第 58 話
ラスタリア王国 荒野
ラスタリア王国王都のシンボルマークである聖王山の東、約50キロ離れた荒野に龍王山という山がある。
伝説では、龍王山などもともとは存在しなく、漆黒の聖女カルシアが聖王国を襲撃した白銀龍を討伐し、その生き血を抜き取ったあと、聖王ターサル・イーノーに飲ませ、残りの亡骸をここに捨て、龍王山になったという。
まあ、それもあくまでも伝説であって、今となっては誰もっ、いや、聖女さま本人しか真偽を知らない。
そんな曰くつきの山の山腹の中にある一室でとある会議が開催されている。
「ラフィニア、報告があると聞いたが。」
上座で座る赤髪の女性、もとい聖棘の長、荊棘がその左手に座る黒髪の女性に聞いた。
「はっ、例の聖女騎士会のことで報告がございます。」
それを聞いたラフィニアは立ち上がり、報告を始めようとする。
「ふん、あんな肥溜めのようなどころの情報なんて何の価値がある?」
話に割り込んだのはラフィニアの隣に座るやせ細った男だった。
「カロス、価値があるかどうかは聞いてから判断する、ラフィニア、続けなさい。」
「はっ、昨日、聖女騎士会が王都にて会員のほぼ全員に招集をかけました、その集会にて...以上が集会の内容でした。」
集会の状況を一通り説明し、ラフィニアは座ることなくそのまま荊棘の反応を伺った。
「うーん、騎士会はあの映像を直接聖女さまから手に入れたという話、裏は取れているのか?」
「いいえ、恥ずかしながら、騎士会と聖女さまの繋がりに関しては確かめることができませんでした、あくまでも憶測ですが、この間の宴会での騒ぎで何らかの方法で連絡を取ったのではないかと思います。」
「そうか、ミューゼ、君はどう思う?」
荊棘は真正面の壁に投影されているミューゼの映像に向かってそう聞いた。
「そんなゴミクズの変態野郎どもに聖女さまが繋がっているわけがないじゃないですか?!ああ、ぺ、口にしただけでも汚らわしい、ぺっぺ、あんな変態ども聖女さまのためとか、どうせ聖女さまを王宮から攫ってあんなことやこんなことをするでしょうよ、ああ、きっとそうだ、ああ、聖女さまのあのぷにぷにな唇を、あのすべすべの頬を、あの美しい首筋を、あの柔らかいお、お胸を、あと脇とか、鎖骨とか、耳とか、指とか、足とか、お、おまたとか、ああああああ!許せない、許せませんわ!」
ミューゼが長々と十八番を披露しているところ、会議室はすでにお通夜状態である。
話をミューゼに振った張本人は手で顔を覆いながらため息、他の人も顔を下に向きまるで自分の股の間になにか面白いものがあるように横目も振らずに黙り込んでしまった。
「ミューゼ!もうそこら辺で。」
「は?まだ終わってませんよ?」
「それはもういいから、それに聞きたいの騎士会のことじゃない、聖女さまの様子がなにか変なところがあるか、だ。」
画面の向こうのミューゼは何度か深呼吸をし、高ぶっている感情やら欲望やらを落ち着かせる。
「聖女さまに特に変わった行動はありません、いつも通りに本を読んで、小娘に授業して、変わったと言えるのはせいぜいお茶を楽しむ時間が減ったぐらいですが...」
すこし間を持って、眉を顰めながら、ミューゼは続いた。
「ですが...考え込んでしまうことが増えたんです、あと前には見られないような細かい動きも増えました、カップを回して見つめたり、本に指をあてて読んだり、たぶんなにかに悩んでいらっしゃるかと。」
「うーん、悩んでらっしゃるっと、オークア王国も陥落して連邦の軍勢が目の前まで迫ってきているから、悩むのも不自然ではないが...」
「戦争のことで悩んでいらっしゃるには見えませんが...」
「えい、うんなもん直接聖女さまに聞けばいいだろう。」
考え込む荊棘たちに痺れを切らしたのか、カロスはテーブルを叩いてそう言った。
「それも一つの方法だが...」
正直荊棘的に聞きに行くのは気が進まない、何故なら聖女の前では感じてしまうからだ、奇跡魔術師になって以来感じたことない圧迫感が。
あのまるで天敵に睨まれているような感覚出来れば二度と味わいたくない、この点については本当にミューゼを尊敬している、どうやってあの感覚を毎日ように耐え続けているのか荊棘は理解できない、慣れなのか、それとも愛が故なのか。
「聖女さま自分から教えて下さってない以上、こっちから直接聞くのは野暮だ、聖女さまを怒らせては元も子もない、ミューゼ。」
「はい。」
「言うまでもないと思うが、聖女さまをもっと観察するように、あと、機会があればそれとなく探りをいれてみてくれ。」
「わかりました。」
ラスタリア王国 王宮 双蓮宮
「探りね~。」
ミューゼは聖棘内部専用の通信器を引き出しの隠し空間にしまい、部屋のドアへと向かう。
「聖女さまは何がしたいって?そんなのわかりきっていることなのにね、ま、このポンコツども教えてやる義理もないけど。」
ミューゼが服をすこし整理し、部屋のドアをあけたら、思わぬ人物に出会った。
「あ、ミューゼさん。」
自分たちと違って付き切りのではないが同じく双蓮宮のメイドのリンだ。
「リンさん、どうかしました?」
「どうしましたって、当番の時間なのに来ないから呼んで来てくださいってリリアさんに頼まれましたからよ。」
「あ、もうこんな時間!本当にすみません、聖女さまのこと思って頑張ってお化粧してたら大分時間食ってしまいましたわ。」
「君は本当変わらないですね、では早く行って、リリアさんに怒られますわ。」
「はい、ありがとうございます。」
そう言い残してミューゼは足早に待機室へと向かった。
「ミューゼ、遅いよ。」
待機室に到着した早々リリアに文句を言われる。
「ごめん、リリア、聖女さまからはなにか?」
「今たぶん机に向かっているから、特に何もないわ。」
「よかったぁ!あっ!」
安堵するミューゼの頭にリリアはげんこつを見舞わせる。
「よくない!今度遅刻したら許さないからね、じゃわたしは帰るわ。」
「あいよ!」
リリアの背中を見送り、ミューゼはもう一度鏡に向かって見た目を整う。
「よし!」
パッと手を叩き、ミューゼは聖女の寝室のドア前に移動し、姿勢も正して、ノックする。
「入れ」という返事とともにミューゼはドアをバーと開き、聖女に飛び込んだ。
「聖女さま!会いたかったよ!」
「ちょ、いきなりなんなんだ、ああ、わたしの刻印石が!」




