第 60 話
騎士会が聖王山に向かって行進している時、その聖王山の頂上に眠るお姫様の手の中に一抹の光が閃いた。
「あぅ、ううぅ、ししょーぅ。」
目を擦りながら起き上がるナディアーナはふっと我に返った。
「師匠!師匠?どこ?」
部屋中を見回しても師匠の姿が見当たらなく、ナディは慌てて起き上がって部屋外へと駆けるが...
「あぅ、いたあぁ。」
焦ってよく観察もせずに走ったはナディは思い切り結界にぶつかった。
「えええ~、どうして?もう~。」
ぽん。
「いててぇ、かったー。」
目の前にある見えない壁に拳を振り下ろすもぴくっともせず、逆に自分の手に怪我を負わせた。
途方に暮れたナディはようやく落ち着き、部屋じっくり観察する余裕ができた。
そして当然一番目立つ部屋真ん中にあるデカい箱が目に入った。
ナディは箱に近づき、その上に置いてある手紙を手を開いた。。
「愛弟子のナディへ、結界は硬かったでしょう?でも安心して、この手紙を読んで、君が自分のゆく道を選んだら結界は自動的解除されるわ。」
自分の考えなしの性格が師匠に読まれてナディアーナはちょっと恥ずかしそうに頭を掻いた。
「すべてを説明する前に、師匠は君に謝らないといけないことがある、実はわたしは最初から君を利用するために王宮へと呼んだのだ、自分がこの国を脱出するための身代わりとしてな、だから本当にすまなかった、わたしは君を裏切った最低な人間だ、師匠を名乗る資格などない。」
「え?」
手紙を通して告げられたからか、最愛の師匠の突然の告白に驚くものの、その裏切りにナディは特に怒りを示さなかった。
「言い訳するつもりも許しを乞うつもりもないが、君と過ごす日々は案外楽しかった、そんな時間をくれた君に師匠からの最後のプレゼントとして、君に二つの道を用意した、その二つから選ぶのもよし、自分の道を切り拓くのもよし、わたしがとやかく言う立場はない、ないが、どうか慎重に選んでくれたまえ。師匠失格の裏切り者より」
「師匠~、うぅううう。」
目から溢れ出そうになるなにかをぐっと堪え、ナディは目の前の箱を開けた。
箱の中は左右二つの部分に分けており、それぞれ蓋がされていて、その蓋の上に各一通の手紙が置かれていた。
先に左手の手紙を手に取って読み始める。
「とやかく言う立場がないと言っておいてなんだが、この道を選んで欲しくない。出来ればこの手紙の続きを読まずに、もう一つの道を選んでくれ。」
手紙には数枚の紙があり、その一枚目の紙にこの言葉しか書かれていなかった。
普段のナディならたぶんおとなしくその言葉を従ったかもしれないが、今日のナディは違った。
「やっぱりこうなるか、正直この道の存在すら知らせるべきではなかったが、自分勝手な思いで君から選択肢を取り上げるべきでもないとどうも躊躇ってしまう、とにかく、君が読み続けることを選んだ以上、わたしにはちゃんと説明する義務がある。この道とは聖女の名を継ぐ、いや、騙ることだ。」
「え、あたしが?」
「聖女の名を継ぐなんて聞いたら、君は浮かれるだろうけど、聖女の名はそんないいものではない。聖女の力の得た以来わたしは呪われた人生を過ごしてきたと言って過言ではない、わたしは十歳で...」
その後の手紙の内容はカルシアの半生を語ったものだった、最初は聖女の力で浮かれていたこと、呪いのこと、自分のせいで両親や同じ町の人たちを死なせたこと、戦場で死に場所を探していたこと等々、後半はエレス自身も記憶がないので想像混じりの話になるが、とにかくこの道の険しさを全力で語り尽くした。
