第 59 話
ラスタリア王国 王都 下町 中央広場
王都の中央広場は王国一番賑わっている場所だった、いつも露天商呼びかけ声と通行人の談笑が飛び交い、早朝から深夜までお祭り騒ぎが止まない場所だった。
けど、最近隣国の戦争による物流の停滞と人口流出ですっかり活気を失っていた。そして、そんな中央広場は今日さらに静まり返り、まるでお通夜状態だ、その原因は人がないわけではない、むしろ逆で、今の広場は戦争の話が嘘のように人で満ちている、にもかかわらずほとんどの人はそこに立っているだけで何も喋らず、この不気味な状況に普通の通行人も露天商も思わず音量を下げてしまった。
そんな微妙な状況の中、一人の男が中央の噴水の彫像の上に立った。
「みんなさん、今日はお集まりいただき誠にありがとうございます。」
音声拡大の魔術のおかげか、男の声は広場中に響き渡った。
「みんなさんが無駄話が嫌いなのはわかったので、短めに。」
男は一息つき、広場を見回したあと、声を荒げた。
「聖女さまの栄光の庇護の元にのうのうと生き長らえるラスタリア王国の民よ、今こそ立ち上がり、聖女さまのお役に立つ時が来た!同志たちよ、ともに参れ!」
そう言って、男は彫像から降り、聖王山方面へと向かい、その不気味な人たちもそのあとを追うように続々と中央広場から離れた。
「あれはなんだ?なんか聖女さまとか言ってなかったか?」
怪しい連中が消えたあと、広場に残った人たちが早速議論し始めた。
「確かにそう聞いた、暇だし、俺行ってみるわ。」
「え?ちょ、おい、なんかおもろいのがあったら教えろよ。」
このような会話が広場内で多数発生し、一部の暇な野次馬が怪しい人たちについて行った。
そしてこんな騒ぎになっている広場の片隅に、その状況を冷たい目で観察している人たちがいる。
「王宮に向かっていた...はい...他にも...はい。」
その人たちもしばらくして睨み合いながらも各々離れていて広場にふたたび安寧が訪れた。
王都 監察院
「なんで早期段階で対処しない!あの集会に出たやつ全員取っ捕まえばこんなことにはならんだろうが、このドあほが!」
情報一科の会議室で今日も科長さんの怒鳴り声が響いた。
「申し訳ございません!集会の参加者を特定するのに共和国に協力要請を出したんですが、未だに返信がありませんので。」
「それがダメなら別の方法あるだろう、あのリーダーっぽいやつを取っ捕まればそれでもいいだろう!」
魔導ネットコアがハイター共和国に握られているため、こういったネット上の調査は基本的に共和国へ協力要請が必要となっているが、当然共和国の奴らも仕事増やされたくないので、基本的もうこれ以上先延ばしできないってぐらいにならないと動いてはくれない。
「それは...あのリーダー実は貴族でして、そう簡単に逮捕はできないと言いますか...」
「ああああ、またか、貴族め、うんなクソ野郎どもがぁぁ!」
「そう怒るな、あんたの怒鳴り声が外まで漏れてるぞ。」
科長がいつも調子で貴族どもの恨みつらみを垂らし、暴れているところ、その後ろから落ち着いた声が聞こえた。
「誰っ!あ、院長!すみませんでした!」
「君はもっと感情のコントロールを学ぶべきだね。」
監察院長のロンベルはそう言ってモニターに近づき、そこに映っている騎士会の人たちをしばらく観察した。
「院長、こちらも人を支援に出しますか?」
「ふ、うちにまだそんな余裕があるのかい?奴らの対処は王宮に任せるしかない、情報はすでに渡したし、我々の職務はそれで十分果たしたはずだ。」
「恐縮ですが、軍をほとんど辺境警戒に当てている今、王宮だけ対処仕切れるんでしょうか?」
科長の心配を聞いたロンベルは直接答えず、そのまま情報一科のドアへと向かう。
「対処仕切れなかったら、聖女さまでも持ち出せばいいのさ。」
貴族街 王宮前
中央広場からすでに三時間以上がすぎ、騎士会の人がついに王宮前へと到着した。
なぜ直接王宮前で集合しないのかと疑問に思うかもしれないが、それなりの理由がある、一つは貴族街での集合は対処されやすいし、注目も集めにくい、二つ目はこの長い行進でもっと人を、同志を集めたかったからだ。
実際この数時間のビラを配りながらの行進のおかげで参加者が倍以上に増えた。
「ようやく着いたか。」
約二十日ぶりにふたたび王宮前に立つサーゴーは感慨深いと思いながら宮門を見上げる。
当然王宮はすでに臨戦態勢で、本来宮門前に立つべき衛兵は消え、代わりに宮門の上に無数のフル武装の衛兵が立っている。
