第 96 話
「おい、貴様!」
考え事に集中しすぎてバレてしまったかと悔やみつつ振り返ると誰もいなく、自分たちしかいなく、幻聴かと思わず首をかしげるとまた呼ばれ、声の方向に向くとなんとフロリナの連れのひとりだった。
「わたしのことを呼んでいるんですか?」
まさか一応仲間の人にそう呼ばれるとは思わなかったので、思わず確認した。
「ああ、そうよ、他に誰がいる。」
「はあ、何のことですか?」
「聖器室はこっちの方向じゃない!どこに連れていく気だ?」
「ああ、そういうことか。」
自分が罠に誘われていると思っているから怒っているのかな、正直だるいが、一応説明はするか。
「人を避けているんですよ、わたしたちだけなら別に誰かと会っても問題ないですが、君たちはそうはいかないでしょう。」
本当は自分たちだけでもダメだけど。
「すみません、うちのものが失礼を。」
わたしの言葉を聞いてさっきから仕切っていたリーダーっぽい人が出てきて謝ったが、正直どうでもいいし、気にもしていない。
「では、続けますわ。」
何事もなかったかのようにわたしは案内を続け、かなり遠回りをしたものの、わたしたちは聖器室にたどり着いた。
「ここですね。」
聖器室、名前の通り、宗教上に使用する道具を保管する場所である、宗教上大事な道具だが、あくまでも日常の儀式でつかるようなものなので金銭的な価値はほとんどなく、当然見張りもいない。
「結構キレイだね。」
当たり前かもしれないが、聖器室のなかは気持ちいいぐらいキレイに片付けられていて、神事に使う道具はもちろん、床ですらピカピカに磨かれている。
「ええ、ここの聖職者かなり責任感のある方たちかもしれませんね。」
自分は聖女ではないし、命神も信じてませんが、それでもこの聖女を慕っている人たちが建てた大聖堂がちゃんと受け継がれていることにうれしく思ってしまう。
そして、ユナのほうに向くと、彼女も同じらしく、片手で机を触れつつ優しい笑顔を浮かんでいる。
しかし、優しい気持ちに浸っているわたしたちをよそに、ほかの人は動き始めた。
部屋の真ん中に置かれている机を移動させ、下のカーペットを退かしたら、例のリーダーの人が軽くその下にあった床を叩いた。
「うん、ここだ。」
「兄貴、これどうやって開けるんだ?」
「たぶんどこかにギミックがあるはずだが...探すしかないか。」
「必要ない。」
立ってギミックを探そうとする盗賊たちを制止して、フロリナがその床の前にしゃがんだ。
彼女がそのまま手のひらを床につけ、数回深呼吸したあと。
「はっ!」
彼女の声とともに、彼女の手が触れた床がまるでガラスのようにひび割れた、そして。
「はっ!」
彼女のさらなる追い打ちで床が完全に崩れ落ちた。
「驚きました、すごいですわ。」
こんな場所じゃなかったら拍手を送りたいところだ。
本来ならこんな床板一枚どうってことないが、ここは魔術も使えなければ、大きい音も立てられない。
単純な肉体の力でほとんど音を立てずにできたのは達人技と言っても過言ではないでしょう。
「行こう。」
だけど意中の相手を助けるのに急いているフロリナはわたしの言葉に反応せず、すぐに床の空いた穴へと飛び込んだ。
彼女に続いて、マスクした賊たちも一人ずつ飛び込み、あっという間に聖器室にはわたしとユナしかいなくなった。
「どうする?ユナ。」
正直ここを荒らすのがすこし忍びなくなったので、ここで引き返すのもありだが...
「わたくしたちがいたほうよろしいと思います。」
「それもそっか。」
フロリナはともかく、同行してた正体不明の人たちや例の犯罪者がすでに入り込んでいる以上、むしろわたしたちがいたほうが大聖堂の安全を保てる。
まあ、前提は例の犯罪者が神獣テラーじゃないことだが...
「はあ、しゃーないか、ユナ、いこう。」
「はい!」
エレスたちが地下へと飛び込む時、ナッソス大聖堂の外。
「本当にここにいるのか?」
大聖堂外壁の歴史感溢れる彫刻を眺めながら、ヴァーレンは隣のフード姿の人に聞いた。
「俺のかわいい子たちが信用できないと?」
屍獣を遠隔操作しながら、フード姿の人、ハーヴィーが険しい口調で聞き返した。
「いや、お前が俺のかわいい子ちゃんだから信じるさ。」
髪をなびかせながらヴァーレンは言ったが、ハーヴィーは何も言わず操作に集中した。
「で?どうなん?」
しかし、無視されることになれているのか、ヴァーレンは気にする様子一切なかった。
「急かすな、例の聖女さまの精神力探査範囲が広すぎる...うん、たぶん大丈夫だ、全員地下に入ったと思う。」
「じゃ行くか。」
「待て。」
武器を手にして歩き出しそうとするヴァーレンをハーヴィーは呼び止めた。
「どうした?」
「お前、どう動くか方針は決めたのか?中には四つの勢力、いや、大聖堂自身も含めたら五つの勢力はあるんだぞ。」
「ふっ、どうするも何も、なーにもしないよ、ってか俺たちだけであんな化け物どもをどうにかできるとでも?俺はまだかわいい子ちゃんたちともっと人生謳歌したいから、死にたくないぜ。」
「じゃあ、ここで終わるのを待つか?」
「さすがに中に入らないと言い訳が付かんだろう、戦うのは無理だけど、後片付けはちゃんとしないとね。」
やれやれみたいな顔をして、ヴァーレンは方針を固めた。
「まあ、いいだろう。」
「いざとなれば例の聖女さまの後ろに隠ればいい、お前の死人顔に免じて守ってるかもしれんな。」
「ふっ、褒めてくれるのは嬉しいが、あの聖女さまが死人顔に興味あるのは思えないし、そもそも女にしか興味がなさそうだぞ。」
褒めてねぇと突っ込もうとしたヴァーレンが後半の大スクープに興味を持ってかれた。
「聖女が女好きってマジか、そこんとこ詳しく、歩きながら話そうぜ。」
「別に構わんが、そんなに面白がる話か?」
聖女の嗜好の話で盛り上げながら、二人は大聖堂に入った。