの状況で言いづらいので、魔王はそう言った。少年はふーんと言ったが、あまりぴんとこないらしい。そうこうしているうちに、少年はさっさと遊びに行ってしまった。


 「森は危ないのに。困ったわね」


 女性はそう呟いた。あのぐらいの年頃は、村の中だけでの遊びに飽きて森に遊びに行きたがる子もいる。フィルの村の子どもたちも氷の騎士の住処の廃墟で遊んでいた。あれは比較的、獣や魔物が出にくい森だったが、ここはそこよりも危険が多い。大人たちが子どもに森へ入らないように言うのは当然だった。


 フィルは少年の様子が少し気にかかった。気にしつつも魔王と二人で店を見てまわりながら、香草ができるのを待っていた。もうそろそろできているだろうと思って戻ろうとすると女性が血相を変えてやって来た。


 「うちの子を見てない!?勝手に森に入っちゃったみたいなの!」


 フィルは少年のことが気にかかっていたが、みんなで話をしてからは一度も見かけていなかった。あの後、大人の目を盗んで森へ出かけたのだろう。あの時は昼下がりだったが今は夕方になっている。道も見えづらくなるから危険だ。フィルも魔王もすぐに少年を探すことにした。


 「よし、手分けして探そう。私はこちらを探す」

 「うん。じゃあ、わたしはこっち」


 そう言いかけてフィルは魔王がよく森で道に迷っていることを思い出した。このまま二人で別れると迷うかもしれない。


 「やっぱり一緒に行こうよ」


 そう言いかけて振り向くと魔王はもういなかった。先に森へ入ってしまったらしい。フィルもあわてて森へ入った。





 「これは迷ったな…」


 フィルが心配したとおり魔王はあわてて森へ入ったのはいいものの、すぐに迷って困り果てていた。仕方なく歩いていると何か強い魔法の力を感じた。精霊の魔法に近い。魔王は興味本位でそちらへ近づいた。すると、あの少年が一人で歩いているのに出くわした。


 「あ! お前は」

 「びっくりした…」


 少年はまさか魔王が自分を探しに来るとは思っていなかったので驚いた。


 「どうして一人で森へ入ったんだ?」


 魔王が叱るような口調ではなく、ただ事情を尋ねたので少年も素直に答えた。


 「あれを見たかったの」


 少年が指をさしたのは花が群生しているところだった。咲いているのは普通の花だが辺りに小さな精霊たちが飛び交っている。夕方の薄暗い森の中で見ると幻想的だ。精霊たちはこの花を気に入って集まっているようだ。さっき魔王が感じた魔法の気配は精霊たちの気配だったのだ。


 「美しいな」

 「前に来た時に見つけたんだ」


 聞くと以前に家族でここを通った時に精霊たちが遊んでいるのを見かけたのだという。どうしてももう一度、見に行きたかったらしい。


 魔王はしばらく少年と息をのんでこの景色を眺めていた。精霊が花にとまると精霊の光に花びらが照らされて光を宿しているように見えた。


 魔王は少年にそろそろ帰ろうと声をかけようとして、はっとした。巨大な獣が一直線にこちらへ走って来るのが見えた。どうやらこの花に惹きつけられているようだ。小さな精霊が気に入る花だ。獣も惹きつけられてもおかしくない。


 「お前は隠れていろ」


 少年はおびえたように獣を見ていたが、そう言われて傍の大きな木の陰に隠れた。魔王は少年が獣から見えない位置に隠れたのを確認すると獣の前に立ちふさがった。


 今は剣を持っていないから魔法で戦う必要がある。最近は戦うために魔法を使っていなかったが、どうにかなるだろう。魔王は魔法を使うために意識を集中させた。獣を追い返すためには物理的な攻撃に干渉しやすい夜の闇の魔法を使う必要がある。


 魔王は突っ込んでくる獣を遮るように闇の障壁を作り出した。獣は障壁にまともにぶつかって弾き飛ばされた。いきなり障壁が現れて混乱した獣は二度、三度と障壁に体当たりしてくる。思ったよりも力が強い。だが、ここで障壁が壊されてしまっては意味がない。獣にここへ近づくことを諦めさせなければ。


 少々、厳しいが魔王は何とか障壁を展開し続けた。夜の闇の魔法が魔王の周りを渦巻く。障壁を維持するのは骨が折れたが分身の姿で魔法を使っていた時よりも随分、魔法が使いやすい。


