第 86 話
夜、都市同盟テラー領。
わたしはミューゼとごはんを食べるために街へと繰り出した。
別に旅館から飯が出ないわけではないが、都市同盟の料理より精霊王国の料理っぽいなので、せっかく来てるのにご当地料理じゃなくて、別の国の料理たべるのはどうかなと思い、情報収集もかねて、ネットで見つけた人気料理屋で食べることにした。
「さて、なににするかな。」
すこしご飯時から外れているからか、特に待たされることもなくすんなりと入店できた、人気店ではあるが、高級な内装など一切なく、むしろテーブルが無造作に並んでいるだけの、どっちかというと大衆食堂のような店だった。
酔っ払いどものホラ吹き声が飛び交う喧噪な店内を通り過ぎ、わたしたちは壁際の席に着席し、メニューを手にした。
メニューはかなり薄く、合計二十品あるかないかぐらいのものだが、どういうわけか、ほとんどが魔獣料理である。
やっぱり親玉が魔獣だからか?
不謹慎なので口にはしなかったものの、心の中で思わずそう突っ込んでしまう。
「セバスチャンはなににする?」
「え?ええと、わたくしは黒猪腹麺と鶏肉蜜焼にしたいと思います。」
少し悩んだあと、ミューゼは数少ない魔獣素材使ってない料理を選んだ。
「魔獣料理苦手?」
「すこしだけ。」
苦手なのは別に珍しくもなにもないが、わたしの中に一つ疑問がわいた。
「でも山の中にいる時は普通に魔獣調理してたよね?」
「それは仕方がなかったですし、自分の調理したものならまだ...」
まあ、無理もない、魔獣の肉は魔力が多く含まれるため、魔術師にとっては毒である。
なぜなら、魔獣のような異質な魔力を体内に取り込むと、自身の魔力と衝突し、魔力酔いが起こるだけでなく、取り込みすぎると自身の魔力が汚染され、魔力の制御が難しくなったりもする。
昔は戦争で捕虜にした兵士に魔獣の肉を食わせて無力化にした歴史もあるぐらいだ。
もちろんこういう店のものは魔力除去処理が行われ、無害化にしているんだが、すこしでもリスクも冒したくたいと思うのもごく普通な考えだ。
「なるほど、じゃ。」
店員を呼び、ミューゼの食べたいものを頼んだあと、自分は気にすることなく美味しそうな魔獣料理をいくつか頼んだ。
「お嬢さまは気にしないのですね、魔獣料理。」
「ええ、そりゃ、一般の魔術師とはわけが違うんで、神獣でもなければ生で食べてもなんともないよ。」
「さすがです。」
こうしてミューゼと気持ちよく雑談しながら料理を待つと、店に一人の女性が入ってきた。
まず気になるのはその筋肉だ、決してスポブラのようなトップスと短パンに包まれた豊満な果実たちが魅力ないわけじゃない、ただその割れた腹筋と美しい曲線を描いて手足に纏うしなやかな筋肉の主張激しかっただけだ。
筋肉ラインを沿って上に行くと、そこには思わずかっこいいと言いたくなるような顔が待っていた、輪郭がくっきりした深掘りの顔に光の宿る金色の瞳、さらに小麦色の肌にウルフカットの銀色の髪、まさにワイルドの化身と言っても過言ではない。
そのようなキレイな女性が現れたら当然注目される、実際周りの目は一瞬そっちにいってたことをはっきり感じたが、本当にたった一瞬だけで、だれか確認したあとすぐ目をそらした。
「有名人だのかな?」
あんまりにもあからさまな反応に、わたしは思わず疑問を口にしてしまった。
「有名人?」
店の入口を背にしているミューゼには見えないので聞き返した。
「いや、なんでもない。」
ほかの女見てただけで機嫌損ねたりはしないと思うが、わざわざつつく理由もない。
「ご注文の料理です。」
「あ、ここに。」
店員が料理が並べるのを待ち、気付いたら例の女性が近くのテーブルに座っていた。
たださっきなんでもないと言った手前、ガン見するわけにもいかなく、あえて無視して食事に集中した。
魔獣の独特な風味を残しつつ、スパイスの調和で程よいバランスの取れている魔獣料理を堪能してる時。
「だからもうやらないっていってんだろう、どっかいけ!」
食事がうますぎて気付かなかったが、いつの間にか例の女性の前に一人の男がすわっていて、女性はその男を怒鳴った。
「はあ?今更なに気取ってんだ?ああ、値上げか?いいぜ、二千だ、どうだ?」
「飯がまずくなる、姉貴!ツケといてくれ!」
そういって、女性は立ち上がり、店を出ようとした。
「おい、待て!」
だが男は簡単に女性を逃がすつもりはないらしく、とっさにその手を掴んだ。
「うっとうしいな!」
「ちょっ!」
ほぼ女性が言葉を発した瞬間、わたしはまだ状況を掴めていないミューゼの手を掴んだ。
そして、次の瞬間、わたしとミューゼはテーブルから数メートル離れた先に現れ、そしてさっきまで美食が置かれていたテーブルは男の体に壊された。
「悪い、お詫びにそっちもアタイが持つんで、好きなだけ頼んでくれ。」
そういって、女性はそのまま店を離れた。
正直ほかの人がこんな謝罪の仕方をしてたら、とっ捕まえて本物の謝罪とはなんたるかを教えてやるつもりだったが、なにせわたしは欲望に忠実なんで、美人なら許す!
まあ、かなり強かったみたいだし、やり合ってこの店を壊してしまったらもったいないしね。
店員が男を処理して、新しい席を用意するのを待ち、改めて料理を頼む時。
「よっ、一杯奢ってくれないか?」
一人の男が寄ってきた。
「お前も投げられたいのか?」
やっぱりさっきのとっさの瞬間移動が実力見せすぎてしまったのか、もともとさっきの騒ぎ少し静かになった店がわたしの言葉で完全に時間が止まった状態になった。
周りのテーブルの人がそろってこっちをチラチラと見ているなか、男は慌てて手を振った。
「いや、いや、どうせあの女持ちだし、と思って。」
「ふーん、なら一杯奢るほどの価値がある話してくれるよね?」
「おお、もちのろんよ。」