第 91 話
「ごきげんよう。」
そう挨拶しながらわたしはフロリナのところに移動して、その向かい側に座った。
「あっ、昨日の、昨日は本当にすまなかった。」
一応見られたから来たのに、まさかの相手は自分のこと覚えてなかったとは。
「申し訳ないと思っているのなら、お詫びとしてすこし質問をさせてもらっても?」
すこし面食らったとはいえ、着席してしまった以上ちゃんと聞くこと聞かないと時間の無駄になってしまうので、あえてズバズバと行くことにした。
「ええ、もちろん。」
「ここの本、どれぐらい読破してますか?」
「え?ええと、それは、恥ずかしいながらあんまり読んでなかったというか、来始めたのはここ最近というか...」
いや、この町に来たのは何年前だよな、なのにここ全然来てないとか魔術師としてどうなの?
「そ、そうですか、ええと、一応聞きますが、肉体と霊魂について研究とかされていますか?」
「うーん、身体強化や基本的な治療魔術ぐらいなら...」
正直全然期待してなかったので、予想通りの回答でそれほど失望もないが、もうここまで来たし、僅かな希望をかけてすこし踏み込んだ話をする。
「実は自分今魂を別の肉体に移すことで延命を果たすような研究をしています、もしこれについて詳しい知り合いがいればぜひ紹介してほしい。」
「え?なにそれ、やばいことしようとしてない?肉体ってどこから用意するの、作るの?それとも死体使う感じ?」
あんまりにも大きい声出すので、わたしはびっくりして周りを見渡した、幸いこの階は二人しかいないので特に何もなかった。
「あのう、あんまり大きい声出さないでもらいたいが...」
「あっ、すまない。」
「一応作るつもりです、死体を使うと異体魂反応が発生するので、その不確定性がリスキーすぎるかと。」
異体魂反応、端的に言うと魂と肉体の乖離による拒絶反応みたいなことで、一番日常で見られるのは変身魔術による異体魂反応である。
魔術で肉体を改変したら、魂はその新しい肉体との乖離が発生し、肉体を元に戻そうと働く、だから変身魔術は基本的長時間維持は困難で、もし無理矢理長時間維持しようとしたら、魂が変質する可能性も出てくるのでかなり危険である。
そして今のユナがその反応が出ていないのは、もともと子孫同様である聖棘の子で、しかも体を奪ったのではなく寄生という形で住んでるからだ、しかし、その寄生の形がゆえにユナの魂はミューゼの体とつながっておらず、肉体の支持のない魂は回復できず、消耗し続けて破滅に向かっているわけだ。
「それは...どうやって?」
「残念ながら方法はまだ確立してません、ですからこうして知識を求めに来たんです。」
「なるほど...アタイとしては死体を使ったほうが簡単だと思うけどな、異体魂反応はほら変身魔術でなんとかして...」
「おお、なるほど、変身魔術を逆利用して、異体魂反応を相殺するのか...面白い考えだが、課題が多すぎますね、まずもともと同体魂が変身魔術を使って異体魂反応を起こすのともともと異体魂が...」
「あのう...」
完全に脳内シミュレーション始めたわたしにフロリナは呼びかけた。
「あっ、すみません、すこし考え込んでしまいました、面白い考えなので、変身魔術に詳しい方がいれば可能性を探ってみたいですね。」
「そう?それなら心当たりあるよ。」
「え?本当ですか?!」
あんまりにも都合の良い展開にわたしは思わず身を前に乗り出した。
「ええ、その人、多分、ええと...」
「エレスです!」
こっちを見て言いよどんだのですぐ名前を聞いていると理解した。
「エレスちゃんも知ってると思う、この町の都市長の...」
「あっ!」
思えば確かにそうだ、毎晩人の理想の恋人の姿でことを及んでいるので、幻覚魔術ではなし得ない、いや、奇跡級の幻覚魔術なら可能性はなくはないが、魔獣が人里に紛れ込んでいるという点を考えればテラーの奇跡魔術は変身魔術の可能性が高い。
「素晴らしい情報をありがとうございます、では。」
思わぬところで思わぬ道が開いたので、わたしは最上階に戻ってさっき見逃した本を複製しに行こうと立ち上がった。
「待ってください!」
離れようとするわたしをフロリナは呼び止めた。
「役に立ったみたいだし、あたいの話も聞いてくれないか?」
だが断るっと言いたいんだが、さっき感謝した手前断りづらい。
「わかりました。」
仕方なく再び着席し、上の階で複製した本を取り出す。
「どんな話でしょうか?」
「ええと、実はあたいちょっと前までその、夜遊びみたいなことを...」
「あっ、それは知ってます、君かなりの有名人みたいで、昨日あの店でそこら辺の話は概ね聞いています。」
同じ話何度もされても困るので、本をめくりながらわたしは彼女の言葉を遮った。
「あいつら...どこまで?」
あれだけ暴れてりゃ噂されても仕方がないと思うがね...
