第 52 話
悪臭の漂う洞窟の中、粘液まみれになっている二人が進んでいる。
「なんかごめんね、隊長は仕事が雑だし、あたしも生活魔術の一つもできないしで、初めての荒野なのに、こんな...」
二人のうち、巨人とも呼べるほどの体を持つ男が手で天井を抑えながら口を開いた。
「いいえ、僕も刻印石忘れてましたから。」
そして、その巨人と比べたらかなり一般体型のもう一人が自分の顔に落ちてくる粘液を防ぎながら返事した。
「すこし前まではこんなことにはならなかったけどね、少年はすこし前の魔獣災害のこと知っているかしら?」
なんか語り始めたと思ってたら、レイラさんが車で話してた魔獣災害の話しを聞いてきたので、田中もすこし興味が湧いた。
「すみません、僕まだ狩人になったばかりなので、あんまり詳しくなくて。」
「そうか、そうだもんね。」
そう言ってゴンはなぜか急に黙った。
「ゴン、え、どうかしました?」
「いや、こんなこと少年に言っていいのかなと思って、少年は魔獣災害の原因を知っているかしら?」
「あ、なるほどですか、それなら大丈夫です、知っていますし、気にしませんので。」
それもそう、田中は別に本物の狩人ではないから。
「そうか、一か月ちょっと前ぐらいかしら、このパオラトン州とオエラット州の境のところに一組の新人の狩人が入り込んでたの、彼らはあそこでなにをしていたのかは今じゃ知る由もないけど、ただ、あそこ生息している鉄背銀星獣の怒りを買ったという結果だけは確かだった。」
「鉄背銀星獣って確か...四級?」
この世界の魔獣には強さで一級から四級に分類されている、一級魔獣は一般人でもちゃんと訓練されて武器を持てば勝てるぐらいの強さで、そして、二級は手練れの下級魔術師がようやく勝てるレベル、同じように三級は中級魔術師、四級は上級魔術師じゃないと無理ということになる。
ちなみに人類の奇跡級に相当する魔獣はもう魔獣とは呼ばず、神獣と呼ばれるが、いろいろ事情があって、基本的に神獣が人の領域に入ることはない。
「ええ、そして運悪く、あたしたちはちょうどその新人猟師たちの逃げ道にいた。」
「あっ。」
「ふ、結果は見ての通り、上級の隊長のおかげで何とか鉄背銀星獣を追い払うことができたけど、ほかの人はほとんど死んだ、生き延びた人も重傷を負って、結局あたしと隊長二人しか...」
口調がどんどん暗くなるゴンの語りに田中も言葉を詰まらせた。
ここでご愁傷様なんて言えるほど田中はメンタルが強くないのだ。
「そこからシーラと二人で頑張ってメンバーを集めようとしたけど、腕の立つ猟師をそう簡単に見つけられるわけもなく、結局二人で仕事を再開して、で今回がそのあとの初仕事なの。」
「え?じゃウォルトさんは?」
「うーん、それは...もうここまで言ってしまったから言うけれど、他言無用でお願いね。」
「あ、はい。」
秘密の裏事情みたいなのを聞けると田中も思わず期待してしまう。
「実はこの仕事、ウォルトが持ち込んだものなのよ、仕事はあるけど、一人じゃ難しいと協会で仕事を探しているあたしたちに話しかけてきたのよ。」
「それでチームになったんですか?」
「それは違うわ、最初あたしたちは断ったの、素性の知らない人といきなり荒野に出て、しかもその人が持ち込んだ仕事をするなんて、リスクが高すぎるわ。」
「じゃどうして...」
「この仕事の報酬が異常に高かったからよ。」
そう言って、ゴンは複雑な目で田中を見た。
「うちの隊が全盛期に荒野で数か月こもってやっと稼げるぐらいの額ね、で、さっきも言ったけど、うちの隊のメンバーがほとんど死んだけど、幸か不幸か重傷で生き延びた人もいるんだよね、その治療をするのにすごい金がかかるから、ね。」
