第 35 話
ナディと近衛兵の試合後、訓練場休憩室。
「驚きましたよ、ナディアーナさん、まさかあんな切り札を持ってるなんて。」
「それほどでも...えへへ。」
左手で頭を掻きながら、ナディは変な照れ笑いをした。
「なにニヤニヤしてんだ、ナディ、手を見せなさい。」
「手?なん、手におかしなところなんてなにもな、ないよ。」
そういいながら、ナディは右手を後ろに隠したまま二歩下がった。
「わたしに隠し通せるとでも思っているのか?早く見せなさい、じゃないと弟子の話はなしだ。」
「ええ~、そんな~、わかりましたよ。」
ナディは顔を歪めながらゆっくりと右手を前動かし、そして左手で右上腕を掴みすこしずつ前に持ってきた。
そこで見えたのは当然ボロボロの右手だっだ、手首は大きく腫れて、手の皮膚は裂け、指もまるで骨がないように垂れている。手首から上の部分は服で隠れて見えないが、動き方からして折れているのは間違いないだろう。
「左手は?」
「左は本当に大丈夫です。」
ナディはとっさに右手を離し、左手を後ろに隠そうとしたが、その前にわたしがその左手を掴み、服の袖を上にめくった。
「スゥー。」
「ふ、痛いだろう、おとなしく見せないからだ。」
ナディの左手はたしかに右手よりはだいぶマシな状態ですが、それでも皮膚が大きく裂け、筋肉の断裂傷の複数あり、無事と言える状況ではなかった。
「聖女さま、これはどういうことですか?こんな傷いつつけられたんですか?」
あの勝ち方見たら、リリアの疑問は当たり前だ。
グローブを捨てた後のナディを一言で言えば暴力の権化そのものだ、凄まじいスピードで相手の懐に入り、右拳の一発で魔導装甲を凹ませ、掴んて制圧しようとしてきた相手を片手で持ち上げては地面に叩きつけ、そのまま跨ってタコ殴りした。
ルカス隊長がすぐ止めに入ったが、魔導装甲はどう見ても修復が難しい状態で、中の兵士も気絶してた。
「リリアはこの子があれほどの力をどうやって出せたと思う?」
精神力でナディの怪我の状況を観察しながらリリアに問いかける。
「確かに、あれほどの力を蛮獣の力だけで出せるとは思えないです、うーん。」
「蛮獣の力、魔力障壁と身体強化、この三つの魔術はある共通点を持っている、それは外側にフィステリ断式使っていることだ、その断式を外したら、それぞれミリオ式のレオ構造、ハイア式ルア構造と...」
「タリオット連式魔術!」
「ええ、その通りだ、本来術式の許容量を超える魔力を連式でつなぐことでほかの術式から供給させ、術式限界を超える魔法威力を出せる技術だが、精神力の要求値が高く、あとは副作用もあるので使う人はあんまりいないがね。」
「ほかの魔法の弱化のことですか?」
ナディをソファーで寝かせ、手術の準備をしながらリリアの質問に答える。
「うん、当然の話だが、魔力を他の術式に移動させれば自分の威力が弱まる、そしてこの連式を使える魔法が基本的同じ系統の魔法だ、本来互いの欠点を補うような魔法を一点集中したら、もちろんいいことなんて起きはしない、今回だと蛮獣の力による身体負荷と反動から身を守る身体強化と魔法障壁の威力を削って、蛮獣の力を増強した結果がこのざまってわけだ」
「さすが師匠、まるで術式見られたみたい。」
「だからまだ師匠じゃないって言ったろう、さあ、治療始めるぞ、痛くてもかゆくても我慢してなさいよ。」
「え?麻酔っ、スー、ああああ!」
「麻酔?自分でやらかしておいて甘っちょろいこと言ってんじゃないよ、どうせわたしがいるから治してもらえばいいとか思ってるんだろう?」
「お、思って、にゃいえすー、ああわあああ!」
「えい、うるさいな、だまらっしゃい!」
「うぅ、ぅうううう。」
ナディの口を封じ、砕けた骨を元の位置に戻しては治癒魔法を掛け、何度も繰り返して小一時間オペを続けてやっと治療を終えた。
「うぅ!はあ、はあ、死ぬかと思った。」
「ならこれで懲りることだな。」
治療を終えたナディはいつもようにそのまま自力で起き、そして驚いた。
「さすが師匠、完全に元通りです。師匠がいれば怪我の心配いらないね。」
「バカ言ってんじゃないよ、このドアホが!」
思い切りゲンコツを食らわせ、叱りつける。
「もっと自分の体を大切にしろ、あんな試合ごときで捨て身戦術なんてばっかじゃないの?」
ほんと、なんてこんな勝手に自滅するようなやつを選んだのやら、昨日の自分を殴りたいわ。
「痛っ、だって師匠の弟子になりたいもん。」
うずくまって頭を手で覆いながらこっちを見上げてくるナディを睨む。
「わたしがこんなバカなことをするやつを弟子にすると思ったのか?ほんとなめられたものね、リリア、ミューゼ、こんなバカは置いておいて撤収するぞ。」
「待ってください!」
歩き出そうとするところ、片足がナディに掴まれ、そのままコアラのように絡みついてきた。
自分と同じぐらい身長の子がまるで幼児のような行動をするといういびつな光景にわたしは思わず手で顔を覆ってしまった。
「なにしてんだ、はやく放しなさい。」
「いやです、弟子にしてください、してくれないと放しません!」
「ふ、うぅふふ。」
なにわろっとんねん、二人ども笑ってないで助けろ。
「笑われてるぞ、恥ずかしくないのか?はやく放しな。」
「あたいは全然恥ずかしくないです、約束してくれるまで絶対に放しません!」
こっちが恥ずかしいだっての!ああ、くそ、こいつ。
「わかった、わかったから、放しなさい。」
「ほんと?」
「ああ、本当だよ。」
「じゃ行きましょう、師匠。」
「待て。」
また抱き着こうとしてくるナディの頭を手のひらで抑える。
「ほら、抱き着こうとすんな、いいか、さっきのテストの愚行は見なかったことにするが、それでテストをクリアしたことにはならない、だからもう一度別のテストをやる。」
駄々こねたら目的を達成できるなんて癖付いたらいかん...あれ?なんかわたし親みたいになってない?
「ええ~」
「えっじゃない、それで結構妥協してやったんだぞ」
「ちぇ、わかったよ~。」
なんかこいつ調子に乗ってないか?はあ、もういいや、なんか怒る気力も残ってない。
「あと、一つ約束してくれ。」
「まだあるの?」
「その連式は今後使うな、封印しろ、いいな。」
「はい、わかりました。」
「たとえ弟子にしたとしても使ったら破門な。」
「えええ?!そんな殺生な。」
殺生じゃねえし、ってか使う気なのかよ。