第 65 話
オークア王国 辺境都市ンサンガ 郊外
約三ヶ月前にカゼッタ連邦に侵攻され、抵抗する勇気を見せたものの、力及ばずに一か月前に完全陥落し、王族は傀儡用の数人以外は全員処刑され、かつての王国軍も封印を施される上で全員解散か投獄、平民には特に圧迫的な施策はないものの、占領軍の顔色を伺う毎日を過ごしている。
そんな王国のラスタリア王国と隣接辺境に、今は連邦軍の部隊が数個駐留している。
これから続くラスタリア王国侵攻のために駐留しているこれらの部隊たちは大変忙しく、物資搬送や陣地の構築から敵地の偵察、周辺魔獣の駆除と補給路線の確保まで、全部この部隊たちが行っているため、毎日へとへとになるまで働かされていた。
そんな部隊たちの中で、一つだけ逆に暇で暇でしょうがない部隊がいる。
「ゼイン副団長!おはようございます!団長は今どこにいらっしゃるでしょうか?」
その部隊の副団長が視察をしている中に一人の若い兵士が敬礼をしながら彼に尋ねた。
「君は新人か?誰に言われてきた?」
元第七情報室訓練官、現連邦直属第○○一特別兵団副団長のゼインは兵士の顔を見て、聞き返した。
「はい!先月新しく配属第七大隊に配属されたものです、自分は誰に言われてきたわけではありません、自分できました。」
「ほう~」
ゼインがそう言って周りの兵士たちを見回すと、全員が目を逸らしてなにか別のことをするふりをし始めた。
「ふ、君は何の用で団長を?報告があるなら俺が聞く、団長は忙しいんでね。」
「はい!兵士みんな暇をしているため、訓練のために猟を提案したいでございます!訓練、食料の補充、陣地の安全確保、一石三鳥でございます!」
「ふ、そうだな、ついでにンサンガに行って酒でも買って宴でも開けるもんな。」
「い、いいえ、決してそんなことは...」
「残念ながら、我々任務はここの防衛だ、勝手な行動は許されていない、だからこの提案はなしだ。」
そう言ってゼインは離れようとしたが、兵士はそう簡単に諦めてはくれなかった。
「ゼイン副団長、このことは団長に直に判断してもらえないでしょうか?」
兵士の言葉を聞いてゼインは振り返り、兵士の目を見て、口を開く。
「俺の言葉じゃ納得できないと?」
ゼインの圧に兵士は一瞬気圧され、なにも言葉が出なかった。
「何度でも言っているが、団長は忙しいんだ、君らのくだらない遊びに付き合っている暇はない。」
「女遊びで忙しいんですか?」
ついさっきまでゼインに気圧されたものの、兵士はそれでも反抗をみせた。
「ふ、なるほど、こいつらが君にそう教えたのか?」
「いいえ、自分が聞いた噂です、団長は自分の女を戦場に連れ込んでいますと。」
「ふーん、お前ら!全員整列しろ!」
ゼインは突然周りで野次馬してる兵士たちに命令した。
「はっ!」
ずっと状況を見ている兵士たちは当然すぐに反応し、あっという間に整列した。
「実はついさっき第〇三六工兵部隊から人手がほしいと協力要請があってね、誰を向かわせるか迷ってたどころなんだよ、ちょうど、うん、君なんて名前だ?」
「フィンドです、フィンド・ヒュルツです。」
「このフィンドくんから聞いたよ、お前らみんな暇してるらしいじゃないか?いい!実にいい、お前ら全員第〇三六工兵部隊に派遣する!フィンド・ヒュルツ!」
「はい!」
「貴様がこいつらの引率役だ、こいつらが向こうでなにかやらかしたら貴様の責任だと思え!」
「はっ!ですが、団長のことは...」
「団長のこと知りたいならこいつらにでも聞くといい。」
そう言い残して、ゼインはその場を離れ、もともとそのつもりだったのか、兵士のことで思うことがあったのか、そのまま駐屯地の中央にいる例の団長さんのオフィスへと向かった。
オフィスのドアをノックすると中から女性の声が。
「どちら様ですか?」
「ゼインです。」
「どうぞお入りください。」
ガチャとドアを開けると、部屋の中には一人の女性が団長の椅子で座っていた。
