第 38 話
双蓮宮 寝室
訓練場から戻り、また日々の日課である魔術の勉強に没頭している時。
トン、トン。
「聖女さま、リリアです。」
「ああ、入れ。」
そう言ってたが、わたしは動くこともなく、手元の術式の研究を続けた。
十分後。
「うーあぁ。」
作業を終え、わたしは大きく背伸びをした。
「休憩はもう大丈夫なのか?」
「はい、体力は十分回復できました。」
わたしが作業を終え、声をかけたあと、すかさずに後ろから肩を揉んでくれるリリア。
さすがにメイドの達人というべきか。
「ならよかったわ。」
目をつむり、今度はリリアの力加減が絶妙なマッサージを堪能するが、残念ながらミューゼみたいに後頭部をそのお胸当てる度胸はわたしにはない。
「聖女さま、一つ疑問に思うどころがございますが、お聞きしてもよろしいでしょうか?」
「うん?精神力のことか?」
「はい、さすが聖女さま、すべてお見通しですね、先ほど起きましたら精神力強度すこし上がったことに気づきまして...」
「ほう、今回はなかなか運が良かったね、三人も成功したなんて。というかリリアあそこで頑なに残ろうとしたから、知ってると思ったが、知らないのか?」
「ええと、その、ルカス隊長があそこまで頼み込んでましたから、なにかあるとは思いましたが...」
わたしの質問を聞いて、リリアは一瞬手が止まって、恥ずかしそうに言った。
「へえ、勝手なイメージだけど、リリアはもっと落ち着いた人だと思ったが、案外後先考えないこともするんだね。」
「それは...申し訳ございません。」
「いや、謝ることじゃないよ、精神力の話だったね、まあ、簡単な話だよ、あのテストで強くなっただけ。」
「それはどういう原理なんでしょうか?」
「さあね、昔から諸説あったんだよ、圧縮されて強くなったとか、圧迫に抵抗する強い意思が精神力を強くしたとか、圧迫する相手の精神力を吸収したとかね。」
「そう、ですか。」
「ちゃんとした答え出せなくてごめんね。わたしも昔はこんな細かいこと研究する暇なんてなかったから、でも千年後の今なら研究結果出ているかもしれないので、そこは自分で調べてみて。」
「わたくしこそ変な質問をして申し訳ございません、自分で調べてみます。」
肩にあるリリアの手の甲軽く叩き、それが肩から引いたあと、わたしは立ち上がった。
「そういえばナディちゃんは?まだ寝てる?」
「いいえ、起きてました、今たぶんまだテスト不合格になったことで落ち込んでいます。」
「不合格?なぜそんなことになっている?」
「ええと、最後まで耐え切れなかったことと何も言われずに帰されてしまいましたことでしょうか。」
「ああ、そういえば忘れてたわ、まあ、いいか、彼女を今呼んできてくれる?」
「はい、ただいま。」
リリアがドアに向かい、ドアノブに手をかけたどころ、わたしいいことを思いついた。
「待て、リリア。」
「はい。」
「彼女を呼ぶ時は合格のことを伝えないでできるだけ憐みというかとにかくそういう感じで呼んできてくれ。」
「ふ、聖女さまもいたずらがお好きですね、かしこまりました。」
リリアが退室したあと、わたしはベッドに飛び込んだ。
「ずっとこんなどこに閉じ込められたんだもん、このぐらいのストレス発散はあっても罰が当たらないよね、へへ。」
「師匠おおおおお!追い出さないでください!!なんでもするから!」
リリアを派遣して数分、ナディを連れてきたとノックされ、入室を許可した途端、ドアがバーンと開かれ、涙と鼻水を垂らしたナディが突っ込んできた。
「おい、ちょ、抱きつくな。」
足にしがみつこうとするナディを躱し、触られないように両足をベッドの上にもってきた。
「いやーだ、捨てないでください!うわああ。」
床でゴロゴロ転がるナディを見て思わず苦笑いしてしまう。
「昨日庭にいた時はあんなり嫌がっていたのに、昨日今日で随分な大袈裟だな。」
「だって知らなかったもん!」
わたしの揶揄を聞いて、ナディは寝転がるのをやめ、床で座り直った。
「なにをだ?」
「こんないいところなんて知らなかったんだもん、師匠は怖い人だと思ったけど怖くなかったし、聖女さまだし、リリア姉さんもすごくよくしてくれるし、ミューゼさんは...ええと、ミューゼさんはー、美人、そう、師匠ほどじゃないけど美人、うん、とにかく一日だけだけど、すごく楽しかったから、もっといたいというか...」
お前、ミューゼがこの場にいなくて良かったな。
「ほう、庭の仲間たちは恋しくないのか?十六年も生きてた場所だろう?」
ナディの告白ですこしうれしそうになっているリリアがナディにハンカチを渡し、それを受け取ったナディは涙を吹きながら語り出した。
「あたい、実は庭で結構浮いてたんだよね、へへ。」
すこし気まずそうに頭を搔き、ナディは微妙な笑顔をした。
「師匠は十六年生きてたって言ってたけど、実は十年ぐらいしか庭に住んでないんだ。九歳か十歳のごろかな、人攫いに攫われちゃって、庭に帰ったのは最近というか、数か月前なんだ。」
「まじで?何年も攫われていたってこと?どうやって逃げ帰ってきたの?」
「ううん、何年もは攫われていないよ、攫われていたのはほんの数日だけ、あたいたちを客のところに運ぶ時、荒野で魔獣に襲撃されて、その混乱に乗じて逃げたんだよ。そこからはずっと荒野をさまよって...」
「待て、さっき庭に帰ったのは数か月前って言ってたよね、もしかして子供一人で何年も荒野をさまよっていたの?」
「うん、庭ってああ見ても教育は案外しっかりしていたから、一応攫われる前に文字とか魔術の基礎とかは勉強してたけど、最初は魔導器がなくてすごく大変だった、そこら辺の雑草を毟って食べたり、魔獣に気を付けながら水汲みしたり、でもすぐ運よくなくなってた人の死体が見つかって、魔導器を手に入れて、そこからすこしずつ移動範囲拡大して、荒野でなくなってた人の死体を漁って手に入れた本とか物資とかで魔術の腕も上げて...」
「ナディアーナさんすごいです、子供一人で荒野から帰ってくるなんて聞いたこともありません、破天荒なことですよ。」
「ううん、あたいだけの力で帰って来られたわけじゃない、何年さまよっても帰る道は見つからなくて、荒野じゃ通信も繋がらないし、地図が見つかっても自分の場所がわからないから意味ないし、結局運よく狩人のチームに出会って、その助けで帰ってこれたんだ。」
「それでも十分すごいよ、荒野で何年も生きてたか、どうりで野人みが抜けてないわけだ。」
「それ言わないでよ師匠~、気にしているんだから。」
「聖女さま、もう言ってあげてもよろしいのでは?」
すこしかわいそうに思えてきたのか、リリアが珍しく催促してきた。
「そうだな。」
「え?どういうこと?」
「ナディ、ここに呼んできたのは別に追い出すためではない、君はもうテストに合格し、今日からはわたしの弟子になると知らせるためだ。」
「え?ほ、ほんと?」
「ああ、本当だ。」
「噓じゃない?」
「ふ、噓じゃーないよ。」
真実だと確認した途端、ナディの目から再び涙が零れ落ちた。
「あ、あれ?なんで?ごめん、なんか、止まらなくて...」
ちょっといじりすぎた罪悪感と師匠になった責任感もあるからか、わたしはベッドから降り、リリアに退室するように指示したあと、彼女を抱きしめてあげた。