第 56 話
ラスタリア王国、王宮 双蓮宮
双蓮宮には王都随一の絶景スポットがある。
それは応接の間の裏から出る巨大バルコニーで、その聖王山の絶壁から突出しバルコニーは王都を一望できるだけでなく、王都の外の荒野さえ見渡すことができ、加えて王宮の結界で雨も風も侵入させない仕様であるため、まさに最高の絶景スポットである。
そんな場所に今は二人が座っている、一人は青髪の少女、机に突っ伏してなにかを必死に書いている、もう一人は黒髪のスーパー、ハイパー、ウルトラ美人、そう、そのわたしだ。
なんちゃって。
はは、本を手にしつつも、頭の中は変な考えがまるで沸騰した水の中気泡のように、浮かんでは消え、浮かんでは消え、本の内容などなに一つ頭の中には入ってこなかった。
なぜそんな状態になっているかというと、脱走の期限が日に日に近づいてきたからだ。
一応いろいろ準備はしてきたつもりだが、いざ刻限が迫ってくるとどうしても焦りが消えない。
「終わったぁあ、師匠、終わったよ。」
「え?終わった?誰が?あ、課題か。」
わたしの人生のことだと思ってしまったわ。
「師匠、大丈夫?最近なんか変ですよ。」
さすがにばれたか、たしかに、最近大体課題出して終わりで、授業らしい授業もしてあげられなかったからな、ごめんよ、ナディ。
そう考えながら、わたしはナディの目の前の紙を手に取った。
「ちょっと考え事をしてただけだ、気にしなくていいよ。」
「うっそだ~、教えたくないだけだもん、師匠のケチ。」
教えたくないというより、教えられないだけどね。
「もうすぐ知ることになるよ、たとえ知りたくなくてもね、そんなことより、ここ、こんなつなぎ方していいのか?」
これ以上問い詰められるのもいやなので、やや強引に話題を変えた。
「ええ~?ダストとナッチの繋ぎはこうって前にいったじゃん。」
幸いナディはねっちこく聞くような人間じゃないので、あっさり乗ってくれた。
「前の課題は爆発威力の向上でしょ?今回はなんだ?」
「精神力操作性の向上...」
「全然違うよね?」
「うーん...」
そう答えるものの、ナディは両手を伸ばし、机に突っ伏したまま動こうとしなかった。
「またどうした?」
「ししょおぉ、ナデナデして~。」
最近授業内容が雑になったせいか、なんだかナディが甘える頻度も上がる一方な気がする。
まあ、そう考えればわたしのせいでもあるので、その要求に断れずにいる。
「はいはい。」と言いながら彼女を優しくなでてあげると彼女はうへへと馬鹿笑いをし出した。
それでもう可愛いやらなんやらでなんだか焦りも落ち込んだ気持ちも一掃された気がしてきた。
「なにその馬鹿笑い、もう十分でしょ、さあ、早く起きなさい。」
彼女の頭を軽く叩き、起こさせた。
「え~~、もっとほしいのに~」
うっ、そのおねだりはわたしに効果抜群だからやめてほしい。
「今日の分は終わりだから、さあ。」
「ししょぉのケチっ。」
...
「うん、これでいいだろう。」
ナディの苦戦の末ようやく課題を完成した。
「やった、終わった!」
「帰ってちゃんと復習しなさいよ。」
そう言って、わたしは本を片付け、立ち上がった。
「あ、待って、師匠。」
普段授業が終わったら逃げるように帰るナディが珍しくわたしを呼び止めた。
まさかまた甘えたいのか?
「なに?」
「実は庭から手紙が送られてきて、中に師匠への手紙もあったので、たぶん前回の話のことかな。」
おお、やっとか。
十日ぐらい前にナディを休暇という名目で庭、ではなく、臨時新設した孤児院に帰省させた、その際、「ついでに」手紙と十分な金を持たせた。
手紙の内容は端的に言うと物資の調達だ。
脱出に必要な食糧、魔導石などの生活必需品を指定な場所においでくれと、しかも王都だけでなく、脱出経路にある一部の町にも置いてもらった。
ナディから手紙を受け取り、そのまま部屋に戻って読み始める。
内容は地球の言語を使った暗号で暗号化されているのですこし解読に時間はかかった。
本来ならナディが郵便屋を務める分には問題ないが、さすがに返事をもらう時は王宮の人の手を介さないといけないので暗号を添いた。
「任務完了したっと、これで一応最後のピースは揃ったか。」
わたしが考えた脱出計画、もといほとんど成り行きでできた計画も残るは時機を待つだけとなった。
「まさかあの宴会イベントがキーイベントになると思わなかったけどな。」
宴会後に発見したあの紙に書いてあった場所に、夜こっそりといろいろ魔術を駆使して王宮の警備を搔い潜って調べた。
そこで見つかったのが一つの魔導器、言わば専用通信魔導器ってやつ、魔導ネットコアに経由せず、二つの魔導器が直接繋ぐことで通信距離が大幅に下がる代わりに高い機密性を保障するという。
でそれを使って通信をかけたどころ、向こうがずっと待っていたのか、すぐ繋がった。
向こうが言うには彼は聖女騎士会という組織の会長らしい。
聖女騎士会とはなにかというと言わばカルシアのファンクラブみたいなところだ、ちなみにこの聖女騎士会というのも本当の名前ではない、何故ならその会長さま自身ですら言い慣れていない様子だからだ、本来の名前はどうせ聖女さまラブラブちゅちゅとか、聖女さまでしこり隊とか、そういう名前だろう。
もちろんもとギャルゲーマーとしてそれを問い詰めるつもりもなく、彼の話を続けて聞くと、なんと彼の組織は聖女復活の情報の公開後、まるで刺激を受けた河豚のようにみるみるうちに増大しているとのこと。
それを聞いたわたしは利用できると思った。
だから彼にはわたしの名を使っても構わないから他の似たような組織をまとめ上げろと言い付けた。
そこから十数日、カルシアの名前のおかげで聖女騎士会の人数は軽く万を超えた。
これほどの組織が出来上がったとなればいずれ聖棘ひいては監察院の目にも留まることになるだろう、だが奴らにはわたしの本当の目的を知らない、その不意に突くことができるかどうかが正念場だ。