第 42 話
「以上、国王陛下のありがたい言葉でした!では、続いてお待ちかねの聖女さまのご登場です!国の危機から守るために我ら王国の守護神が再び地上に舞い戻ってくださったのです!では、長い話は無用、早速お願い致します!」
先程国王を通した扉の横のメイドがいつの間にかリリアとミューゼに変わった。
二人は軽く目を合わせて互いの準備を確認し、一斉に両側から扉を開いた。
目の前の扉がパターンと開かれ、わたしは目を細めてホールの眩しい光に対抗しながら前へと歩き出す。
着慣れないドレスに苦しめられながら転ばないように慎重に歩くと、リリアとミューゼが両側からさり気なく補助してきてくれた。
ありがとうと言いたいどころだが、もっともこのドレスを選んだのがリリアだ。
この真っ白なドレスに正直わたしは白い肌に白い服はアンバランスなのであんまり好きじゃなかったが、リリアは聖女の聖潔な感じが大事だと押し付けてきた。
二人の手を借りて演説台に上がった瞬間、無数の視線が自分に集まってきたのを感じて体が思わずこわばった。
この場にいる人、画面越しで見てた人全員がわたしの言葉を待っている、めっちゃくっちゃ緊張するものの、かつて感じたことのない高揚感も同時に覚えてしまう。
今この瞬間なら古今東西のあらゆる人が権力と名声を追い求めた理由がわかった気がする。この自分が神だとさえ錯覚してしまうような全能感、中毒になってもおかしくはない、いや、中毒にならないほうがおかしいかもしれない。
「わたしはカルシア・ナッソス、君たちが黒聖女と呼んでいる人だ。先程国王が言ったように今この国が瀕している危機に対処するためにきた。長々と演説するのは性に合わないので、一言だけ、この国の土地は君たちの土地、この国での暮らしは君たちの生活、そして今君たちのそばにいるのは君たちの家族友人だ、わたしのではない、そしてそのすべてがどうなるかは君たちの行動次第であることを、ゆめゆめ忘れるな。」
沈黙。
わたしの言葉が予想と全く違うものだったからか、会場は拍手の音どころか、議論の声さえなかった。
だがこの状況はすでに予想済みなので、わたしはまったく気にせずにそのまま振り返ってリリアたちの手を借りて演説台を降りた。
わたしの動きで気がついたのか、ぼうっとしてた貴族たちが一斉に拍手を始める。
だからといってわたしが振り返るわけもなく、そのまま来た扉から休憩室に戻った。
「おい、フィオーレ、今聖女さまがなにを言ってたの聞いてたか?」
「え、あ、なんていったっけ、聖女さまに見惚れてて、全然聞いてなかったわ...」
「はあ?なんであんたまで見惚れてんだよ?あんた女だろう。」
「聖女さまの美しさに男も女もありませんわ、オルト、あなた、聖女さまをバカにするつもり?不敬、不敬ですわ。」
「いや、別にそんなつもりは...ええと、そうだ、聖女さまはあとで宴会でも顔を出すんだよね?」
「ええ、特別放送が終わりましたら宴会に参加するらしいですわ、でもたぶん数人しか謁見できないから、遠目から拝むしかできませんかと...」
「ああ、そうだな、それこそ一等貴族しか...あ、フィオーレ、ちょっと耳貸して。」
「え、なにかしら?」
と言いつつ、フィオーレは夫のオルトに耳を近づけた。
「いいこと思いついたんだよ、かくかくじかじか、どう?」
「うーん、ちょっと危険すぎではありませんこと?もし聖女さまがお怒りになったら...」
「大丈夫、大丈夫、聖女さまは寛大なこころの持ち主だと聞くし、あんたは近くで聖女さまとお話ししたくないのか?」
「それはしたい...うーん、わかりましたわ、あの子を呼んできます。」
「そうこなっちゃ、早く行って、待ってるから。」
「ええ、じゃここは任せましたわ。」
「ああ。」
去っていく妻の後ろ姿を見てオルトは思わず口角が上がる。
「聖女さま...」
「リリア!着替えさせてくれ、この服、動きにくすぎるわ。」
「でも...」
「あとで宴会参加するんだろ?踊ったりするかもしれないし、動きにくいのは困るんだろう。」
「え、聖女さま踊るんですか?」
隣のミューゼが急に声を荒げて割って入ってきた。
「宴会だし、踊る必要があるんじゃないのか?」
あれ?この世界でも社交ダンスの風習があった気がするんだけど、記憶違いだったのかな?
「聖女さまが踊る必要なんてありません、聖女のお体に触れるなんて誰が許すとお思いですか。」
「え?君たちは普通に触ってるんじゃ...」
「わたくしたちは女で、専属メイドの仕事ですから許されるんです。他の人、ましてや男性に触れられるなんて...」
えーー?そこまで?でもミューゼのことだからちょっと私情が入ったりして...
「リリア、本当にそうなのか?」
「少々大袈裟ですが、聖女さまのお体が殿方に触れられるのは...少なくとも公の場では控えるべきだと思います、実際こちらの予定表にダンスの予定は入っていません。」
まじか、まあ、男と踊りたいわけでもないからいいけど、うん?公の場?リリアもしかしてわたしが男と馴れ合いたいと勘違いしてる?
「別に男なんて触りたくもないからいいけど、じゃ宴会で何するんだ?」
「王族や一部の貴族と面会して挨拶を交わす程度のものだと伺っております。」
「そっか、わかったわ。で?いつ始まるんだ?」
「特別放送が終わって、あとは陛下のご挨拶と前座のショーがありますので、おおよそ一時間弱の余裕があります。それまでにお食事を済ましてはいかがですか?」
「宴会で食べるじゃないのか?」
「お客さんたちはそうですが、聖女さまの場合はそんな余裕がないと思います、それに人前で食事をなさると聖女さまのイメージが...」
なにそのアイドルより十倍厳しいコンプライアンスは?
そのうちうんこしちゃいけないとか言い出しそう、いや、待て、確かそんな魔術あったような気がしなくもない、あとで探してみるか。
あ、別にわたしがアイドルオタクとかじゃないよ、ただ、旅で便利そうだなと思っただけ、うん。
「まあ、いいわ、なら食事の用意を頼むよ。」
「はい、すでに準備はさせておりますので、こちらへどうぞ。」
「あのう、聖女さま!」
「どうした?ミューゼ。」
「先ほど演説の言葉...ううん、髪型が少々乱れております。」
「そうか?」
思わず手をあげ、髪を触ろうとしたがすぐにミューゼに手を掴まれた。
「わたくしが整いますので、動かないでください。」
そう言ってわたしの手を下に下ろすミューゼ。
一心不乱に髪の整理を終わらし、ミューゼは手を自分の胸の前に抱き、いつになく真っ直ぐな目で見上げてきた。
「聖女さま、ミューゼはいつでも聖女さまの味方です、なのでもう捨てないでください、今度はずっとそばにいさせてください。」
もう?今度?
「いきなりどうした?安心して、捨てないから。」
訳も分からず、わたしはただ適当な慰めの言葉を彼女にかけた、この心にもない言葉が未来どんな結果を招くのかも知らずに。