第 31 話
「これとかどうですか?」
一着の服を自分の前に広げながら、レイラは田中に尋ねた。
「え?こんなオシャレのちょっと着こなせるかちょっと自信がないですが...」
レイラの調整のおかげでことなく検問所を通り、二人はウーゼンルブの内城に入り、今はとあるアパートに来ている。
「そうですか?レイラは田中さま似合うと思いますよ。」
内城に入ってすぐ、レイラはどこか行きたいところがあるのかと田中に聞いたが、もちろん、左も右もわからない彼に目的地などあるはずもなく、そのままないと答えたら、レイラは田中を服屋に連れて来た。
「うーん、田中さまはもしかして今着ているようなデザインの服のほうが好きですか?」
「え?」
まるで心を読まれていたようなレイラの発言に田中は驚いた。
彼が今着ている服は全部農園で用意されいた服で、もともと農園のスタッフが着ていたものなのか、彼のため用意されていたものかはわからないが、大体黒色でシンプルなデザインである。そのデザインがちょうど田中の目立ちたがらない性格にマッチしていたので、彼的にはポイントが高かった。
「やっぱりそうですか、うーん。」
田中は「え?」としか言ってなかったが、レイラはなにかを納得したかのように唸りながら服選びに戻った。
しばらくして、彼女はさっきの服と新しく選んだシンプルなデザインの服を持って戻った。
「これとこれ、両方試着してみてください。」
「両方、ですか?」
田中は躊躇した、オシャレの服を着こなせなくて、レイラの前でダサいどころを見せるのがいやってだけじゃない、レイラがせっかく選んでくれた服をレイラのイメージ通りに着こなせなくてがっがりさせるのは怖かった。
「はい、両方です、ダメ...ですか?」
「いや、ダメ...ではないです。」
田中はレイラのこの顔に勝つ日は来るのだろうか。
「ではお願いします!」
笑顔のレイラに更衣室に押し込まれた田中は二着の服を見て散々迷い、結局は地味な方を先に着ることにした。
更衣室を出る田中を見て、レイラはすぐ近寄って来た。
上下前後ろ一通り見回し、レイラは特に評価することなく、田中を鏡の前に連れた。
「どうですか?」
こっちが聞きたいわと思いながら田中は鏡の中の自分を見た。
「いつも通りですね。」
「なるほど、では次の着替えて来てください。」
それだけ?という疑問を持ちながら田中はまた更衣室に押し込まれ、そして、今服を着こなせるかどうかより、レイラの意図のほうが気になる彼は躊躇することなく、すぐ服を着替えてきた。
今度は見回すことすらなく、直接鏡の前に。
「今度は?」
前の真っ黒で肌の露出もほとんどない服と違い、白いインナーに紺色模様着きのシャツ、下はベージュ色のハーフパンツ。
普段の田中なら絶対着ないような服装だろう、特にハーフパンツなど足を出すような服は絶対着ようとしたりはしない。
が、着てみたらそんなに悪い感じでもなかった。
「すこし落ち着かない感じですが...」
「ですが?」
「思ったよりはマシかもしれません。」
「でしょう~、うふん。」
ドヤ顔で腕を組むレイラの可愛さとその動作によって強調された彼女の上半身が背負う重みに目を奪われる田中だが...
