第 4 話
「うわ、予想はしてたけど、さすがにすごいな。」
浴室もアニメや映画に出てくるような豪華なものだった。
プールとしても使えるような大きさの浴槽に噴水、壁一面を覆う巨大な鏡、ちりばめられた飾りや小物もみんな高級そうなものだった。
そしてなによりこの湯気の中に混ざる魔力、濃度が高すぎて湯気がわずかに輝いてさえ見える。
「これもあの魔導器とやらのおかげなのか、ってか浴室一個のためにどんだけ魔導石注ぎ込んでんのよ。戦争のために取っておかなくていいのか?」
まあ、わたしが言うべきことじゃないか。
「さて、シャワーは、うーん、どこだ?」
湯に浸かるまえにシャワーを浴びようと思い、浴室を見回しても水が出そうな場所はなかった。
「ここか?」
浴室の奥のいくつもある扉を一つずつ開けていく。
「トイレか?ここは。」
地球のものとは微妙に違うが便器と思われるものがあった。
「うーん、どうでもいいか。」
そしていくつか用途不明な部屋を開けた後、シャワールームぽい部屋へと辿り着いた。
だけど、この部屋にもシャワーらしきものはない、じゃなんでここがシャワールームだと判断したかというと、壁に文字付きの絵が描かれているからだ。顔、体、髪洗浄ってな。
「ボタン?ではないか。」
押せるような感じではなかった、が、ふとさっきの魔導器のことを思い出し、同じ要領で起動してみる。
「やっぱり。」
予想通り壁の裏には術式が埋め込まれていた。
起動して数秒後。
「うわあ、なにこれ。ちょ、ちょっと!」
なんと両面の壁から透明な液体が湧き出し、そのまま体に飛びついてきた。
「なんかヌルヌルしてるけど、大丈夫かこれ。」
間もなくして体は完全に液体に覆われ、そして体を這いずり回るように液体が動き出した。
「わあ、これ、うあわ、しゅごい。きもちいいかもお~。」
数分後。
私はシャワールームの壁にもたれかかって座り込んだ。
「は、は、は、まい、りま、した。現代魔術、お、恐るべし。」
...
「ふぅー、最高だわ。」
そのあと、顔と髪も洗浄し、体を「スッキリ」して、私はシャワールームを出た。
「そういえば、まだ鏡見てなかったわ。」
湯気に覆われた鏡の前に立ち、すこし考え込む。
「うーん、ええと、こうだったかな。風」
その瞬間、浴室の中心に流れるように四面から風が発生した。
たちまち、浴室に漂っていた湯気がすべて一点に集められ、そして再び水となり、ぽとんっと浴槽へと落ちていった。
再び鏡に向かうとそこにはとんでもない姿が映されていた。
鏡の中に映っているのは、絶世の美人とさえ呼べる女性だった、絵画や彫刻に出てくるような顔だち、凛とした表情を取れば正に聖女そのものだが、もし桜色の唇をうすらと開き、魅惑的な表情を取れば、その妖しく光る紫の瞳と浴室の湯気で散らばった黒髪で演出された気だるさで、一瞬人を誘惑するサキュバスへと変身する。魅惑さと高潔さを兼ね備えた堕天使とでも言うべきだろうか。さらに首のしたには聳え立つ二つの山にすこし筋肉の筋が見える引き締まった腰、加えてすらっとした長い足。
はあ、地球のインターネットで散々加工しまくった女の写真をぎょうさん見て来た身としても、ここまでの美人は見たことない、しかもリアルですっぴんとかもはや意味不明なレベルだ。
もし地球にいたころの自分がこんな容姿だったら、人生ベリーイージーモードだろうな。
「いや、わたしにこんな体はもったいな過ぎるだろう。どうせならわたしの彼女になってくれる人にあげたい。うぅ、そんな人いないか...」
なんとか鏡の前で一時間ぐらいポージングする衝動を抑え、湯に浸かる。
「しみるぅー。」
肩まで湯につかり、目をつぶって湯を堪能しながら記憶の整理をする。
数分後。
「うーん、やっぱり記憶が増えただけじゃない、地球での記憶も大分欠落してる。子供のころの記憶がほとんど無くなってるし、大人になったあとの記憶も人間交際の記憶が大分、いや、もともと友達などいないからか、どうだったかすらはっきりしないわ。」
