第 47 話
「いきますよ、隊長さん。」
「おう、ばっちこい。」
訓練場でぶつかり合うナディと親衛隊長を観戦室から見下ろしながら、わたしはティータイムを楽しんでいる。
「聖女さまはナディさまに剣術を教えないんですか?」
剣術ってなーに?って思わず突っ込んでしまいたい、地球ではもちろん、カルシアの記憶のなかでも剣術のけの字もありはしない?
「残念ながら、わたしは魔術師であって、剣士ではない。剣士に合う魔術は教えられるが、剣術自体は人に教えられるほどの技量は持ち合わせていないんだよ。」
「でも白銀騎士のお姿で敵を剣にねじ伏せましたと本などではよく見かけますが...」
リリアの疑問も当然である、正直自分もなぜあの指輪がそのような設計になっているのかがわからない、どう考えても後衛職の聖女をフルアーマーにするとか、命神の悪趣味としか説明のしようがないだろう。
「あれは剣で戦っているわけではない、剣を魔術媒介代わりにしているようなもんだ、あれを剣術と呼んでは本職の人たちへの侮辱になってしまうわ。」
訓練場の二人の決着もそろそろつきそうなのをみて、持っているコップをテーブルに置き、膝に置いてた《魔導工学と現代術式概論》を開き、しばらく読みふけると、ドアからノックの音がした。
「聖女さま、ミューゼです。」
「入れ。」
入ってきたミューゼは珍しく足早に近づいてきた。
「聖女さま、リックさまとローゼシアさまのご訪問です。」
誰?と記憶を掘り起こそうとしたら、顔に出ているのか、ミューゼから答えを開示した。
「ジル王子の弟君と妹君です」
王子と姫?何の用だ?と疑問に思いつつもミューゼに許可を出す。
しばらくすると、少年少女二人を連れてミューゼは戻ってきた。
「聖女さま、お会いできて光栄です。」
なぜか挨拶してきたのは少年のほうだけだったが、気にするほどのものでもないのでそのまま二人を椅子に座らせた。
「二人はなにか食べたいものとかある?」
「いいえ、自分たちは...」
「ポルブスタとフィーノー。」
遠慮する兄をよそに妹はお構いなしに注文した。
「ローゼ?!申し訳ございません、妹が...」
「ふふ、年上の好意には彼女みたいに素直に受け取るべきだよ、リリア。」
「はい、すぐ用意します。」
リリアが出て行った瞬間、部屋が静寂に包まれた。
「今日どんな用件でここに?」
「いいえ、そういうわけではなく...そのう...」
わざわざ知らない人のところに訪ねてくるぐらいだから、きっとなにかあると思ったが、違ったみたいだ。
「もしかして、ただ挨拶しに来ただけとか?」
「あ、ぅん。」
黙り込まないでくれよ、どうしよう、はあ、もてなそうとしたのは間違いだったかも、さっさと挨拶済まして帰らすべきだった。
自分の愚かさに悔みつつ目の前の二人を見ると、男は俯いてまるで自分の手に何があるかのように自分の手を見つめている、女のほうは、無表情に魔導器をいじっている。
こりゃあダメだと悟り、助けを呼ぶと決心する。
さっそくとなりの伝声魔導器に手を伸ばす。
「ナディ、そろそろ休憩の時間だ、隊長も一緒にどう?」
わたしの声を聞いて、すでに模擬戦を終わっていて、反省会を開いている二人は同時に手を止めた。
「いいえ、お邪魔になるので遠慮させていただきます。」
テーブルの向こうの二人を一瞥し、続けて誘う。
「王子と姫も来てるよ、挨拶していったらどうかね?」
二人がくるのが意外だったのか、通話の向こうがしばらく沈黙した。
「わかりました、では邪魔させていただきます。」
「どうやらわたしの誘いよりお二人の存在のほうが大事みたいね。」
伝声器を下ろし、これを話題に二人に話しかける。
「そ、そんなことありませんよ、お邪魔にならないように配慮されただけです、ね、ローゼ。」
「え?うん?どうかしら?」
「ローゼ?!申し訳ありません、そのう、ローゼが...」
反抗期ってやつかね、でもそんないやなのになんで来たんだ?
「気にすることはない、もっと楽にしていいよ。」
「ありがとうございます!ほら、ローゼも。」
「ふん!ペロパパまだ?」
たしかに遅いね、リリア。
と思ったときドアがガチャと開かれた。
「師匠!たっだいま!」
「聖女さまにリックさま、ローゼシアさま、お邪魔させていただきます。」
ドアを開けるやいなやわたしに飛びつくナディと違って、ルカス隊長はしっかりその場で挨拶をした。
「ちょ、ナディ~、汗まみれでくっつかないでくれたまえ。」
そう言ってわたしは魔術を使い、ナディの体の汗を掃除した、もちろんついでに自分に移ったのも。
「すっきりしたぁ、ありがとう、師匠。」
「すっきりしたなら離れてくれ、王子たちに見られてるぞ。」
わたしの胸に埋まってたナディの顔が動いてリックたちをちらっと見て、すぐ立ち上がって身だしなみを整いはじめた。
「失礼しました、ししょ、聖女さまの弟子のナディアーナです、よろしくお願いします。」
一瞬ぼうーとしたようだが、リックはすぐ気がついて返事をした。
「いいえ、お気になさらず、でも弟子っていうのは?」
「この間下町に行ってね、そこそこ魔術の才能もあったから、ちょっとした気まぐれで取った。」
ここをナディに答えさせるとなんかいらんこと喋りそうだから、彼女がしゃべり出す前に答えた。
「そういうことですか、ナディアーナさんは本当に運のよい方ですね。」
「はい、師匠に会えて幸せです。」
運がよくて幸せ、か、今は確かにそうかもしれないな。
「どころで、さっきのルカス隊長との訓練見ましたが、ナディアーナさんは剣士なんですか?」
「ううん、元々は格闘家なんですよ、でも師匠に拳一本じゃ限界があると言われて剣の修行を始めたんです。」
「格闘ですか、魔術の才能があるのに珍しいですね。」
この世界での戦闘のスタイルは基本的に才能によって決まる、なぜなら、近接戦闘に使う魔術は基本自身や持っている武器に作用するものがメインであるため、消耗が少なく。逆に遠距離用の魔術は消耗が激しいだけではなく、戦闘スタイル的に回避や受け流しなどが難しいので防御に割ける魔力と精神力がぐっと上がるので、才能の乏しい人が無理して遠距離使うとあっという間に弾切れになってしまう。
もちろん才能のある人は別に近接を選んでも支障はないが、戦闘時の危険性や間合の有利性などを考えるとどうしても近接を選ぶ人は少なくなる。
「あたしは昔からずっと拳一本で戦ってましたから、いきなり変えられませんし、あと師匠の白騎士姿がすごくかっこよかったから...」
「なるほど、たしかに白騎士はかっこいいですが、僕は聖女姿の方が美しいとお思います。」
「白騎士の方が美しいしかっこいいんです!」
「いや、僕は黒聖女のほうが」
「白騎士!」
「黒聖女!」
なんなんだ、このくだらん争いは、ってかナディはともかく、王子までこんな小学生レベルな争いするなよ、しかも本人の目の前だし。
「二人とももうそこら辺...」
「うるさいっ。」
え?と自分の耳を疑いながら振り返えるとローゼシアがすごく不機嫌な顔で口を開いた。
「みんな頭おかしいんじゃないですの?」