第 75 話
「少なくとも一ヶ月後、なんなら永遠に来ないと思ってたが、まさかこんなにはやく来るとは、さあ、中へ。」
ネクロフィリア蜥蜴の家は山の麓にある小池のそばに置かれていて、景色がかなりよく、正直自分の考える理想な隠居地のイメージにピッタリで羨ましかった。
これから戦場になる王国から近すぎたという欠点がなければ、目の前のこの変態野郎をぶっ殺してこの場所奪ってやるとさえ思ってしまう。
どうせこんな変態掃除しといたほうが世のためだしな。
「こっちの事情がちょっと変わったんでな。」
部屋の中に入っていくハーヴィーについていくと、客間のようなところにたどり着いた。
「普段使わないので、ちょっと汚れているかもしれないが、あんまり気にしないでくれ。」
ハーヴィーは指差すソファに指先ですこし擦ると薄いホコリが溜まったので、軽く清潔魔術をかけてから座ると、ハーヴィーが食い込み気味で質問してきた。
「で、俺のだ、コホン、希望したものは?」
「さっきからここにいるが?」
ミューゼが魔術で運んでいるぐるぐると縛られ、口も封じられている男ふたりを指してわたしは言った。
「え?生きているぞ、それ。」
「うぅー、ぅう。」
ハーヴィーの言葉を聞いてふたりはこれから起きることを予想ついたのか、蛆虫のようにうねり始めた。
「生きているほうが価値高いと思ってな、違うか?」
「残念ながら生きているものに興味はない、けど、新鮮のほうがありがたいから、今ここで殺ってくれるなら、言い値で買おう。」
「ほう、それならそっちで殺ったほうがいいのでは?」
さらに暴れる蛆虫どもを無視して、わたしは聞いた。
「それでは意味がないというか、俺の個人的なルールでそれはできない。」
死体を弄くってるやつ何を言ってるんだとツッコミたいけど、変なやつは往々にして変なこだわりを持つからもはや驚きもしない。
「そう、それなら仕方がないね、じゃ...」
蛆虫どもに手をかざし、奴らが死を覚悟し、目を閉じた時にまた手を引っ込む。
「と言いたいんだが、その前値段を決めておきたい。」
「合理的な要求だ、いいだろう、何がほしい?俺の持っているコレクション見てみるか?」
「いや、いい、わたしのほしいものはヤサリア人、いや、お前なら絶対持っているはずだ。」
「それってつまり...」
わたしがなにを指しているかを察したハーヴィーは目を細めた。
「ええ、ヤサリア人の秘術、屍術の秘密を知りたい。」
「ふ、はは、それはさすがに高すぎると思わないのか?」
わたしの出す条件があんまりにも馬鹿げているのか、蜥蜴はその蛇のような舌をあらわにして笑った。
「そうね、普通のヤサリア人ならまず承諾はしないだろう。けど、お前は違うでしょ?」
「それはどういう意味だ。」
さっきまでの死体に興奮する様子は消え、ハーヴィーはまたいつもの無表情の顔に戻った。
「どういう意味もなにも、わたしたちはラスタリアから来たんだぞ、連邦が戦争に耽けている時に屍術を扱えるヤサリア人が国を出て、こんな僻地に住んでいる、加えて前のあの態度、どう考えてもヤサリアのために秘密を守り切るような立場じゃないと思うが、違うか。」
「ふ、ふ、ふあははは、違わねえ、違わねえけどよ、やつらに嫌がらせをするためだけに自分の持ってる情報を安売りするつもりもない。」
うーん、つまり思ったほど大きな問題はなかったのか?こんな僻地に住んでるからてっきり連邦に追われているかと思ったが...
「そう?実は自分ラスタリア王国でもちょっとした身分があったんでね、連邦にもちょっとばかりコネを持っているんだよ。」
「それで俺を脅しているつもりか?」
顔は無表情のままで声も荒げているわけではないが、体の姿勢と声の出し方的前より力が入っていることがわかる、ただ怒っているからなのか、緊張しているからなのかはわからないが。
「いいえ、ただこちらにも事情があってね、どうしても早急に屍術の秘密を知りたいんだ、だからもしここで手に入れる事ができなかったら、そのコネを使っていろいろ調べごとをしてしまうかもしれないなって。」
そう言い放ち、わたしはハーヴィーの顔を見つめたが、ハーヴィーは目を閉じて黙り込んだ。
もちろん急かすつもりもないので、まだ暴れ疲れていない蛆虫二匹を防音結界で覆ったあと、本を取り出してゆっくり待つことにした。
そうやって時間すぎること十分。
「わかった、けど、ふたつ条件がある。」
「ほう、聞かせてもらおう。」
内心ホッとしたが、表ではまるでそうなることをわかったように振る舞う。
「一つ目は俺に関することは一切口外しないことだ。」
「ああ、それは当然、取引相手の個人情報をバラすほど落ちこぼれてはいないよ、安心したまえ。」
「二つ目は、条件というより交渉だ、この二人以外にもなにか継ぎ足してくれ、さすがに釣り合わなさすぎる。」
何かと思えば、それか、まあ、一応考えてはあるからいいけど。
「いいだろう、わたしたちはラスタリア王国から来たというのはもう知っているだろう、そのラスタリア王国の至宝、伝説の聖女カルシアの治療魔術の研究ノート一冊、を継ぎ足すのはどう?」
「それは本当か?!」
わたしの言葉を聞いてハーヴィーは思わず両手でテーブルにつき、体を乗り出していた。
「おい、そう興奮するな。」
「あっ、コホン、もしそれが本当なら、確かに十分だが、どうやってそんなものを?」
自分の失態を指摘されたハーヴィーは気まずそうに座り直し、疑問を口にした。
「そう難しいことでもない、ただの複製本だからな、けど、歴史的な価値こそないが、知識としての価値はお前を失望させることはないいと約束しよう。」
まあ、複製というは原本からの複製じゃなくて、自分の頭の中の知識の複製だけどね。
「失礼なことを言うが、内容の精査をしても?」
「もちろんだ、わたしもそっちが提供する屍術の資料をチェックしたいのでね。」
わたしの言葉を聞いてハーヴィーは特に変な様子を見せることなく、ただこっちを見て頷いた。
「いいだろう、じゃ、ついてきてくれ。」