第 95 話
深夜、テラー、ナッソス大聖堂付近
旅館をコッソリ抜け出し、わたしはミューゼと例の大聖堂の近くの路地に到着した。
昼では信者や観光客で賑わっている大聖堂も、ここまで深夜になるとさすがに人もなくなり、加えて近辺はほとんど商用建築ばかりで民家がほぼないため、一般的住宅街よりも静かである。
「お嬢さま、どうしますか?」
「潜入するしかないだろう、見た目からして建築スタイルは千年前と似ているから、潜入できる場所はいくつか思い当たるとこあると思う。」
後ろで腰を丸めて無意識に自分の裾の掴んでいるミューゼを見て、わたしは静かに魔術を発動した。
「ミューゼ、これらを身に付けとけ。」
複数の防護系魔術をミューゼに付与したあと、またいくつかの魔道具取り出し渡した。
「これはお嬢さまが使ったほうが...」
また押し問答になりそうなところ、わたしは何も言わずに自らの手で彼女に魔道具を装備し始めた。
「これは隠密用のマントで今から起動しといたほうがいい、これは遠距離転移の魔術の...」
説明しながら、一個ずつ付けていくとミューゼは慌ててわたしの手を掴んだ。
「あっ、申し訳ございません!自分でつけます。」
慌てて掴んだ手をまた慌てて離したあと、ミューゼはわたしの手から魔道具を奪って自分で付け始めた。
「そう?残念...」
こういうちょっとしたスキンシップやイチャイチャシチュは昔から大好物で、毎回漫画とかで見るとグッとくるので、正直楽しみながらやっていたからすごく残念に思った。
でも断られた以上、無理矢理続けるわけにもいかないし、わたしは振り返り、大聖堂のほうを見た。
「これはっ、どうやら同業者がいるようだね。」
大聖堂のフェンスの外、顔を隠し、こそこそしていていかにも賊って感じの人が数人立っていた。
「え?」
わたしの言葉を聞いて、ミューゼも好奇心に駆られて頭を出そうとしたが、わたしはそれを無情に押し戻した。
「気付かれるぞ、奴らが入ったあとに入るから、しっかり準備しなさい。」
「大丈夫ですか、先を譲ってしまいまして。」
押し込まれたものの、ミューゼは文句も漏らさずにおとなしく魔道具の準備を続けた。
「そんなに簡単に取られるようなものならとっくに取られただろう、本当に何かあるのならこれぐらい気にする必要はない。」
数分後。
「さて、そろそろか。」
念のために精神力探査を広げて大聖堂のフェンスの内部までチェックして、あの賊たちがすで消えたことを確認してから、わたしはミューゼを連れて大聖堂へと向かった。
フェンスを越え、わたしたちは精神力探査という加護のもとで堂々と大聖堂のなかを進んだ。
そのせいか、数分も先を進んでいるはずの賊ともに追いついてしまった。
探査魔術使ったらすぐ気付かれるから、範囲の狭い精神力探査を頼りゆっくり進むしかないのはわかっているが、さすがに大聖堂に侵入する賊としてレベルが低すぎるのではと疑問に思い、後ろから賊たちをよく観察したら、そのうちのひとりの後ろ姿がなんか見覚えがあった。
「うーん...ユナを出して。」
少し悩んだ後、やっぱりちゃんと話を聞いたほうがいいと判断したわたしはミューゼに耳打ちした。
数秒後。
「どうかしましたか?エレスさま。」
「ううん、念のためだ、後ろついてきて。」
そういって、わたしは賊たちのほうに近づき、彼らの探査範囲のぎりぎりのところでしばらく尾行しつづけた。
そして、見覚えある姿をした人がほかの人より一歩遅れた瞬間、わたしは最大スピードで前に突っ込んだ。
当然その瞬間賊たちも気が付いたが、さすがに不意打ちをした自分の速さにはかなわず、わたしは後ろからその賊を捕まえ、口をふさぐことに成功した。
「大声出すな!わたくしのこと覚えてますか?フロリナさん。」
捕まられたフロリナはすぐ反撃をしようとしたが、わたしの声を聞いてすんでのところで止まった。
「エレスのお嬢さまか?」
口をふさぐ手を離したら、フロリナは聞き返してきた。
襲撃で武器を構えてた残りの賊もフロリナの反応を見てゆっくりと武器を下ろした。
「ええ、そうよ。」
「なんでここに?」
「こっちのセリフよ、こんな格好でなにをしているかしら?」
ちょっくら冒険しに来たなんて言えるはずもないので、答えずに聞き返した。
まあ、格好から見てどっちがやましいことしているかというと向こうなので、堂々としてればこっちはちゃんとした客だと思われる可能性が高い。
「ええと、それは...」
説明をしようとするフロリナを横の賊の仲間が阻止した。
「フロリナ!ここはゆっくり話すような場所じゃないぞ。」
ごもっともな意見だが、どっちかというとフロリナに不都合なことを言われたくないから阻止したにしか見えない。
「そうですね、では進みながら話しましょうか、案内しますよ、どちらに行きたいかしら?」
「地下遺跡っ、案内ってできるんっすか?」
「もちろんです、でも地下遺跡か、そんな場所ありましたっけ?」
正直大聖堂にあるのは知っているが、具体的にどこにいるのかはわからないので、さりげなく情報を引き出してみた。
「聖器室だ、聖器室まで連れてってくれればいい。」
フロリナが答えるのより先にさっきの賊が答えた。
「へえ、そんなところに、いいでしょう、ついてきてください。」
一応潜入するにあたってここの間取りをある程度頭に入れたので、もちろん聖器室の位置がわかっている。
フロリナの仲間たちからの懐疑的な視線を無視して、わたしは先頭を歩いた。
先頭を歩くわたしにフロリナはすぐ追いかけて肩を並べた。
そして、わたしたちの一歩後ろにはユナ、さらに二メートルちょっと後ろには残りの賊が歩いているというフォーメーションになった。
「あのう、実は...」
少し歩いたところ、フロリナは後ろを気にしながらもわたしに説明してくれた。
簡単的に言うと例の男が行方不明になって、探しても見つからず、途方に暮れたところ、たまたまに路上でその童貞を狙った犯罪者の話を聞いて、ピンと来て、そのあと、いろいろ調べたところ、その犯罪者はここの地下に隠れていることの情報を得て、潜入したわけです。
「そういうことですか。」
ここに来た理由は説明してくれたが、そのいろいろ調べた過程やうしろの連中の素性については一切言及してなかった。
もちろんそれは別にどうでもいいことだ、そんなことより例の犯罪者のほうがやばい、あのスケベ審査官の話によると、この犯罪者が神獣テラーの可能性が高い、もし本当なら、ここで神獣とご対面することになってしまう
やっぱ帰ろうかな。
「おい!貴様!」
そうぼうっと考えながら進むと突然後ろから呼ばれた。