「ゼインさん、こんにちは、今日はどういった用件で?」
「こんにちは、ユニーさん、工兵部隊からの協力要請の件、さっき人選決まったのでその報告を。」
「それはありがたいです、向こうに連絡を入れておきます。」
「ちなみに今田中団長の様子は?」
田中が実戦訓練からボロボロになって帰ってきた日、最初の手当と治療をしたあと、ゼインは田中との直接接触を禁じられた、その代わり、このユニー・ブライヤ、元田中の世話係らしい人がつき、それから約一か月の間彼女はずっと田中と部屋の中でこもり、たまに身体検査をする人以外は誰も入ることができなかった。
そうして一か月が立ち、突然軍部から命令がきて田中を特別兵団の団長に任命し、ゼインを副団長とした、任命式でゼインは一か月ぶりに田中の姿をみた、彼はげっそり瘦せて、前よりすこし元気を無くした以外は特に異常が見られなかったが、どこにいってもユニーという腰巾着がついているようになった。
「安心してください、もう大分安定しています。」
「そっか、ちょっと話しても?」
「大丈夫です、ただあんまり刺激するようなことはしないでくださいね。」
「ああ、それはもちろん。」
ユニーに断りを入れ、ゼインはオフィスの奥にある休憩室に入った。
休憩室という名前の一室だが、中身はどっちかというと牢屋にしか見えない、硬度と強靭性を兼ね備えたメーラ石で作られた分厚い壁が囲うなかポツンとベッド一つだけ置かれていて、その上に男が一人の座っている。
男は上半身裸でその体はクッキリした筋肉に覆われ、顔も含め至る所に傷跡が残されている、そんな歴戦の猛者のような風格の男だが、その目には猛者にふさわしい鋭い光もなく、ただただぼけっとしているようにしか見えなかった。
「久しぶりだな、田中。」
ゼインの声に男は反応し、顔を上げた、げっそり瘦せて、傷跡が増えたものの、その顔つきは間違いなく田中である。
「ぜ...いん。」
まるで長時間口を開いてない人のように、田中は掠れた声で一文字ずつゆっくりと言葉を発した。
「お前、大丈夫か?」
「い、ま、は...だい、じょぶだ。」
任命されて、部屋から出たあとの田中はすこし寡黙になった以外は特に異常はなかったが、戦争が開始され、戦場で戦い始めてから彼の異常さが徐々に現れ始めた。
まずはその戦闘スタイルだ、以前は近距離大嫌いで、そのために魔導銃の練習を始めたのにも関わらず、突然近距離で、しかも素手での攻撃をメインに戦い始めた、それだけではなく、戦場で異常なスピードで強くなり、二ヶ月もしないうちに精神力も魔力量も上級まで登り詰めた。
しかし、その異常な成長速度の代償なのか、強くなればなるほど、彼の精神状態がおかしくなっていた。
なにもないどころに話しかけたり、ぼうっとして周りが見えなかったりなんてしょっちゅう、酷い時は暴れだして敵味方問わず攻撃したりもする、そんな時唯一彼を宥められるなのはまさにユニーだった。
徐々に田中は狂犬、ユニーは調教師と呼ばれるようになって、団長の仕事もほとんどがユニーが代行することになった。
「お前のその覚醒した力がどんなものかはわからないが、あんまり使わない方いいぜ。」
「ぼ、くに...は、もう、あとが、ない。」
「はあ、それもそうか、ちょっと顔見に来ただけだからもう行くよ、邪魔したな。」
バカなことを喋ったことを後悔しながら、ゼインは部屋から出ようと田中に背中を向けた。
「ゼイン、あ...りが、どう。」
「ふ、バカなことを、一応教え子だからちょっと責任感じただけだ。」
そう言い残し、ゼインは振り返りもせずに部屋から消え、部屋はふたたび呼吸音だけが響く牢獄に戻った。
一旦田中シーンを挿します、ちょっとストーリーの節目なため、次の展開とか設定とかいろいろ考えないといけませんので、次の更新も遅れてしまう可能性がありますが、なるはやで上げます。