 やがて獣はどうしてもこの先に行けないことをさとり、引き返して行った。


 「もう大丈夫だぞ」


 そう言われて少年は木の陰から出てきた。少年は夜の闇の魔法を使いこなす魔王の姿をじっと見ていた。そして、もしかして彼は伝承に出てくる魔王なのではないかと思い始めていた。少年は家族から勇者と魔王の物語を聞いて育った。闇の剣を持ち、恐ろしい闇の力を操る魔王に挑む光の剣を持つ勇者の物語だ。


 だが、目の前にいる魔王は怖くないし、なぜか自分を助けてくれた。それに魔王は大昔の人のはずなのに、なぜ目の前にいるのだろう。


 「本物の魔王なの?」


 少年は小声で尋ねてみた。


 「そうだ」


  魔王は隠す気はないので、ためらいもせずに頷いた。


 「でも、あんまり怖くない」

 「同じようなことを勇者の末裔も言っていたな」

 「勇者の末裔ってフィルのこと?」

 「ああ。私の大切な友達だ」


 少年はフィルのことはよく知っていた。母親同士が知り合いで、フィルはよくこの村にも来ていた。そんなフィルが本物の魔王と友達というのはぴんとこなかった。ただ、すごいなと思った。一つだけ確かなのは、少年はもう伝承の魔王を怖いとは思っていないことだった。


 「さあ、早く帰ろう。皆、心配している」

 「魔王は帰り道を知ってる?」


 少年は夢中でここまで来たので森からの帰り道が分からなくなっていた。魔王は少年にそう尋ねられて答えに詰まった。というのも魔王も道に迷っていたからだ。


 「月見の花があれば、森から出られるのに」

 「そうなのか?」

 「この辺りは月見の花がいっぱい咲いてて、もし道に迷ったらそれを辿っていけばいいんだよ」


 辺りには月見の花らしきものは見えない。恐らくまだ、月が出ていなのでつぼみのままなのだろう。月見の花は月の光に照らされて咲き、その花に月の光を宿す。つぼみのままでは薄暗い森の中で、どこに月見の花があるか分からない。


 魔王が使うことができるもう一つの魔法、月の光の魔法であれば月見の花は咲き始めるだろう。じっと待っていても月が出るのはまだ先だ。月が出るのを待っていたら、また獣に出くわさないとも限らない。それよりもすぐ村へ帰った方がいい。


 「少し離れていてくれ」


 魔王は少年にそう言うと、手を高く掲げて月の光の魔法を使った。金色の温かい光が辺りに満ちた。森に自生していた月見の花が魔王の魔法に反応して金色の光を宿した花を咲かせ始めた。


 月見の花は群生していたらしく、あっという間に二人の周りにたくさんの月見の花が咲き誇った。魔王はなるべくこの辺りにある月見の花全てに魔法がかかるように範囲を広げて魔法を使い続けた。


 やがて新しい月見の花が咲かなくなると魔法を使うのをやめた。思ったよりも疲れていた。少々、魔法を使いすぎたのかもしれない。少年は月見の花が次々に花開くのを眺めていた。


 「すごいね」


 少年は素直にそう言った。月見の花は二人の周りを取り囲むように咲いていた。少年は一本だけ月見の花を摘むと、それを持って歩き出した。以前、家族で森を通って帰った時、月見の花の光を頼りに他の月見の花を探して帰った。月見の花は点々と森の入り口まで咲いていたのを覚えていた。


 魔王は少年について行った。月見の花が咲いていない所があると月の光の魔法を使った。少年は魔王が月の光の魔法を使うのを見るのが楽しかった。初めて見る魔法だったし、月見の花が次々と咲いていくのがきれいだった。やがてフィルと少年のお母さんが探しに来ているのが見えた。


 「お母さん!」


 少年は思わず母の胸の中に飛び込んだ。


 「心配したのよ」

 「ごめんなさい。でも、魔王が助けてくれたんだ」


 少年のお母さんはきょとんとしてしまった。やがて少年が言っているのがフィルと一緒にいる魔王の格好をした人のことを言っているのだと気付いた。失礼でしょと注意しようとしたが少年はもう聞いていなかった。少年は魔王の傍に走って行った。


 「魔王、また来る?」


 少年が尋ねたので魔王は頷いた。


 「また遊びに来よう。だが、もう一人で森に入らないと約束してくれるか?」

 「うん、約束」


 魔王と少年はそう約束して別れた。


 その後、香草を受け取ったフィルと魔王は村を後にした。少年はお母さんと一緒にフィルと魔王のことをいつまでも見送ってくれた。フィルと魔王はまた来ようと話しながら一緒に帰り道を急いだ。

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