目を開け、雫の滴る白玉のような自分の手を見つめる。
「それより大変なのが自分の名前が思い出せないことだ、自分、いや、家族の顔も名前も思い出せない。」
手を額に当て、大きく深呼吸する、大きな環境変化、他人の記憶の侵入、おまけに記憶の欠落、下手したら自我の崩壊に繋がる。
「しかもよりによって聖女の方の記憶が子供のころの記憶ときた。最悪だ。」
そう、聖女カルシア・ナッソスから受け継いだ記憶は彼女が子供のころラフィラスで過ごした16歳ぐらいまでの記憶だ、まだ成長し切れていない聖女の記憶と成長し切ったあとの地球での記憶がごちゃ混ぜになって、思い出せば思い出すほど自分がわからなくなる。
まるでこの世界でラフィラス公国という国で生まれたカルシアという少女が16歳の時突然地球に飛ばされてオタクで女好きの喪女として転生し、30歳まですごした後また逆戻り転生したような感覚だ。
ダメだ、記憶を半分以上なくした以上、完全にもとの自分を維持するのは無理がある。
これがあの空間から助かった代償なのか?
もうクヨクヨ考えても仕方がない、とりあえず名前、新しい名前を決めておかないといけない、地球での実の名前は思い出せないが、一つだけ思い出せる名前はある。
それはエレスというゲームでよく使ってた名前だ、その裏にあった喪女とは大分イメージが違う名前だけど今は唯一過去の自分と繋げることができる名前だ。
それに今のこの姿ならよく似合う名前でもある。
いや、これでいいのか?ちくしょう、わからない、今のこの性格、思考パターンですら自分のものなのかもわからない、だが、これ以上自我について考えるべきではないと思った、考えれば考えるほど精神が不安定になるだけだ。とりあえず今は外部に思考を向けて、新しい人生を謳歌しよう。ああ、そうしよう、自我が不安定ならこれからの記憶で塗り固めて行くしか方法はない。
「えい、もう出るわ、あつっ」
長風呂しすぎたわ、肌あっか。
ぱん。
浴室のドアを力強くあけ、堂々とおっぴろげて浴室から出る。
「はあ、スッキリした、ミューゼちゃんいい風呂だったよ、ちょっぴり水温が高すぎたけど。」
「せ、聖女さまー。」
おどおどした声を出しながら、慌ててタオルを取り出すミューゼ。
「ハハ、なにを恥ずかしがってる、女の子同士じゃないか。」
「そ、そんな、私なんかが聖女さまの御体を見ては罰が当たっちゃいます。どうかお許しください。」
「なにを言っているんだ君、さっきもうすでに見ただろう。しかもガン見してたし。」
「そ、それは、も、申し訳ございません。」
「いや、気にしなくていいって。ほれ、服を着させてくれる?」
「え、あ、は、はい。」
慌てて目を逸らしながらタオルで私の体を拭き、ミューゼはかごから服を取り出し一つ一つ着させてくれた。
「ミューゼ、こっちが言うのもなんだけど、おどおどしすぎだよ。」
「も、申し訳ございません。」
「ミューゼ、ババアから人生経験を一つ教えてあげよう、老人はね、ズケズケいう若い子のほうが好きなんよ、だからもっと気楽にな。」
「聖女さまはバ、...なんかではありません...と思います。」
「ハハ、私神息暦984年生まれだから、今は確か二千...」
「2012年です。」
「つまり1028歳のスーパーババアだ、この世界で私が一番ババアを名乗る資格がある人間と言っても過言ではないだろう。」
まあ、実際生きた年齢でも記憶にあった部分だけで40半ばは確実に超えてるからな。
「そ、それは、え、えっと、あのう、都市同盟のテラーの都市長が千年以上生きたという噂があるので、あのう、その、一番ではないの、ですぅ」
「いや、フォローになってないよそれ、まあ、いい、部屋に戻ろう。」
服を着終わり、わたしは慌てるミューゼの肩を抱き寄せて更衣室の外へと向かった。
「えっ、あ、せ、聖女さま、これは、ええええ?」