第 72 話
「なるほど、二つの魂が同じ体を共有している感じか。」
「正確にはわたくしがミューゼに寄生しているんですが、大体あってます。」
「てっきりあの日じょうぶ、いや、巡りに帰ったと思ったから、ちょっと驚いたよ。」
「ええ~、聖女さまはわたくしに死んでほしいというのですか?もうわたくしの顔もみたくないというのですか?しくしく。」
なんなんだ?この茶番。
「いや、あの日完全にそういう雰囲気だもん、ってか見たくも何も、今のお前の顔ってミューゼの顔じゃん。」
「ああ、そうですか、聖女さまってわたくしとミューゼの顔が同じに見えるんですね、ふーん、わかりましたわ。」
そこまで言ってるならまさか本当になにかが違うのかと思い、ミューゼの顔をしばらくまじまじと観察してみたけど、なんにもわからなかった。
「同じにしか見えないが...」
「ちゃんと見てくださいよ、ほら、わたくしのほうがお肌つやつやですし、おしりもぷりぷりしてるでしょう、叩いてみてくださいよ。」
そう言って近づいてくるユナを見て、わたしは呆れた。
お肌つやつやはともかく、おしりぷりぷりとか完全に下心、いや、ドM心入ってるやん。
「そういうのはいいから、お前はなぜ聖霊殿にいくのではなく、この世を留まっているんだ?」
「せっかく肉体関係のお誘いしたのに、なんでそんないやな話をするんですか?」
「たしかちょっともったいないが、もやもやした気持ちを抱えたままじゃ楽しめるものも楽しめないんで、すっきりさせてくれたらいくらでも付き合ってやるよ。」
「すっきりしたいなら...」
たぶんまたなにか下ネタを言おうとしたユナがわたしの顔を見て言葉を飲み込んだ。
「はあ、わかりましたよ、聖女さまはなにが知りたいんですか?」
「うーん、まずその聖女さまっていう呼び方は?わたしは本物じゃないってもうわかってるんだろう?」
「差別化ですよ差別化、わたくしもお嬢さまって呼んだら誰だがわからなくなるでしょう?それに聖女さまのほうがわたくしは呼び慣れていますし。」
「そっか、まあいいわ、でもこれから本物の話をするので、わたしのことは一旦エレスって呼んでくれ。」
「はい。」
「じゃ、さっきの続き、君はなぜ聖霊殿に向かわないんだ?」
「うーん。」
言葉を選んでいるのか、それともなにを話していいか迷っているのか、ユナはしばらく考え込んだあと、口を開いた。
「せい、エレスさまはわたくしが聖女さまの復活の研究をして、千年の時を待ち続けるのはわたくしが聖女さまのことが好きですからと思っているのでしょうか?」
「え?好きじゃないのか?」
いやいやいや、あんなやこんなことして好きじゃないは無理があるぞ。
「うん?もちろん好きですよ。」
だよなぁ。
「好きですけど、そこまでするほどの関係ではないと言うべきでしょうか、そもそも聖女さまにとってわたくしはただの部下で、特に親しいわけでもありません、まあ、あの浮世離れの聖女さまに親しい人なんているのかもあやしいですが。」
「じゃ、どうして?」
「いろいろありますけど、言ってしまえば成り行きですよ、最初はただただ悔しかった、あんなに苦労して、たくさんの犠牲を払ってやっと手に入れた勝利なのに、一番の功労者である聖女さまはなにも報われることなくこの世を去ってしまうなんて許せなかった、ただそれだけだった。」
ここはなにか共感する言葉をかけるべきだろうけど、わたしは彼女のあっさりした顔を見てその気を無くした。
自分の人生を大きく変えたできごとを語っているにも関わらず、彼女はまるで他人ごとのようにあっさりしている、やはり千年も経てばどんなに大きい出来事でも小さく見えて来るのだろうか。
「けど、研究は難航し、みんながどんどん離れていくとわたくしは意地になってしまった、やつらに見返そうとひたすら研究に没頭した、わたくしとあいつ以外いなくなったあとは、あいつから聖女さまを守るという使命感みたいなものも湧いてきて、特に奇跡級になって寿命という縛りが緩くなってからはもう年齢の問題もなくなりましたので...」
まあ、そりゃ千年の寿命もあれば何十年使ってもなんとも思わなくなってしまうだろう、特にあの時ユナはまだ百歳もないならなおさらだ。
「その後のことは前にも話した通りです、唯一違うのは千年待ったのは聖女さまに会うためにというより、聖女さまならこの状態から助けてもらえるかもと淡い期待を持ってたからです、まあ、結局はダメでしたが。」
「それはすまなかった。」
「ううん、そんな不確かなものに希望を託した自分が悪いんです、それに前にも言いましたでしょう、この二ヶ月楽しかったって、あれは噓ではありませんから。」
「ええと、それってつまりここにとどまることにしたのは...」
わたしがいるからなのか?さすがに自惚れか?
「自惚れではありませんよ。」
「え?」
心読まれた?
「ちょっとおバカなところがあるけど、やさしくて、わたしのおふざけもよく付き合ってくれて、たまにはかっこいいところも見せて、加えて見た目があの聖女さまのまんまじゃ、惚れ込んでしまうのも不思議ではないでしょう。」
やばい。
やばいやばいやばいやばいやばいやばい!
なにこの気持ち!
嬉しい!恥ずかしい!幸せ!熱い!
頭がパンクしちゃいそうだ。
いかん!口が!
思わず上げてしまう口角を慌てて手で隠す。
「そ、そうか...」
「ふふ、そういう意地っ張りなところも愛おしいって思ってしまうほどわたくしはおちてしまいましたのですよ。」
これ以上嬉しいこと言わないでよ、死んじゃうでしょうが。
「でも...」
今まで笑顔で幸せそうなユナが突然表情を変えた。




