第 55 話
「こ、これは...」
田中たちが戦場についたころには戦闘がすでに終わっていた。
シーラたち二人は通路口で座っていて、大空洞の中は炭と燃えカスのようなものに覆われ、あたりがまるでサウナのように暑く、二人が近づくのに躊躇したほどだった。
「よっ、遅かったな。」
いつもの強気な口調だが、どこか疲れたような声を出すシーラ。
「シーラちゃん、これは一体...」
「ああ、言ってなかったっけ、この間覚えたばかりの魔術だよ、うちも使うのが初めてだから、ちょっとばかり消費が予想より激しくて。」
「ちょっとばかりには見えないけど...」
「うん?なんだ、小僧、うちが弱ってるから生意気な口を叩いても大丈夫とでも思ってんのか?弱ってもあんたみたいな小僧、小指で潰せるわい。」
弱っていてもシーラは田中のつぶやきを聞き逃さなかった。
「まあ、まあ、シーラちゃん落ち着いて、少年もあんまり変なこと言わないで、ね。どころでこれで任務は終わりわよね。」
そう言って、ゴンは魔導器をいじってるウォルトのほうを見た。
「はい、あとは地上に戻れば終わりです。」
魔導器をしまって、ウォルトは立ち上がる。
「今から戻りますか?」
それを聞いたゴンはなにも言わずに大空洞に入り、しゃがんで地面に転がっている炭を手にとったが、よく観察するまでもなく炭は崩れ落ち、粉々になった。
「これはダメですわね、やりすぎですわ、シーラちゃん。」
珍しくゴンからの叱りの言葉。
「悪かった、実戦で使う前にどこかで試し打ちしとくべきだった。」
意外と素直に謝るシーラに驚く田中だが、さすがにこれ以上煽ったらガチで殺されるのでなにも言わないようにした。
「さすがにこれでは素材を取れないし、もう戻ろう。」
ゴンはシーラにそばに戻り、座り込んでいる彼女に手を差し伸べた。
「ああ、そうだな。」
ゴンの力が強すぎたのか、シーラがそこまで弱ってたのか、シーラが立ち上がる時、彼女がすこしふらついた。
「大丈夫か、おんぶする?」
「子供か、自分で歩けるわ。」
シーラはしゃがむゴンの背中を叩き、自分で歩き出そうとしたその時、洞窟全体が激しく揺れ始めた。
「うわぁ、なんだ?」
突然の揺れに田中は慌て出した。
「ゴン、小僧を守ってやれ。」
「しかし...」
ゴンは心配そうな目でシーラの顔を見た。
「うちは死なないから、早く。」
「...わかったわ。」
そう言って、ゴンは離れている田中に駆け寄った。
そして、ゴンが田中の体に触れたその時、突然ゴンたちとシーンたちの間の地面から無数の蔦が生え、パーティーは分断された。
「シーラ!うぉお!」
焦ったゴンは生えてきた蔦の壁に触れると、蔦の壁は舞い上がり、ゴンの体を横の壁に思い切り叩き付けた。
「ゴン!逃げろ、こいつはやばい、うち別の道で逃げるから上で合流だ、ウォルト!」
シーラはウォルトのほうを見るが、いつの間にかウォルトの姿はもうどこにもなくなった。
「クソ、逃げ足の早いやつめ、いいか!ゴン、どういうわけは知らないが、こいつの魔力反応がどんどん高まっている、とにかくこいつが本格的動き出す前に逃げろ!」
そう言って、シーラは振り返りもせずに大空洞の方へと逃げていた。
シーラの言葉を聞いて、さすがの田中でも事の緊急性がわかって急いでゴンのところへ駆け寄る。
「ゴンさん、大丈夫ですか?」
「コホン、コホン、大丈夫、あたしは頑丈だけが取り柄だから。」
口から血を吐きながらも無事だと言い張るゴン。
「大丈夫には見えないんですよ、ええと、背に乗ってください。」
「ふ、体型的無理でしょ、それにこんな状況で魔力は温存した方がいいわ、あたしは自分で歩けるから。」
そう言って、ゴンはゆっくり立ち上がった。
「さあ、はやく行こう。」
ゴンを支えながら、田中たちはできるだけ速いスピードで来る道を辿った。
来る時土虫を全部掃除したおかげで、二人の道を阻むものは特になかった。
「うっ?!」
「どうしました?ゴンさん、ほんとうに大丈夫ですか?」
「大丈夫、支えなくてもいいから、少年は前を歩いてくれないか?」
「え?なんで...」
「振り向くな!いまあたしの顔がちょっと変になってるかもだから見ないでほしい、少年は前を見て、前を歩いてくれ、頼むから。」
田中は疑問に思うつつも詳しく聞く場合ではないと大人しく従い、そのまま二人は最初に降りた悪臭部屋に戻った。
「少年が先に上がって、あたしが降りる時ちょっと穴を広げちゃってて登りにくいかもだから、魔術使った方がいいよ。」
「あ、はい。」
田中は言われるがままに穴に入り、上へと登った。
ドン
田中が数メートル進んだ時、突然下からの巨大な振動と轟音がした。
その振動で田中が滑り落ち、そしてちょうど足元にある石を運よく踏めたとほっとしたところ、助けたのはちょうど足元に現れた石ではなく、通路口を完全に封じ込めた瓦礫だったと気づいた。
「ゴンさん?!」
田中はすぐ瓦礫の向こうを確認しようと石の隙間に近づいたが、突然大きな振動が再び起こり、自分のいる場所も崩れ落ちそうになった。
「クソ。」
壁の向こう。
ゴンは通路口上部から巨大なハンマーを自分の肩に乗せた。
「いったっ、悪いね、少年、どうやらこいつにはあたしの肉の方がおいしいみたいだわ。」
