第 61 話
ラスタリア王国 ライアン村近郊
長いフードを被った一人の女性が大通りから大きく外れた森を駆け抜けていた。
「ここまで来ればさすがにもう大丈夫だろう。」
王都を出てからは目立たないように公道を避け、飛行魔術も使わずに、身体強化だけをだよりに走り続けて数時間、魔力は余裕でも体の疲労は半端ない。
重りを付けられたような足を引きずりながら木陰に辿り着き、ぺったんと座り込む。
「ああ、死にそう。」
ゆっくりと右手を上げ、目の前に人差し指を突き立てる。
「水」
指先から十センチ上の空中に突如水滴が現れた、そこからどんどん膨れ上がり、数秒後には直径十センチぐらいの水玉が浮かんでいた。
手を下ろし、口ゆっくりあげると、水玉から一筋の水流が流れ出し、奇妙な曲線を描きながら口へと流れ込む。
ゴクン、ゴクン。
「う、はあー。」
残り半分以下の水玉をぺっちゃと隣の地面にぽいして、大樹の根っこを枕にして寝転ぶ。
「こっからどうしょう、町に入りたいけど、ナディが時間稼いでくれるか自信がないよー。」
ポケットから一冊のノートを取り出し、ページをめくる。
「空、か、時間的にはそろそろ騎士会のことも収拾ついた頃だと思うけど。」
このノートはナディに残した箱の中のノートと対となっている魔道具だ、用途は極めて簡単、片方のノートにものを書けばもう片方のノートにも自動的同期される、ただそれだけのもの、魔導ネットのある現代ではただの面白グッズでしかないが、迂闊に魔導器使えない今の自分にはちょうどいいアイテムだ。
「一応あの指輪嵌めたことはわかったけど、だからってかばってくれるとは限らないんだよな~、なんなら指輪の外し方を知るために国王にチクる可能性も。」
正直ナディはそんなことしないって信じたいが、人間というのはいつ、どんなことで豹変するかわからないから、油断はできない。
「あーあ、この世界に来てもう二ヶ月経つか、ギャルゲーやりたい、ってかネットはあるのに、なんでゲームがねえだよ、この世界。ああ、もうすぐエリちゃんと個人ルートでイチャイチャできるのになー。」
くだらない愚痴をこぼし、今までの抑圧された異世界生活で溜まったのストレスを吐き出す。
「ふ、ふ、ふあはははは、はあー、さて、行こうか。」
馬鹿みたいな笑いで込み上げてきた感情を発散したあとに立ち上がって、遠くにいるライアン村を眺める。
村と言っても地球人が想像するような人口過疎でジジババが畑耕して食いつないでるような場所ではない、そもそも魔獣の存在でそんな場所が存在しえない。
ライアン村はちゃんと城壁もあって、人口も数万程度あるれっきとした町である、村というのはラスタリア王国の居住地等級には村と市の二階しかないからである。
「この村で用意してもらった物資を取ったら後は辺境一直線だ。王都の物資はさすがに危険すぎて諦めるしかなかったけど、ここなら大丈夫でしょう。」
「大丈夫じゃないですよ。」
突然後ろから聞こえる声に反応する間もなく、太ももから激痛が伝わり、後は暖かい感覚が流れ、気がついたらわたしはすでに地面に倒れていた。
正直一瞬のでき事で何が何だかわからないが、危険な状況とだけはわかる、急いですでに感覚を失った右足の止血を行いながら、襲撃者が見えるように体をひっくり返す。
そしてわたしはそこで見た襲撃者の顔に驚愕した。
「ミューゼ!どうして君が...」
正直あの程度の変装でミューゼを誤魔化せない可能性が高いから、ミューゼがついてくることはある程度予想ができたが、攻撃してくるとは思ってもみなかった、しかもわたしの警戒をくぐり抜けて。
「どうして、ですか?それは何に対しての疑問でしょうか?わたくしがついてきたこと?わたくしが攻撃したこと?それともわたくしの実力のこと?どっちですか?偽聖女さま?」
「ぜんぶっ、え?」
今なんて?
「あっ、また一つ疑問が増えましたね、そうですか、全部ですか~。」
わたしのすでに止血された太ももを一瞥し、彼女は続けた。
「時間稼ぎをしようなんて思っても無駄だと思いますが、いいでしょう、巡りに旅立つ前のお土産にってことで。」
「最終的無駄だとしても構わない、それで一秒でも長く生きられるなら。」
まるで別人のようなミューゼに恐怖を覚えながら、わたしは必死にもがいた。
「そういうところですよ、偽聖女さま。本物の聖女さまはこんな風に生に執着したりしないのです、それにさっきの攻撃も本物の聖女さまなら当たるはずがないし、当たったとしてもびくともしないでしょ、あとは話し方、歩き方、立ち振舞い、知識量も何もかも聖女さまとは段違いですわ。」
「なぜ...」
なぜそんなことを知っている、聖女カルシアは千年前の人だ、たとえ映像資料が残ったとしても...
「そう焦らないでくださいよ、ちゃんと全部話しますからね。」
ミューゼは優しい口調でそう言いながら、わたしの目の前でしゃがみ、わたしの頬を撫でてきた。
正直あんまりにの恐怖でその手を避けたかったが、神経を逆なでしないように必死に我慢した。
「あなたと同じ、わたくしも本当のミューゼではありませんわ。乗っ取ったのです、この体を。」
「そんなこと、いつ...」
わたしが王都を離れたあとか?
「ふ、あなたはなにか勘違いしているようですね、最初からですよ。」
「最初、から?」
「はい、あなたが復活した聖女として双蓮宮の寝室の扉を開けた時からです。」
つまりわたしが知っているミューゼは目の前のミューゼとまったく同じってこと?いやいやいや、確かに普段のミューゼでもヤンデレ気質があるけど、そこまでは...
「つまり最初からわたしが偽物だって知っているってこと?君は一体誰だ?」
「え~、まだわからないんですか?ほら、聖棘の荊棘ちゃんの話にありました...」
荊棘の話?こんなメンヘラみたいな...あっ。
「まさか君があの先祖?!」
あの聖女のストーカーの?
「あ、やっとわかってくれました?嬉しいですわ。」
「君は千年前に死んだはずでは?一体なにがどうなって...」
わたしの質問を聞いて、ミューゼは突然目を輝かせながらわたしの手を握ってきた。
「聞いてくれますか?ああ、嬉しい!どうしよう?あなたのこと殺せなくなっちゃうかも。」
ぜひそうなってください、なってくれないと困る。
「何から話しましょうかな~。」
「聖女さまが聖霊殿へと旅立ったあととか?」
「そうですね...」