第 83 話
「地下街なんて危険すぎます!いってはなりません!」
ローゼシア姫の口から地下街という言葉を聞いて、横で立っているリリアが即座に反応した。
「え~。」
「そうだよ、ローちゃんがいくにはまだ早すぎるよ。」
当然ナディも反対する、一番自分のこと知っている庭の人たちが引っ越したとはいえ、地下街にはいろんな意味でやばい人がいるから、もしかしたら自分の変装を見抜いて来る人が現れたりするかもしれない。
「お姉ちゃんたちも前回も行ってたじゃありませんか、一人増えただけですよ。」
「そういう問題ではありません、とにかくダメなものはだめです。」
そんな揚げ足取りみたいな言葉で動じるリリアじゃなかった。
「すこしだけでいいですから、一周回って帰りますから。」
「一周のどこがすこしですか?とにかくすこしでもちょっとでもだめです。」
「えー、うーん...」
リリアの固い態度にローゼシアは項垂れた。
「まあ、まあ、地下街はダメだけど、ここら辺の住宅街なら...」
何とか姫を宥めようとするナディ。
「仕方ありませんね...」
「そう、仕方ない、だから...」
「違いますわ、正直使いたくありませんが、仕方ありませんわ。」
「え?」
突然顔を上げて目つきも変えたローゼシアにナディは驚いた。
「連れて行ってくれないとあなたたちの秘密、父上にばらしますわ。」
「ひ、ひ、ひみつなんてありませんよお?!」
「あー。」
ナディアーナの慌てぶりを見てリリアは思わず嘆いた。
「ふ、その様子でさらに確信を得ました。」
「何のことでしょうか、我々に秘密などありません、お嬢さまはただいきなりおかしなことを言われましたからすこし気が動転してしまっただけです、そうですよね?」
さすがにもう高みの見物をかまえられるような状況じゃないと判断したのか、すっと黙っていたラフィニアもフォローをはじめた。
「あ、ええ、そうよ。」
珍しく助けてくれたラフィニアに感謝の念を抱きつつ、ナディアーナはその言葉に乗った。
「もう遅いですわよ、前回あった時すでに違和感を感じていたんです、本物と一回しかお会いしてませんが、それでも感じれるものがあります。」
「あんな暴れてたのに...」
小声で呟くナディアーナを姫は一瞥し、口を開く。
「ええ、確かに失礼を働いてましたわ、だからこそわかるものがあるんです、あのお方は確かにその地位に相応しい方ですと、わたくしもいずれそうなりたいと日々精進せねば...」
「あんたみたいな小娘が師匠みたいになれるわけ...」
「あなたみたいな品のないおバカさんよりマシですわ!」
今度のナディの小言に姫は見逃さなかった。
「品のない...ばか?」
「ええ、だからバレるのですわ、いくら見た目で似せようとしても、その下劣な品性と知能の低さが偽物であることを物語っているんですのよ。」
「なんだと、小娘が!師匠はあたしを後継者に選んだんだぞ。」
いきなり声を荒げる二人、そんな二人を見て残りの二人も当然動かざぬをえない。
「二人とも落ち着いて!」
リリアはもはやただの口喧嘩になった二人を宥めはじめ、そして、ラフィニアは周りの注意を引かぬように防音結界を張った。
「後継者?ただ他に人選がなかっただけじゃない?わたくしともっと早く出会ってればわたくしを選んだはずよ。」
「んだと?!調子に乗ってるんじゃないぞ、小娘!」
「あなたこそ調子に乗ってませんこと?いままでずっと我慢してましたけど、あなた相当失礼なことをされましたよ、やっぱり教養がないから仕方がないかしら。」
「くそ、やんのか?!」
二人が今にも殴り合いになりそうな時。
「二人とも黙れ!」
結界など諸々準備ができたのか、ラフィニアは二人を一喝した。
精神力を用いた威圧のテクニックも使用していたため、二人は一瞬静止した。
「はあ、そこを動くな、喋るな、でないと痛い目に見るぞ、この結界の中では誰もお前らのこと助けるなんてできねえから。」
普段態度は悪いが口調は丁寧なラフィニアが乱暴な口調で喋ることで二人は更なる圧を感じた。
「あのう、どうしますか?」
ラフィニアの圧に負けて普段彼女と言い争う事の多かったリリアも思わず彼女の意見を聞いた。
「どうするも何も、前の訪問ですでに勘づいているなら記憶を消すわけにはいかないし、そもそも俺は精神魔法に疎い、やってもその脳みそごとぶっ壊してしまうのが落ちだろう。」
「それはさすがにダメです!」
リリアの言葉に黙って座っているローゼシアも猛烈な頷きで賛同を示した。
「ンなモノ言わなくてもわかってんだよ、残る手はもうこの小娘の取引に乗ってやるしかない。」
ラフィニアの言葉で自分の勝利を確信したローゼシアは思わず口角を上げた。
「喜ぶのはまだ早いぞ、小娘、地下街には連れてってやるが、こっちにも約束を果たしてくれる保証をしてもらう。」
「保証します!もちろん保証しますわ!」
そんな簡単な条件で許してくれると聞いて、ローゼシアは急いで約束した。
「そんな口だけの約束で満足するとでも?」
そう言って、ラフィニアはいくつの魔術材料を取り出した。
「な、なにするんですの?」
「知らねえのか?誓約魔術だよ。」
取り出した材料を使ってラフィニア術式を描き始めた。
「誓約魔術ですか?よくそんな珍しい魔術知ってますね」
誓約魔術という言葉を聞いて、リリアも物珍しさでラフィニアが術式描くのを観察してきた。
「俺の一族はみんなこの術を毎日のように研究してるから、これぐらい俺らにとって当たり前だ。」
「へえ、珍しい一族ですね。」
「あっ。」
「そうか?そっちはなにか知っているようだけど?」
ラフィニアはなにかを気付いたように「あっ」と一声発したあと慌てて自分の口を塞いだローゼシアの方向に首を振った。
「な、わたくしは何も知りませんわ。」
「まあ、いい、さ、こっちに。」
「何するんですか?」
怖がりつつもローゼシアはラフィニアに近づいた。
「するのはお前だ、この術式を起動して、さっき約束、地下街に連れて行ったら、我々の秘密は誰にも言わない、を復唱しろ。」
「わ、わかりましたわ。」
ローゼシアはうずくまり、その術式に手を触れた、まもなくして魔力が流れ、術式は起動された。
「わたくしが今日地下街に連れてってもらったら、ここの三人の秘密に関することは一切口外しません、これでよろしいですか?」
「ああ、これでいい、言っとくけど、誓約のぬけ穴をつくなんて考えるなよ、俺の一族はこの魔術を千年研究したんだ、お前も知っているのだろう。」
「わかってますよぉ。」
「ならいい、じゃ。」
ラフィニアがその言葉を口にした瞬間、周りに張られた結界はすべて消え去り、デパート内の喧騒が一気に押し寄せた、それと同時にラフィニアから伝わる霊圧も跡形もなく消え失せた。
「では、お嬢さま方、参りましょうか。」
まるでさっきのことが夢のように、ラフィニアは優雅にローゼシアとナディアーナのほうに一礼をした後、そう言った。