「でも僕なんかがよく思っても...」
「なにを言っているんですか?」
田中の言葉を遮り、レイラは両手で彼の肩を掴んで自分のほうに向かせ、その目をまっすぐに見つめた。
「田中さま、これだけはなにが忘れないでください。田中さまはこの国を救うために来た英雄です、田中さまがいいと言えばそれはこの国の基準となり、我々はそれに追随していくのみ、我々がなにをどう思うなど田中さまは気にする必要はないのです。」
レイラの気迫に押され、一瞬なにも言えなかった田中だが、レイラが手を離し、肩の力が抜けたら、レイラの言葉で高ぶった気持ちも一緒に抜けた。
「僕にそんなことできる自信がありませんよ。」
この言葉が口から出た瞬間、田中は自分のヘタレブリでレイラもユニーのように失望させてしまうと後悔したが、レイラの反応はその予想を裏切った。
「今はそれでもいい構いません、来るべき時までに頑張りましょう、レイラもやれることはやるつもりですから。」
「ありがとう...」
「さて、あとは、これ、これ、これとこれ全部試着してきてください。着替えてる間に選びましたの。」
「こんなに?!」
「さあ、早くしてください。」
ぐたぐたになるまで一着一着全部試着をしてたらもう昼時になり、そのまま二人はアパートのレストランで昼を食べた。
「なんか今日ダサいところばかり見せてしまいましたな、全部奢らせましたし。」
食事中も何回か無知を晒してた、店員は笑うこともなく丁寧に教えてたが、田中自身はかなり恥ずかしく感じた。
「ダサいなんてことはありません、金のことも全然気にしなくていいですよ、経費で落ちますから。」
そう言って、レイラはいたずらっぽくウインクしながら笑った。
「ありがとう、レイラさん。」
「お礼を言われるようなことなんてなにもしていませんよ、それより次行きましょう。」
「待ってください、レイラさん。」
田中は歩き出そうとするレイラを呼び止めた。
「どうしました?」
「レイラさん、自分が孤児院育ちって言ってましたよね、もし、その孤児院がまだ残ってたら、そこに行ってみたいです。」
「え?」
「あっ、あくまでもレイラさんがいやじゃなかったらって話で...」
勢いで言ってみたものの、いざレイラがすこしためらうとこを見せたら田中即縮まった。
「別にいやとかそういうわけではありませんけど、そんな面白いところではありませんよ。」
「面白そうだから行きたいわけではありません、そのう、レイラさんのこともっと知りたいと言いますか。」
「わかりました、かなり遠いので車に戻りましょうか。」
車を一時間ほど走らせたら、先ほどのアパートの近辺のメインストリートとは違い、かなり古そうな建物が立ち並ぶ街道に入った。
窓から街ゆく人たちを観察したら、心なしか違うように感じる。
「そろそろ着きます。」
レイラがそう言って街道を左に曲ると、さらに狭い路地に入り、もうすぐしたら、左側にある大きい建物の前に止まった。
「ここです。」
「思ったより大きいですね。」
孤児院の建物はかなり歴史や芸術的な雰囲気な建物で、魔術で作られた簡素な建物ばかりの街並みの中でかなり異質さを感じた。
「それだけ孤児がいるってことです、さて、降りましょうか。」
「こんな狭い路地に車止めて大丈夫なんですか?」
「車なんて滅多に走りませんし、大丈夫でしょう。」
車から降り、建物に近づくとさらにその歴史感を肌で感じる。
「結構古い建物っぽいですね、うっ、開いてません、チャイムとかありますか?」
押してもびくともしない錆びた金属の柵門から付いた錆びをたたき落としながら、田中は聞いた。
「そんなものはありませんよ。」
あとから車を降りてきたレイラは魔導器を取り出し、次の瞬間レイラは体はわずか光を帯びた。
「すこし離れてください。」
そう言って、レイラは両手で柵扉を掴み、そのまま力技で推し開いた。
同じく両手に付いた錆びをはたいてから、田中に手招きした。
「入りましょう。」
「おっ、おう。」
田中が庭に入ったあと、レイラはまた扉を閉じた。
「この扉直さないんですか?」
「子供たちが簡単に出られないように敢えて放置しているんです、もっともこんなボロいフェンスなんて抜け穴いくらでもありますから、効果はあんまりないですがね。」
「あの子また...レイラ?」
二人が中に入ろうと玄関前の階段を登ろうとした時、建物の中から二十歳ぐらい男性が一人出てきた。
「久しぶりだね、オーフェン。」
「レイラ、やっぱり考え直してくれたのか、あんな仕事なんて...」
男、オーフェンはレイラだと確認した途端近寄りながら早口で喋り始めたが、レイラは静かにそれを制止した。
「残念ながら今日はその仕事で来ている。」
「仕事...この人は?」
まるで田中の存在を気づいたばかりのような反応をするオーフェン。
「同僚だ、今日、わたしたちは孤児院の視察のために来ている。」
「は?なにを今さら、あのはい...いったいどういうつもり?」
「あなたに言うことではない、院長を呼べ。」
途中で田中の顔を見て、なにかを言い淀んだが、かなり怒っていたオーフェンの問いかけをものともせずにレイラは命令した。