「我、聖女騎士会の代表としてイーノー家に警告する、直ちに聖女さまを釈放せよ!」
「聖女さまを釈放せよ!釈放せよ!」
サーゴーの言葉に続くようにその後ろ騎士会の人も声を合わせて要求を繰り返し。
そして宮門の上に、ルカス親衛隊長はまさにこの光景を見下ろしている。
「隊長、これは陛下に報告した方がいいのでは?」
「必要ない、俺はすでに陛下から命令を承っている。誰一人宮門を通すなっとな。」
自分の剣を拭きながらルカス隊長はそう答えた。
「しかし、大丈夫ですか、こんなところで戦闘なんて...」
「戦闘?たぶん戦闘にはならないよ、自分もこんなことで剣を振りたくはない、さてっと。」
剣を状態を確認して鞘に戻すと、ルカスは立ち上がり、宮門前の人ごみに向かって口を開いた。
「静粛に!我々は聖女さまを監禁などしていない、聖女さまは自分の意志で王宮に滞在っされている、ゆえに釈放なども当然語れない。」
「この期に及んで白を切るか!聖女さまは慈悲深きお方です、かつて聖王国でも教会で人々に命神の祝福を与え、病や傷を癒すとの記述があります!なのに復活された以来一度もそのような活動をされていません、これは王家に軟禁されていることに違いありません!」
ルカスの釈明に当然騎士会側が簡単に納得するはずもなくあっさりと反論される。
「聖女さまは慈悲深いからこそです、今はこの国は戦争の危機が差し迫っている、加えて聖女さまも千年経っての復活をされたばかりでこの世界の変化にはまだまだ疎い、ゆえに毎日民のために学習と苦慮を繰り返しています、当然この度の危機が過ぎれば、さっき君の言う活動もなさるおつもりでしょう、その時まで待ってください。」
「そんな言葉信じられるか、本当にそうなら聖女さまに合わせろ、聖女さま自身の言葉を聞ければ我々は大人しく引きます!」
「そうだそうだ!」
もともと交渉など応じるつもり毛頭ない騎士会にルカスの言葉など聞くはずもなく、この後も聖女さま出せとの一点張りだった。
「どうしますか?隊長。」
「どうしようもなにも、聖女さまを呼ぶしかない。」
時間を遡って四時間、騎士会が中央広場に集合し始めた時。
朝食を終え、わたしはリリアたちの同伴で寝室に戻った。
「リリア、ナディを呼んできて。」
「はい!」
「ミューゼはなにか飲み物を用意してくれ。」
「かしこまりました。」
理由をつけて二人を自分から遠ざけた後、わたしは窓際に立ち、下町を見下ろした。
「いよいよか、正直ここでの暮らしも悪くはなかったけどな。」
しばらくここでの思い出とかいろいろ感慨に耽っていると、ナディが来てくれた。
「師匠!弟子ナディアーナ参上しました!」
「きたか、座りなさい。」
ナディを座らせ、飲み物運んできたミューゼには下がってもらったあと、わたしは例の結界たちを発動させた。
「師匠、これは?」
「ナディはここにきてもう一か月以上経っているよね。」
「え?はい!」
「どうだった?ここでの生活は。」
「師匠もみんなも良くしてくれて、いろいろ勉強もできて、すごく幸せでした。こんな生活ずっと続けたいです。」
明るい笑顔を見せるナディにわたしは思わず目を逸らし、コップを手にしてその内容物を飲み干した。
「そうか、ふう、はあ、もういいか、ごめんね、ナディ。」
「え?どうしたの?師匠...あれ?なんか...」
ぽん。
ナディは机に突っ伏して倒れた、当然わたしの仕業である。
倒れたナディを抱え、ベッドまで運んでその服を脱がした。
もちろんエッなことをするためではない、確かにナディの体は筋肉質で引き締まっていて魅力的だが、さすがに今はそんな気は起きない。
できるだけ最速で自分の服とナディの服交換し、彼女の手にあるものを握らせた。
そして次元倉庫から用意したキャリアケースぐらいの大きさの箱を机に置き、その上に同じく先に用意した手紙を置いた。
最後に持ち物をチェックし、わたしはベッドの横に戻った。
ベッドで静かに寝ているナディの顔を見て、思わず手を伸ばしその顔に触れる。
「はあ...」
彼女の頬を撫でながら、わたしは腰を曲げ、彼女の額に口付けた。
「さようなら、ナディ。今度はちゃんといい師匠を見つけてくれ。」
最後にこの生まれた以来一番濃い日々を共にした部屋を見回し、わたしは鏡の前に立ってとある仮面を取り出した。
それを顔に被った瞬間、仮面は形と色を変え、その変化が終わった時鏡に映すわたしの顔はナディと瓜二つになった。
「さて、行くか。」