第 97 話
上から見た時は真っ黒で底なしみたいに見えたが、実際飛び込んでみたらフロリナの開けたの穴はそんなに深くはなかった、特に魔術を使う必要もなく約十メートル落下したらわたし着地した。
「よっと、大丈夫か?」
後から落ちてくるユナを軽く受け止め、地面に下ろしたあと、わたしははじめて周りを観察した。
落下した場所は横幅二メートルぐらいの通路の端で、通路の壁はところどころ崩れていて、裏の土が通路の中に入り込んで非常に埃っぽい。
振り返ると、先上からは見えなかったが、本来ならそれ降りるであろう梯子がついている、ただ、こっちもかなりボロボロで、ここがどれだけ長年使われていなかったことを伺える。
「誰もいませんね。」
「いろいろやりたいだろうし、待ってはくれないだろう、わたしたちにとってもそのほうが都合がいいだし、さあ、いこう。」
「はい!」
先頭を歩いて数分、通路の前から争う声が聞こえてきた。
「もう一度聞く、エドアルドをどこにやった?」
「フロリナだ。」
話の内容と声からしてフロリナの声で間違い。
「知らん。」
何かの咀嚼音と同時に、低くて起伏のない声が響いた。
「とぼけるな、お前らが攫ったんだろう!」
「攫った?ふーん、なるほど、ちょうどいい、ずっとここにこもってて体が鈍っちまう。」
そう言って、元々地面で胡坐かいている男は立ち上がった。
「奴らを助けにでもきてんのか?そりゃわりぃね、もう遅かったぜ。」
「どういう意味だ?」
立ち上がった男を警戒してフロリナも武器を構えた。
「攫ってきた奴らは全員俺ん腹の中だ、欲しければ俺の腹を割いてみるんだな、割いてもクソしか出ねぇがな、ふぁあははは。」
「なっ...」
まるでシャットダウンされたようにフロリナの視界は一瞬で真っ黒になった、驚愕、哀傷、否定、いろんな感情が沸き上がり、フロリナを混乱させた。
そしてまるで無数の時間が経ったかのように感じた数刻後、その全ての感情が怒りに変わり、視界が回復したフロリナの目の前にいる男へと向けた。
「きさまああああああああああ!」
怒りに溺れたフロリナは男のほうに突っ込んだ。
...
「やってるね」
フロリナと男が激戦を繰り広げている時、わたしとユナはこっそりと二人がいる部屋に近づいた。
「あのう、あの子を助けたりしないんですか?」
「うーん、相手強そうだし、危険すぎるよ。」
戦場を見るとちょうどフロリナが攻撃している。
「死ねぇえええ!」
目にも留まらないスピードで男に近づき、フロリナは袈裟斬りをかましたが、男は身をくるっと回転し、いとも簡単に回避した。
当然フロリナの戦闘本能も伊達ではなく、流れるように追従し、下から逆袈裟斬りを繰り出した、しかし、相手はまるでそれも読めていたかのように右手のグローブを立て、振ってきた剣を掴み、そのまま剣の勢いで後ろへ飛び上がり、フロリナの間合いから離れた。
「おっとっと、力入れすぎたぜ、お嬢ちゃん、なに?そのえ...なんちゃらって人あんたの彼氏ってか?はは、安心しな、すぐ俺の腹んなかで合わせてやっからよ。」
「クズ野郎が!」
怒りに溺れたフロリナは再び怒涛の攻撃を始めたが、ことごとくいなされ、さらに、その間にも男は煽りを忘れていない。
「いや、いいね!もっと汗を流せや、俺は塩のきいた肉が大好きだからよぉ、きっとお前の彼氏よりいい味するから、楽しみだぜ。」
...
「なんかムカつきます、あの男。」
「まあ、そうだけど、フロリナも煽り耐性がなさすぎるよ。」
ユナがフロリナたちの戦闘を見て憤りを感じているとき、わたし周りを見て一つのことに気づいた。
「そんなことより、フロリナの連れはどこに?」
真ん中の激戦のせいで精神力探査も探査魔術も精度が大幅に落ちてはっきりは言えないが、戦闘中の二人の反応から見てあの人たちがここにはいないと判断できる。
「そういえばそうですね。」
「ここに来る途中で分かれ道なんてあった?」
「ないと記憶しています、あっ、そこはっ。」
ずっとフロリナの戦闘を見ているユナが突然ボツリと言った。
彼女の視線の先を見ると、フロリナの剣の刃先が男の脇腹に刺していた。
しかし、その剣身は男のグローブの付けた両手に掴まれ、その先には進めていない。
「へぇ、残念、お遊びはここまでのようだ、原素崩壊。」
男の言葉と同時に、フロリナの剣はまるで燃えカスのように崩れ始め、そしてどんどん握りの部分へと広がっていった。
「クソ!」
フロリナは最速のスピードで剣の鍔に嵌めている刻印石を取り外し、後ろへと下がったが、男はそれをただ見ているはずもなく、すぐに追いかけ、フロリナが態勢を整える前にその顔面に重い一発をいれた。
バン、バン、ボン。
パンチをストレートに喰らったフロリナはまるでピンポン玉のように、何度も地面と衝突しては跳ね上がり、最終的十数メートル先の部屋の壁と衝突して止まった。
たとえ防護魔術があったとしても、明らかに大ダメージを喰らったフロリナだが、男は攻撃を止めるつもり一切なく、フロリナは地面に落とされた瞬間、その上に飛びかかり、更なる追撃を図った。
さすがにこのままだと死んでしまうと助け舟を出そうと思ったその時。
「おい、なにをしてる?」
質問と共に、部屋の奥から一人の女性が現れた。
女性はマスクしていて顔の全体が見えないが、その人を見下ろすようなつり目とこの暗い地下でも金色に輝く髪がとても印象的である。
女の言葉を聞いて、男は寝転んでいるフロリナに軽い一発をいれたあと、頭を上げた。
「よっ、遅かったな。」
「その子はどういうことだ?」
男のボケに女は無視して質問を続けた。
「なんか、彼氏を探しに来たってよ。エドなんとかっていう。」
「そう?」
女はそう言って、フロリナたちに近づき、男を押しのけてフロリナの前にしゃがんだ。
「おい、まだ意識はあるのか?君の彼氏なら奥にいる、ちょっと痛い目はあってたがまだ生きている、ほしいなら連れて行くといい。」
「ほん...と、か?」
「おい、なんでばらすんだよ、オルネラ、面白くなくなっちゃうだろうが、ってか連れて行かせちゃダメだろう。」
女、オルネラの突然暴露に男は文句を垂らしたが、女はまた無視した。
「本当だ、安心するといい。」
そう言って、オルネラはフロリナの肩に軽く触れたあと、立ち上がり、そのまま部屋の入り口のほうに歩き出した。
「この町を出るぞ、ブルーノ。」
「どういうことだ?!」
「黙って従え!上の命令っ、誰だ!」
話の途中でオルネラは突然こっちに向けて怒声をあげた。