「レイ...分かったよ」
オーフェンンはまだなにか反論しようと声を上げたが、レイラの目を見た途端その圧に負けたか、おとなしく引き下がった。
オーフェンが建物の中に戻ったのを見て、レイラは大きくため息を吐いた。
「なんかすみません、勇者さま。」
「いいえ、レイラさんかっこよかったですよ。」
「もう言わないでください。」
手で顔を覆うほど落ち込んでしまうレイラを見て、田中もすこし申し訳なさを覚えた。
「レイラさんもしかしてここの人となにか諍いありました?僕たちあんまり歓迎されてないみたいですし、もう帰りましょうか。」
「気遣いありがとうございます、でも大丈夫です。諍いと言いますか、ただ今の仕事を反対されただけです。」
そう言って、レイラは玄関から離れ、田中も自然とついていき、二人は庭を散歩し始めた。
「勇者さまはこの国にいろんな種族が住んでいることを知っていますか?」
「すこしは、ヤサリア、オンフィア、パライアですよね。」
「ええ、他にもスピーア、ウーとかが散居していますが、主にその三種族であってます。勇者さまは今日街で見た人がどの種族か覚えてますか?」
「うん?それはもちろん、オンフィア、パライア、あっ、そういえばヤサリア人見当たらないような...」
ヤサリア人は灰色の肌と蛇のようなスリット瞳孔を持つというかなり目立つ特徴的な見た目にもかかわらず田中はまったく見た記憶がなかった。
「お気づきでしたか、ヤサリア人がいないのです。オンフィア、パライアほどではないとは言え、全国人口の二十パーセントを占めるヤサリア人を半日歩いて一人も見当たらないのです。」
「ええと、ヤサリア人は別の都市に住んでるとかは...」
さすがの田中でもなんとなく理由は察したが、敢えて口に出すを避けていた。
「この首都ウーゼンルブのヤサリア人口の比例は全国平均を上回っています。見当たらない理由は簡単です、ヤサリア人はみんなこの内城の中心部に住んでいて、外周に出ることはほとんどないからです。」
「もしかしてヤサリア人以外は立ち入り禁止とか...」
「ううん、一応表向きは平等ですから、立ち入り禁止とかではないです。ただ変な目で見られたり、警察に頻繫に検問されたりはします。」
「それは...」
「もちろん、それだけならどうでもよかった、ヤサリア人なんて傲慢で嫌な人ばかりで、勝手に牢獄を作って自分を閉じ込めるなんてむしろありがたいです。問題はヤサリア人がこの国経済、いや、あらゆる分野を握っていることです。」
レイラは数歩先に進み、田中と向き合うように振り返った。
「今の仕事をするのに反対されたって言いましたよね、それは公職だからですよ、ヤサリア人の犬目ってね。」
田中に指差してそう言ったあと、また体の向きを変え、両手を後ろに組んで田中に背を向けてトコトコと歩き出した。
「子供の時よくお腹空かせてたって言ったのを覚えてますか?それはこの国の孤児院にはヤサリア人の孤児がいないからです。ヤサリア人のいるところには予算たんまり、いないところには最低限の予算しか割かないのです。」
「でもヤサリアの人口は二割でしょう、なんでみんな反抗しないのですか、あ、この国確か選挙ありますよね、みんなで投票して大統領をヤサリア以外の人にすれば...」
「なにを言っているですか?勇者さま。」
レイラはすこしあきれたように言った。
「大統領なら勇者さまも会ったことあるでしょう?あれがヤサリア人に見えますか?」
「え?まさか召喚された日の...確かオンフィアだったような...」
「はい、オンフィアですよ、なので大統領がどの種族だろうと変わりはしませんよ、で、なぜ反抗しないかというと、屍術ってご存知ですか?」
「死体を動かす魔術ですよね。」
「死んだ生物の精神力の一部を体の中に閉じ込めることによってその死体を自動人形のように働かせる。いかにも邪悪そうな魔術ですが、この国が強大なる故でもあります。そしてその強大な屍術はヤサリア人専売特許です。」
「専売特許?ヤサリア人以外使っちゃダメって感じ...いや、それじゃ反抗できない理由にはならないか、ヤサリア人しか使えない感じですか?」
「はい、そうらしいです。」
「らしい?」
「ヤサリア人はそう言っていますが、実態は誰もわかりません、なぜならそもそも屍術の知識はヤサリア人しか持っていないし、他種族に教えたりはしませんから。」
「そういうことですか。」
「あともう一つ、実はこの国の生活ってヤサリア人の特権にさえ目を瞑れば案外そんなに不自由な暮らしでもなかったですよね、きつい仕事は屍傀がやってくれるし、税金も低い、もちろん公共サービスはないに等しいので、みんなが自治組織みたいなのを立ち上げてその部分を補っていて、その部分も加えたらそこそこ高いですが、我慢できないほどではない。この国はこういう微妙なバランスの上に成り立っているんです。」
「レイラは相変わらずそういう話好きね。」
「院長!」
田中の後ろから老婦人の声がした。
「そちらは同僚さん?視察でしょう?案外しますわ。」
田中の話早め終わらせたいので今日は少し長めです、次話からは主人公の話に戻ります。