そう言って、ゴンは数歩前に進み、彼の前には無数の蔦が踊り狂い、彼の背後には無数の傷跡が血を流している。
「誰が仕掛けたのか知らないけど、教えてあげるわ、このゴンラプフィドールネの肉を食べたいなら、食べた分以上の運動をしなきゃいけないってな!」
「クソ、邪魔だ!」
飛び掛かってくる土虫を護身用のナイフで切り裂き、その死体を片付ける余裕もなく、シーラは洞窟をひたすら進んでいる。
「出口はまだか?」
広範囲の上級魔術のあと、身体強化を頼りに土虫を倒しながら進んできたが、さすがのシーラも精神力も魔力も限界が近い。
正直、今にでもすぐそこで寝転がりたい彼女だが、地中から感じられるどんどん活発になっている恐ろしい魔力反応がそれを許さなかった。
猫の手でも借りようと、バックから使い終わった魔導石を一個ずつ魔導器に嵌め、最後の一滴の魔力を絞りだそうと頑張る。
「もっと持っとけばよかった、あ、これまだちょっと残ってる。」
この最後の力でシーラはスピードを上げ、土虫を無視して突き進んだ、そしてやっと光が見えた。
やっと逃げ切ったと光に向かうとその先に一人の男の姿が見えた。
「ウォルト!」
シーラの声に反応して、ウォルトは振り向き、シーラを見た。
その目どこまでも冷たく、すこし前のウォルトの目とは完全に別物だった。
振り向いたウォルトはなにを喋ってるように口が動いた、が、シーラにはもう聞こえなかった。
なぜから、その瞬間、洞窟の天井が崩れ落ち、シーラを生き埋めにしたからだ。
「あーあ、ここまで来れるとは、やっぱ下等生物はしぶといね~。」
ウォルトは生き埋めになったシーラのところに近づき、唯一瓦礫の外にあるシーラの一部である手を踏みつけた。
「でも、さすがにこれは死んだか、いや、なんでもない、ちょっと虫を潰しただけだ。」
通話をしているのか、ウォルトは続けて喋った。
「で、首尾どうだった?デカブツが死んだ?そんなの聞いてねえよ、実験体のことを聞いてんだ、失敗した?クソ、まあいい、176番はあのバカ女の担当だ、113番は?ちゃんと制御出来てんのか?ふん、ならいい...」
通話を続けながら、ウォルトは遠のいた。
十分後。
崩れた瓦礫のなかから一糸の黒い煙のようなものが浮き上がり、空中をしばらく徘徊したら物凄いスピードで西へと向かった。
「レイラさん!」
田中が洞窟から這い上がった時、レイラはすでに洞窟の外で待っていた。
すでにボロボロの彼はまるで女神を見つけたように駆け寄った。
「中が、中が...」
急いで中の状況を報告しようとした田中にレイラが返した答えは重い腹蹴りだった。
「近づくな、ゴミが。」
「な、なんで...」
あんまりにも重い蹴りで田中が即座に倒れた。
「そりゃお前が使えねえからだよ、わざわざ召喚してやったのに、特殊能力の一つも発見されないただのクズデブとは、これ以上俺様のレイラに嫌なことさせられねえって思ったわけよ。」
「だ、だれだ。」
ここにきて田中はやっと気づいた、待っているのはレイラだけじゃなく、彼女の隣でもう一人いたと。
「もう覚えてないのか、召喚してやったのに、薄情だな。」
「もういいよ、ダーリン、こんなゴミクズはほっとこう。」
男はレイラの腰に手を回し、レイラの頬にキスをした。
「そうだね、車で一発かまして帰ろうか、がはは。」
「もう、ダーリンったら。」
あんまりの怒りともともとの怪我でできた視界の靄を見抜こうと田中は必死に目を凝らし、レイラを見つめた。
「全部噓だったのか。」
「うそに決まってんでしょ、わたしみたいな美人があんたみたいなゴミにいい顔するとでも思ってたんのか?」
「うそ、うそ...うそ、うそ、うそ、うそ、うそ、うそ、うそ...」
まるでなにかの糸が切れたように、田中の頭の中が真っ白になり、体がまるで燃えるように熱く感じた。
「おいおい、遂に狂ったのか、はい、残念、狂っても意味ないぜ、召喚した時、あんたの魂に魔術をかけたから。」
ぱちっと男が指を鳴らした。
次の瞬間、名状しがたい痛みが田中を襲った、殴られた時も、ナイフで切られた時も、魔獣で嚙まれた時すらも感じたことのない痛み、叫ぶすら許されない、体、脳、魂すべてを震えさせるほどの痛み、熱が田中を襲う。
「これはね、魂からの痛みなんだぜ、痛くても痛くても意識ははっきりしている、なぜなら魂が気を失うことなんてねえからな。」
「もう聞こえないでしょ、そろそろいいじゃない?」
「そうだな。」
男がそう言った次の瞬間、まるで石像のように硬直した田中の体が骨がなくなったように崩れ落ちた。
「これでいいのかしら?壊れたりしませんわよね?」
「さあね、あとはあの女が何とかしてくれるんだろう。」
「あの女とはなんじゃ、わらわというものがありながらなんという...」
「そろそろ手離してくれない?」
「まあ、すこしぐらいよいではありませんか。」
「よくない!さっきの下手くそな演技も、どさくさに紛れてキスしてきたのもまだ追求してないからね。」
「演技が稚拙なのはお互いさまではなくて?おほほ、仕事は済みましたし、わらわは先に失礼しますわ。」
そう言って、女は腰から手を引き、消えていた。
「はあ、ほんとう騒がしいやつだ。」
次話で主人公の方に戻ります