第 40 話
「はい!」
わたしの言葉を聞いて、ナディは四つん這いからあぐら座りに体勢を変え、両手を膝に置き、真剣な顔つきでこっちを見上げてきた。
そこの椅子に座ってほしいだが、それにこの座り方、女の子としてどうなんだ?
本当、こんな足出しちゃって、さすがサバイバーだけあって結構筋肉質だね、でもなんてこんな色白なんだ、やっぱ地下にこもってたからか?
「師匠?」
いかんいかん、いい足が目に入ったら脳が勝手に鑑賞し始めたわ。
「コホン、一応弟子として受け入れるとは言ったが、君が本当にわたしの弟子になる覚悟があるのかを確かめなければならない。」
「覚悟ならいっぱいあります!」
「最後まで聞いてから判断して、君はまだわたしの弟子になることがどんなことを意味するかちゃんとわかってない。」
座る体勢を直し、こっちの本気さを伝えるよう、彼女の目を見つめる。
「君はわたしのこと知っているんだよね。」
「はい。この国で師匠を知らない人いないと思います。」
「ならば知っているはずだ、わたしがどれだけの苦難を体験してきたかを。もし君がわたしの弟子になるとなれば、君もその苦難を経験することになるかもしれない。」
「大丈夫、師匠、いやなことならいっぱい経験しましたから。」
たしかに昔のカルシアよりこの子のほうがいっぱいつらいこと経験してきただろう。
だけど、つらいことを経験してきたからと言ってこれからの苦しみも耐え続けられるとは限らない、むしろ昔の幸せな思い出があったからこそ、つらい今でも頑張れる、希望を信じられるということもある。この子は...
「君が今まで経験してきたことをバカにするつもりはないが、それよりずっと苦しいことやつらいことが待ち受けているかもしれない、君自身だけではなく、君の周りのすべての運命を背負っていく覚悟君にはあるのか?、その重圧に君は耐えられるのか...」
「それはどういう意味?」
「例えば...今この国が戦争の危機に瀕していることは知っているな?」
「はい、地下街でもよく耳にします。」
「もし、君がこの国の軍の指揮を取り、この国のすべての民の命を預かる立場になったら君は逃げ出したり押しつぶされたりしないかな?」
「うーん、わからないけど、軍の指揮は師匠とか将軍とかが取るべきなんじゃ...」
「ほんとうにそう思うのか?わかった、ならそれでいい。」
まあ、そうなるよね、わたしってばこんな子供になにをさせようとしているんだ?
「さて、話すことはこれぐらいだ、君も今日は怪我とかでいろいろ大変だったろう、しばらくは休んでおきなさい。」
この方がよかったかもしれない、これならわたしも...
「ま、待ってください、師匠!」
わたしの退室を催促する手を掴み、膝立ちで近寄ってきた。
「まだなにか?」
「あたしは間違いました。」
「うん?なにが?」
「正直そんな立場になることがどんなことなのか、あたしには想像もつきません、けど、頑張ります、頑張って師匠の期待に応えます!」
「頑張るだけでどうにかなると思うのか?」
「え、ええと、わかりません、けどあたしにできるのは頑張ることしかないと、おもぅ。」
自信がなくなってきたのか、最後の方はあんまり聞き取れなかったが、意思は伝わった。
「はあ、そんないいもんじゃないがね、リリア、ミューゼと一緒に入ってきて。」
魔導器を起動して、部屋の外のリリアを呼びつける。
まもなくして、部屋のドアが開き、リリアとミューゼが入ってきた。
「聖女さま、お呼びでしょうか?」
「うん、リリアはこの子を部屋まで連れてて、あとは採寸でもして、服や装備を見繕ってあげなさい。」
「かしこまりました。」
「あとは、魔導石、そうね、とりあえず百個ぐらい用意しといて。」
「はい。」
「じゃ、二人はもう行っていいよ。」
二人が出ていくのを見送り、ミューゼと二人っきりになった部屋に防音結界など諸々の結界を張る。
「こんなに結界を張られるなんて、もしかしてついにわたくしと秘密な関係になるおつもりですか?うれしいです!」
「秘密な関係になるもなにも、すでに秘密な関係だろう。」
「えええ~、いつそんなことが?もしかしてわたくしが寝ている間に?聖女さまったら寝込み襲わなくても言ってくれればいつでもどこでもわたしは受け入れるのに~、もしかしてそういうシチュエーションがお好きですか?聖女さまもなかなか...」
「こんなことをう言うために残したわけじゃない、それ続けるようならもう帰っていいぞ。」
隙あらば変なこと言うミューゼの口を封じ、わたしは早速用件を持ち出した。
「ナディの件、荊棘のほうはなんと言ってた?」
「え?」
「まさか弟子になることをまだ報告してないとか言わないよね?」
「そのう、弟子になるってさっき決まったばかりでは...」
確かに傍から見たらそうだったが、実際は朝テストすると約束した時点ですでに決まっていた。
ミューゼがこのぐらいことも察せないなんて思えないが...
「まだ誤魔化すのか、正直使いたくないが...」
「ああ~、思い出しましたわ、確かにそんなこと言ってましたわ~。」
白々しい。
「誤魔化せないってわかっているのに、無駄なことを。」
「だって一秒でも長く聖女さまとお話したいだもん。」
「そういうのはいいから、さっさと話してくれ。」
「特になにも言ってませんでしたよ、ナディさんの情報をまとめておくようにとは言われてましたが、それ以外はなにも。」
「本当?」
「本当、本当、わたくし、聖女さまに噓なんてつきませんよ。」
さっきついたばっかやろうがい!
目の前のこの口から出まかせばっかりの女をひっぱたいてやりたいが、我慢して質問を続ける。
「一つ聞くが、もしわたしが聖女という肩書をナディに渡したら、あんたたちはどうするんだ?それでもわたしについてくる感じ?」
わたしの質問を聞いた途端、さっきまで笑顔だったミューゼの顔から一瞬で表情が消え、そのわたしを見つめているようなどこかの別の世界を見つめているような目にわたしはすこし恐怖を感じた。
「なにをおっしゃっているんですか?我々は聖女という肩書に忠誠を誓ったわけではありません、カルシア・ナッソスに誓ったのです。」
「そ、そうか。」
いつもと違う様子のミューゼに気押され、わたしはしばらく言葉に詰まった。
「ええと、じゃ、わたしがナディの命令を聞くようにと命令したらどうする?」
しばらくの沈黙の後、恐る恐る質問をするわたしの言葉にミューゼはいつも通りの笑顔に戻って答えた。
「もちろん従いますよ、ただし、あくまでもカルシアさま優先です。」
「な、なるほど、じゃもう聞くことはないんで、帰っていいぞ。」
「えええ~、そんな~、もうわたくしは用済みの女だって言うのですか?わたくしのアナというアナ、汁という汁を全部しゃぶり尽くしたと言うのですか?」
いつもの変態っぷりを発揮するミューゼにすこしほっとしつつ、口では容赦しない。
「しゃぶってねえよ、さっさと帰れ。」
「せっかく聖女さまと二人っきりでおしゃぶりできるのに、いやです~。」
「だからしゃぶらねえって。」
結界を解除し、文句を言うミューゼの背中を押して力ずく部屋から締め出した。