「だからこの道は選ばないでほしい、幸せな道があるならわざわざ苦難な道を選ぶ必要はないんだから。だが、もし君がどうしてもこの道を選ぶというのなら、手を左側の術式にかざして術式を起動すればいい、逆にこの道を選ばないなら、右側の術式を起動すれば、左側の箱にある<聖女の試練>は異空間へと飛ばされ、この負の連鎖を断ち切ることができる。さて、あとは君次第だ。」
「もう、一気に来すぎるよ...」
朝起きたらいきなり師匠に呼ばれて、その大好きな師匠に眠らされ、裏切りを告げられ、それから師匠の力の起源を知って、師匠の半生を知って、さらにいきなり自分のこれからの人生の道を選べと言われる。
悲しみ、喜び、戸惑い、悔しさ、いろんな感情や思いが一気に押し寄せてナディはもう頭も顔もぐちゃぐちゃだ。
それでも、彼女の中に一つだけ確かなものはある。
「師匠はほんっとうにひねくれものですね。」
そう言ってナディアーナは手紙を置き、頬に流れる涙を袖で拭き、そのまま手を左側の術式にかざした。
「師匠は一生あたしの師匠よ、裏切り者なんかじゃない!」
術式の起動と同時に、王都から遠く離れた森の中で一人の女性が目に見えないスピードで森を駆け抜けていたが、突然、なにかを感じ取れたように足を止め、聖王山のほうを見る。
「はあ、わたしってやっぱり最低なクソ女だな。」
そう言い残し、最低なクソ女は再び王都を遠ざがる方向へと走っていった。
二時間後、王宮親衛隊が騎士会と宮門前で対峙してる時。
双蓮宮内。
「聖女さま!リリアです!」
急なノック音が響いたあと、リリアの焦った声が聖女の寝室内に届いた。
「入れ!」
リリアは許可を得た瞬間にドア開き、聖女のもとへと駆け寄った。
「聖女さま!民衆が宮門前に集まって...」
「慌てるな、事情は分かっている、宮門に行くから用意しなさい。」
「はい!ただいま!」
聖女の対応がかなり冷静だったからか、上からの指示をもらったからか、リリアも冷静さを取り戻した。
リリアが冷静さを取り戻して車の用意をするために部屋から出た後、さっきまで冷静だった「聖女さま」はベッドに倒れ込んだ。
「うまくいったぁー。」
当然、この「聖女さま」はもう昨日の聖女さまではない、ナディアーナがエレスの残した魔道具で変身した偽の偽聖女だ。
「ええと、この後は...」
ナディが箱の左側の術式を起動した後、左側の蓋だけでなく右側はも開かれた。
そして左の方にはメモ数枚、ノート一本と魔道具数個が入っていて、右側には数多な刻印石と数個の魔道具。
メモには魔道具の使用方法と今後発生する可能性があることの対処法について書かれていた、当然、騎士会のことも。
「うぅ、なんか胃が痛くなってきたかも、やっぱ今からでも逃げようかな、この指輪もなんとかしないといけないし。」
ベッドで横になっているナディは右手を上げ、その薬指に嵌められている指輪を見つめる。
「聖女の試練かぁ、三年、ああ、もう師匠が恋しいよ、この姿じゃリリア姉にも甘えられないし、もう~。」
ドン、ドン。
ナディがベッドでゴロゴロして暴れている時、ドアに再びノック音が響いた。
「聖女さま、車の用意ができました。」
ドアの外の声でナディは現実に引き戻された。
「とりあえず目の前のこと考えよう、目の前のこと、目の前のこと...」
自分に言い聞かせながら、ナディはドアに向かった。
「じゃ、行こうか、うーん、そういえばミューゼさ...ミューゼは?」
「え?あ、そういえばミューゼどこ行ってたんでしょう、こんな時に、本当に申し訳ございません、あとで見つけ出しますので。」
「うん。」
師匠が消えて、その師匠が大好きミューゼもいなくなるなんて、まさか...
いや、師匠は一人で行くって言ってたし、うーん、まあ、師匠なら大丈夫でしょ、今は自分のことに集中集中。
なんていろいろ考えながら、「聖女さま」は宮門へと向かった。