第 77 話
双蓮宮
ナディアーナは王宮に入って、いや、人生初めてのティータイムを楽しんでいる。
なぜ厳しい修行のなかでこんな息抜きができたかというと、リリア曰く、お茶は聖女さまの生活習慣のようなもので、前はドタバタでそれどころではなかったが、さすがにここまで長時間やらないのはまずいとのこと。
「うーん、やっぱおいしい!こんなおいしいものを独り占めするなんて師匠ずるいっ!」
「ほら、何を言っているんですか!」
「ええ、いいじゃん、ここはリリ姉と二人だけだし、というか師匠がずるいのがいけないんです~」
「聖女さまはあなたのことを思って誘わなかったんですよ、先生と一緒にお茶なんて拷問みたいだろうって。」
「え~、そんなことないのに~」
今のナディからしたら、それはただの言い訳であることは明らかだ。
どうせ距離を置きたかっただけでしょ、なんて心の中で文句を言ってたらなんか突然寂しい気持ちが湧いてきた。
「師匠のこと大好きなのに~」
「聖女さまもナディアーナさまのこと気に入っていると思いますよ。」
いつも厳しいリリ姉の口から珍しく慰めの言葉を聞けて、ナディアーナは思わずリリアのことを見つめた。
「どうしたんですか、そんなに見て。」
「リリ姉、抱っこっ。」
ナディアーナが突然リリアに向けて両手を伸ばした。
「抱っこってなんですか?抱っこって。」
口ではそう言いつつも、抱き着いてくるナディアーナを押し返すわけでもなく、むしろその頭を自分の胸に抱き入れ、優しく撫でおろした。
こうしてふたりがしばらく穏やかな時間を過ごしたあと、ナディアーナがリリアの胸の中で何かを言ってた。
「りり、うー、お、ぅーいあいかお。」
「うん?今何か言いました?」
「リリ姉のおっぱい師匠より小さいかっ、いたっ!」
重いげんこつを喰らった頭を擦りながら、ナディはリリアの胸から離れる。
「大丈夫よ、リリ姉、ほんのちょっとだけだから、ねっ。」
「ねっ、ねっじゃないわよ、何を言っているんですか、そんなんじゃないから。」
まるで胸が小さいことがコンプレックスだったような慰め言葉をかけられ、リリアも珍しく動転した。
「そんなんってどうなん?」
わざとなのか、ただの馬鹿なだけなのか、ナディアーナは首を傾げた。
「もういい、とにかくわたくしは別に胸のことで怒っているわけではありませんから。」
小さくはないよね?うん、小さくはない、聖女さまが大きいだけよ。
思わず視線を下げ、自分の胸を再確認し、安堵するリリア、そんなリリア訳も分からなく一喜一憂させられている時。
トットっとノックの音が響いた。
許可を出す暇もなく、ノックはただの建前と言わんばかりにドアが勝手に開かれた。
「聖女さま、姫様のご来訪です。」
入って来ているのはミューゼ、ではなく、ミューゼの姿をしている龍牙ラフィニアだ。
前回エレスとミューゼが姿を消したことでかなり怒ってた荊棘だったが、さすがに聖女さまの命令には逆らえないようで、協力することを約束し、ミューゼがの穴埋めとしてラフィニアを残した。
「ミューゼ!何度言えば分かりますの?主の許可なしに勝手に入るのをやめなさい!」
ただ、今の通り、本物の聖女ではないからか、ラフィニアはナディアーナに対する敬意が一切なく、他の人がいるところはいいだが、事情を知る人しかいないところだと完全に嫌な顔をしながらやっているので、そのことでリリアと度々衝突になっている。
まあ、衝突と言っても基本的リリアが叱責して、ラフィニアはそれを無視し続けるだけなんだが...
「聖女さま、ローゼシア姫の来訪です、どうしますか?」
そして今日も同じく、リリアの言葉を無視して、ラフィニアはもう一度用件を言った。
「ローゼ姫?なんで?」
ナディアーナの記憶では前回の訓練場での暴れ事件以来、ローゼ姫は一度も双蓮宮に訪問したことないし、師匠と面会したこともないはずだ。
「前回のことでお詫びしたいとのことです。」
「今更?リリ姉どう思う?」
前回のことで軽く一か月は過ぎているのに、いまさら詫びにくるとか遅すぎるじゃないかとさすがのナディアーナも疑問に思ったのでリリアに聞くことにした。
「うーん、確かに妙ですね、ローゼシアさまは気の強い方ですので、こうして自ら、しかもこんなに日にちが経ってから謝りにいらっしゃるなんて聞いたことがありません。」
リリアの言葉を聞いてナディアーナはさらに悩んだ、そんな状況を見てラフィニアはすこし痺れを切らしたのか、提案してきた。
「そんなに悩むなら、自分が断っておきますか?前回のことは気にしていないので、謝られる必要もないと。」
正直そのほうがナディアーナ的嬉しいだが...
「うーん、それは無駄だと思います、姫がここまで足を運んできた以上、そう簡単には引き下がってくれないかと、もちろん無理やり帰すこともできますが、角立ちすぎて疑われてしまう可能性が...」
ナディアーナの願望がリリアの言葉にあっさり潰されてしまった。
もはや姫との面会は決定事項なので、ナディどう対処するのかを考え始めた。
リリ姉に頼る?それとも師匠に聞く?
他力本願の方法しかでて来ないが、自分一人でどうにかできる自信がまったくないナディにはそれしかなかった。
「りゅ、ミューゼ、姫と面会はするが、おもてなしの準備があるのですこし待ってと言ってください、リリ姉は準備をお願い、あと面会の時、あたしと通話して指示して欲しい。」
「「わかりました。」」
二人が部屋を出たあと、ナディはコッソリノートを取り出し、なにかを書き込んだ。
「お願い!師匠!」