第 41 話
王宮 宴会ホール
「オリストさま、お久しぶりです、わざわざハマーからいらしたんですね。」
「それはもちろん、聖女さまが復活されたと聞いたらね、間に合うなら地方貴族の人が全員参加してもおかしくはない、ほら、あそこ、私だけではない、王都付近の街の執政官全員来てるぞ。」
「ええ、たしかに、こんなに人が集まるの、ジル王子の成人式以来ですかね。」
「もっと早く通達してればさらに倍以上の人が来るだろう、実際王都に住居を構えてる地方貴族は全員代表をよこしている。まあ、それだけこのラスタリア王国にとって聖女さまの存在が大きいってことだ。下町とかもう今頃大騒ぎだろう。」
「下町?」
「ああ、君は中央にいるから見ていないか、ここに来る時、下町を通ったでね、それは凄まじい熱気だったよ。今夜の魔導放送の視聴率はとんでもないことになるだろうね。」
「なるほど、しかし陛下も思い切ったことしますね、聖女さまのお姿を全国放送するなんて。」
「噂によれば、聖女さま自身のお考えらしいよ、戦争に怯えている民を安心させたいだとか。」
「ほんとうですか、さすが聖女さまですね。」
「はあ?全国放送?そんなの聞いてないんだけど、グレンを呼べ、グレンを。」
「あのう、聖女さま?」
「なんだ、リリア。」
「実はこうなると予想されてて、グレンさまから伝言をお預かりしてます。聖女さまがお怒りになったら、伝えてくださいと。」
「あいつ、嫌な役をリリアに押し付けてやがったのか、とんだチキン野郎だ。リリアも怒っていいと思うぞ。」
「そんな、わたくしは...」
「まあ、いい、言ってみてくれ、その伝言とやら。」
「はい、地下街で聖女さまのお言葉を聞いてわたくしも陛下も聖女さまの民を慮る心に大変感銘を受けました。そのありがたき言葉を国民のみんなにもお知らせできればとこのたび全国放送の準備をさせていただきました。どうか国民たちに勇気と希望を与えてくださいませ。とのことです。」
クソ、あいつはめやがったな、たしかにそんなことは言った、言ったけどもー。
どうしょう、全国放送って何言えばいいんだ、っていうか、全国放送なんてしたら、脱走の難易度がぐっと上がるんだが。
「二人ともちょっと外で待っててくれない?」
「「はい。」」
一瞬で顔を見合わせて迷ったものの、二人は大人しく部屋から出ていった。
二人を見送って静かに防音結界を貼る。
「あああああああああああ、クソクソクソクソクソクソくっそおおおおぉおお。」
心に溜まった怒りをすべてベッドにぶつかり、喚き散らした。
一分後。
「はあ、はあ、は、ふうー、スッキリした。」
全国放送への怒りだけでなく、この世界に来てから溜まってた不満やストレスも全部吐き出した。
「ふぅ、これが賢者モードってやつか。」
そういえばこの世界に来てからずっと張り詰めてたから、自分を慰めてなかったな、今...いや、脱出後のご褒美としてとっとこう、我慢に我慢を重ねたあとの体と心のダブル解放だ。
よし、脱出の動力源がもう一つ増えたどころで、改めて今の状況を整理してみよう。
「全国放送と言っても、さすがに宴会の全部を放送するわけがないだろう、つまり、わたしが出て演説して、国王も出て演説して終わりという可能性が高い。」
問題はその演説、わたしはこの世界に対して認識が浅いので、あんまり長々と垂らすとどこかでボロ出てしまう可能性がある、つまりできるだけ短いほうがいいか、うん。
「まあ、無難なやつでいいだろう、あんまり目立ちしすぎるとあとで支障が出る。」
それより一番の問題、放送による顔ばれだ、この国の中なら変わらないが、他の国は違う、この国のように黒聖女の映像がネットにばらまかれたり、街に彫像おいてたりしないからな。
たとえカルシアが世界に影響を与えた人物だとしてもあくまでも千年前の歴史人物だ、街であった時すぐ連想できる人はほとんどいないだろう。
だが、今回の放送でそうも行かなくなる、千年前の黒聖女の復活ってだけでもビックニュースだ、加えてこの体のこのビジュアル、国境と魔導ネットサーバーを越えて世界的にバズるに決まっている。
そうなればずっと顔を隠して生きていかねばならなくなって、生活に支障出まくりだ、なによりせっかく手に入れたこの顔を女の子の口説きに使えないのはもったいなさすぎる。
「はあ、前途多難だな。」
家でギャルゲー三昧な日々が恋しいぜ、なんーて。
「ああ、くよくよしても仕方がない、とりあえずいこうか。」
さっきのストレス発散で乱れたドレスを整えて部屋を出たらメイドの二人がそこで待っていた。
「「聖女さま。」」
「行こう。」
宴会ホール
「みんなさん!」
この二階からの呼びかけが会場に響き渡ると共に、会場の雰囲気が一変した。
ついさっきまで歓談をしていた貴族たちは一斉に閉口し二階の奥の扉に注目した、寛いでた王国放送局のスタッフも神経を研ぎ澄まし、放送開始に向けて最後の機材チェックを行い始めた。
司会を勤めてる男性もこの場の貴人たちに注目されてご満悦なのか、とてもいい笑顔で放送局のスタッフと扉の前で待機しているメイドにサインを送った。
そして、両方から準備完了のサインを返されたあと、彼は大きな声で宣言した。
「ラスタリア王国の国民のみんなさん、お待たせいたしました!これよりラスタリア王家特別放送を開始いたします!では、まず国王陛下からの発言をお願い致します。」
ガチャっと司会の後ろにある扉が開き、中から近衛隊服着た若い男二人と盛装の中年男性が出てきた。
それを見た司会は一歩下がり、中央の位置を譲った。
「ラスタリア王国の国民たちよ、われはマルセル・ディ・イーノーである。今回この特別放送を行ったのはほかでもない、最近我が国の周辺における国際情勢に対応すべく、我々王家及び我が国の守護神である漆黒の聖女さまが決定した今後の方針について国民のみんなに伝えるためである。まず、オークア王国およびフィリア共和国との国境について...」
「ほとんど君たちが勝手に決めたことなのにわたしの名前を使うのはいささか不適切だと思わないのかね、グレンくんよ。」
持っているカップをリリアに渡し、椅子の背もたれに寄りかかって魔導ビジョンのなかで長々と政策を説いているおじさんを見ながら、右前方に立っている青年に文句をぶつけた。
「それは大変申し訳ございません、ただ聖女さまのお名前を出さなければこれだけの施策を一気に押しのけるのは難しいので心苦しいと思いながらも聖女さまならきっと民のために協力を惜しまないでしょうと名を借りた次第です、どうかお許しを。」
仕草や言葉は丁寧なのに、全然心苦しくも申し訳無さそうにも見えないなんだよね、こいつ。
ほんと、いやなやつだわ。
「まあ、いい、利用されんのは慣れてるからな。」
「そ、そうですか。」
グレンはほっとしたように頭をあげた。
「だーが!」
「はい、なんでしょう?」
「これ以上知らずに利用されるのはごめんだ、わたしに隠してることはもうないのかね?」
「も、もうないです、今のところは...たぶん...」
「今のところ?たぶん?」
「それは、わたくしも陛下の計画をすべて知っているわけではございませんので...」
「ふーん、これ以上君に聞いても仕方がないと?」
「それは、なんと言いますか、はい、その通りです。」
「あっそ。ならもうお前に用はない、下がってろ」