「体を売っていたとか、好きな人が出来てやめたとかまでは。」
「すー、ふー、わかった、じゃそこから。」
「うん。」
喋ったやつに怒りを覚えているのか、フロリナは大きく深呼吸したが、誰に怒っているかはわたしには関係ないことなんで、その顔も見ずにわたしは相槌だけ打って本に集中した。
「あたいが、ええと、そのう、しゅ、しゅきになった人は、その、学院の人で、すごくしっかりしていっ。」
散々やってた人がなにしゅきって恥ずかしがってんだってツッコミたいが、そうやって生きてきたからこそ恥ずかしいかもしれない、そんなことより別の気になることがある。
「学院?」
「ええ、テラー魔術学院の学生。」
学生って大丈夫なのか?さすがにそこまではないよな?まあ、どっちにしろわたしには関係ない、うん。
「なるほど。」
「実はその子とは狩猟組合で出会ってて、研究のために荒野に出たいからと組合に依頼して...」
「待て待て、わたしを呼び止めたのはその馴れ初めを聞かせるためですか?」
「いや、あたいの悩みをと思って...」
「じゃ、直接本題からお願いします、人を待たせていますので。」
なんか幸せそうな顔で馴れ初めとか語り始めたが、残念ながらわたしは人の惚気話を聞いてきゃっきゃできるような女ではないので、即やめさせた。
「ええと、怖いんだ。」
「はぁ?」
話をぶった切られたからか、フロリナは突拍子もないこと言い出した。
「その子と出会って以来、なんか自分が自分じゃなくなったみたいで怖いんだ。」
「ああ、なるほど。」
「なんか自分がどんどん弱くなっていく感じでめちゃイライラして、昔みたいにナンパしようとしたら胸が痛くなって出来なくなっていることにムカついて、頑張って連絡を断って、忘れようとしたのに、呼ばれたらホイホイ行っちゃうのもムカつく、そして会って話して、それで頑張ろうってやる気が出るのが一番ムカつく。」
うっ、わたしは今一体なにを聞いているんだ?
「あのう...」
「はい?」
「フロリナさんはこの話をして、わたしにアドバイスをもらいたいとのことであってます?」
「はい!」
「そんな重大なことをなぜさっきまで名前も知らないわたしに?」
「うーん、分からないけど、なんかこの人なら信頼できるって感じがして...」
勘ってやつなのか、それともまた聖女のオーラとやらの仕業なのか。
「残念ながら、人の人生をとやかく言うような人間ではないので、アドバイスは上げられません、その代わり、一つ質問いいですか?」
「え?あ、はぃ。」
「もし荒野で未知の魔獣に出会ったら、君はどうのように対処するんですか?逃げるんですか?」
わけのわからない顔をしたフロリナをおいて、わたしそのまま席を立ち、最上階へと向かった。
久々にあとがき、最近仕事がめっちゃ忙しくて、あんまり書く時間がありません、できるだけ頑張りますが、もう少し次の巻でこれからの展開とかも考えないといけないので、もし更新が遅くなったらすみません、ぺこり。




