第 70 話
「おっとと、俺が死体狂いは認めるが、あいつらは違うぞ。」
「あいつら?」
ミューゼがまた変に突っかからないように、彼女の肩においてた手を二の腕までおろし、そのまま彼女の体を強く抱きしめた。
「お、お、お嬢さま?!」
ミューゼの抗議はもちろん無視で、ついでに頭も下げて、彼女の頬に自分の頬を擦り合わせてみた。
「ヤサリア人よ、知らないのか?お嬢さん。」
「ああ、聞いたことあるかも、灰蜥蜴って、なるほど、これが...」
「コホン、ちょっとは失礼と思わないのかね、お嬢さん。」
「いいじゃないか、そっちも言われ慣れているそうだし。」
男は抗議するが、正直ダメージが入っているには見えなかったので、無視してひたすらミューゼのすべすべの頬の感触を堪能する。
「どれだけ言われ慣れているだとしても、失礼なことは失礼のままで変わらないぞ、お嬢さん。」
「あっそ。」
「まあ、いい、俺が嫌われていることはわかった、これ以上は邪魔しないから、一つだけいい?今死体持ち合わせているのか?持ってたら買い取りたい。」。
「はあ?わたし、死体持ち歩くような人に見える?」
「一応念の為に聞いただけだ、邪魔して悪かったな、じゃ。」
「待て。」
また森に戻ろうとする男をわたしは呼び止めた。
「お前もしかして毎晩死体でも抱いて寝ているのか?」
わたしに呼び止められ振り返った男の顔がはじめて表情を変えた。
「なんで知ってるんだ?」
やっぱりか。
男は驚いているけど、わたしは驚きもしなかった、なぜならわたしもミューゼも変装してないからだ。
ミューゼならまだしも、自分の顔を見てなんの下心も湧かない男など絶対に普通ではない、
しかも美人ふたりが目の前でイチャイチャしてなんの反応もなしなんてもうだいぶ常人離れしてるに違いない。
わたしの偏見?知るか!
加えて自分を死体狂いだと言っているからネクロフィリアだと推測した。
「ちょっとした推理だ、なるほど、ちなみにお前はテラーに住んでるのか?」
「住みたいけど、追い出されてしまってな、今はこの山の麓で家をたてている。」
街から追い出されるって何したんだよ、まあ、どうせ気持ちの良いことではないから、自分の精神衛生のためにも聞かないでおこう。
「一人で住んでたのか?」
「そうだけど?」
男は当たり前ように言ってるけど、荒野で一人で住居を構えるのは正気の沙汰ではない。
「通信魔導器、余分に持ってるか?買い取りたい。」
正直これ以上関わりたくないが、こいつを逃したらしばらく人間に出会うことはなさそうなので、聞くしかない。
「ああ、なるほど。」
わたしの言葉を聞いた男はしばらくわたしたちと周りを観察したあと、なにかわかったように頷いた。
「君たちは王国から避難してきたんだな、聞いたぜ、戦争だって、きっといっぱい死体出るんだろうな、正直保護しにいきたいけど、いやな奴らに遭遇しそうだから、結構悩んでたんだよなぁ。」
いや、知らんよ、お前の事情なんて、ってか保護ってなんだよ。
わたしが呆れていると、男も自分脱線してることを悟ったのか、話題を戻した。
「あっ、魔導器だっけ、持っては持っているが、俺は金なんていらないんでね...」
「はあ、はいはい、死体ね、今は流石に持ってないけど、お前の家麓だろう?わたしたちもどうせ降りないといけないから、その間に用意するよ。」
「それはダメだな。」
フニでももったいないとか言うから、途中で魔獣でも狩ってと思ったら、断られた。
「はあ?」
「この山で用意できる死体なんて自分でも確保できる、せっかく取引できるならもっと珍しいのじゃないと。」
「珍しいのとは?」
こいつまさか...
「へへ、自分テラーから追い出されて、荒野もなかなか広いし、あんまり人間に会えないだよね。」
出やがったわ、こいつ、しかもなんだ、へへって、さっきまで真顔なのに一気にきしょい顔になりやがって。
「おい、さすがそれは...」
「あっ、勘違いしないでほしい、別に殺してほしいなんて言ってるわけではない、通信器ごときそこまでしてもらう価値があるとは思えないしね、ただ、もし、荒野で人狩りとか死んだ猟師とか、たまたま死体がそこら辺に転がっていたら拾ってきてほしいってだけだ。」
いや、自分葬儀屋じゃねえだが、ってか死体をこいつの元に届けるってだけで十分罰当たりな気がするが。
「じゃ、もし転がってなかったら?」
「それならそれで構わない、通信器は俺からのプレゼントということで、けど、もし届けてくれたら、君が絶対に満足する報酬を必ず用意する。」
「そこまでしてわたしに頼むことなのか?荒野で人会えないとか言っているけど、テラーの近くで待ち伏せしたらいくらでも会えるだろう。」
「それじゃダメなんだよ、俺が手を下したら意味がない、美しさがないんだよ。」
何が違うんだ?って聞きたいけど、どうせ変人の謎理論だろうし、聞いたところで自分のSAN値が削られるだけと判断した。
「なるほど、まあ、わかったよ、たまたまあったら届けるから、もう通信器くれるかい?」
「ああ、もちろん。」
そう言って男はポケットから通信器を取り出し、なにか操作をしたあと、こっちに投げてきた。
わたしがこれをキャッチしたことを見たあと、彼は背を向けてきた。
「じゃ、頼んだよ、ちなみに俺の名はハーヴィーだ、ハーヴィー・オフェンス、俺の住所の位置入れたから、そこで待ってる。」
彼の背中を見送って、彼が警戒範囲から離れたあと、わたしはすぐいくつの結界を発動し、防衛を補強した。
「すまない、ミューゼ、あいつそこそこ強くてね、戦いになった君を守る余力がないかもしれないからすこし...」
さすがにこれ以上は怒られると思い、早速ミューゼを解放した。
「いいえ、わたくしは大丈夫ですので。」
ミューゼは片手でさっきまで自分の頬とくっついていた頬を覆い、目を逸らしながらこう言った。
わたし嫌われてしまった?
「ええと、ミューゼ...」
「あっ、料理冷めてしまいましたので、温め直します。」
なにか言葉を見繕って機嫌を取ろうと思ったら、ミューゼはそんな機会も与えてくれず、走ってわたしの横から通り過ぎていった。