「だから坊ちゃまって言ったのか、でも狩人って元々そういう仕事ですし、危険承知でやっているわけですから、シーラが金を出す必要はないのでは...」
「ええ、その通りよ、荒野でなにがあっても自己責任、それが暗黙のルールね、でもシーラちゃんはそういう思考ができるような人じゃないわ、そんなシーラちゃんだからみんなもついていくわけだけれど。」
想像以上に重い話で、もともと最悪な環境ですでにかなり気が滅入っている田中の気さらに重くした。
「ごめんなさいね、ただもし彼女がなにか失礼なことをしてしまったのなら、あたしが代わりに謝るから、許してあげてほしいって言いたいだけ、うん?、少年、なにか聞こえない?」
ゴンが突然顔色が変わり、聞き耳を立てた。
重い話から解放されたとほっとしながら、田中も音を立てないように耳を澄ましたが、何も聞こえなかった。
「え?なにも。」
田中はそう言いながら、首を振ったが、ゴンはなにか聞こえたみたいで、田中の腕を掴んだ。
「戦闘音よ、シーラちゃんたちが近いわ、こっちよ。」
ゴンに腕を引かれながら足早に進み、数分後に洞窟の先に照明魔術の光が見えた。
ここでゴンはスピードを落とした。
「どうかしました?」
「シー、念のためよ、荒野ではどんな時でも慎重でなければいけない。これは先輩からの教え、ちゃんと覚えておくのよ。」
二人はゆっくりと進み光の正体が見えそうになった時。
「誰だ?」
見つかったと田中が内心ビクッとした時、となりのゴンはほっとした。
「シーラちゃん、あたしよ。」
そう言ってゴンは田中の腕を離し率先して前に進んだ。
「だろうね、荒野でこんな不用意に他人の警戒範囲に踏み込むのはあんたぐらいよ。」
「あはは、さすがに言い過ぎわよ、あたし以外にもウー族の人一人ぐらいいるでしょう。」
「ウー族がみんなあんたみたいに不用心だと思うな。あそこで隠れてる小僧も出てきな、とって食ったりはしねえよ。」
呼ばれた田中はビクッとなったが、隠れてても仕方がないのでぎこちない笑顔を浮かべながら姿を見せた。
「バカ面晒しやがって、さっさとこい、作戦会議だ。」
「あのう、シーラちゃん?」
ゴンはすこし恥ずかしそうにシーラを呼び止めた。
「なんだ?」
「そのう、清潔魔術かけてくれない?」
「それぐらい、帰るまで我慢しろ、そんなことに大事な魔力を消費すべきではない。」
シーラは振り返りせずにウォルトのほうに向かった。
よく見たらシーラの体にもかなりの粘液が飛びついている。
「でも、ベトベトだし、これじゃ戦いづらいわよ。」
「こんなこと魔力消費してあんたまで死んじゃったらどうすんだよ!!」
突然のシーラの大声で離れたところで土虫の死体を処理しているウォルトも手を止め、こっちに目を向けた。
「...ごめん。」
「いや、こっちこそごめん、言い過ぎた、でももう同じ事を繰り返したくないんだ。」
「あのう...」
二人が黙り込んでる時、田中が口を開いた。
「刻印石を貸してもらえば清潔はシーラの手を煩わせずに僕がやれますよ、僕の魔力なら浪費してもいいというか、これぐらいの役しか立てないので。」
田中の言葉で、二人は固まった。
「おーい、どうかしましたか?」
まるで空気が凍ったような気まずい沈黙が長く続き、さすがにこっちを傍観のウォルトも待ちわびたのか、こっちに声をかけた。
「ふん、小僧!」
田中がシーラの声に反応してそっちに向くと、一つの刻印石が彼に向かって飛んできたので慌ててキャッチするとまた声が聞こえた。
「さっさと終わらせてこい。」
そう言って、シーラは足早にウォルトのところに向かった。