第 25 話
「ナディアーナ、お前もう動いて大丈夫なのか?」
「ああ、大丈夫だ、それより、今のはなに、あたいを引き取るってマジで言ってる?」
「いや、それは...」
助けを求めるようにこっちに視線を向けてくるパーロッドを気にすることもなく、わたしはテーブルの上にあぐらかいてる野人女を無言で見つめ始めた。
「な、なによぉ。」
わたしの視線に耐え切れなかったのか、野人女は目をそらしながらボソッと呟いた。
それを聞いたわたしは待っていたかのようにふと立ち上がり、彼女のところへ歩き出した。
「ちょ、来るな!殺すぞ!」
口では強気なことを言っているが、体は正直にわたしから遠ざけるように後ずさり始めている。
そして、ついにテーブルの端まで追い詰められ...
ポン。
とテーブルから転げ落ちた。
「ナディアーナ?!」
「来るな、いや、来ないで、来ないでください、お願い!」
パーロッドの心配をよそに、野人女はテーブルから転げ落ちても痛みを感じてる様子もなく、すぐさま這いつくばって部屋の端っこまで移動した。
わたしそんなに怖いのか?
たしかにちょっと怖がらせるつもりでやったけど、部屋の隅っこで膝を抱えて唸っている少女を見るとさすがにちょっと傷つく。
そりゃ殺されかけたから怖いのは仕方ないかもしれないけど、もとはと言えばそっちが攻撃してきたじゃん。
なんでこんなわたしが悪者みたいな状況に...
なんて考えたらなんだか腹が立ってきたので、体育座りしてる野人女の後ろ襟を掴んで引っ張り上げた。
「いやあああああ、ゆるして!パーロッド、助けて!」
当然のように野人女は喚き出した。
「黙れ!」
まるでコンセント抜かれたスピーカーようにスンとなった少女を机のところまで連れて手を離す。
「座れ。」
ピシッと姿勢よく座るナディアーナを見て、パーロッドは微妙な顔で喋りだした。
「あのう、約束しといてなんだが、子供を引き取るというのは我々の掟に反するから、応じることはできない、それに本人も嫌がってるみたいだし...」
「嫌がってる?」
野人女のほうを見るとさっきまでうんうんとパーロッドの言葉に賛成してる彼女がピタッと止まり、「嫌がってないです」と口走った。
「ほら、嫌がってないだろう。」
「いや、それはさすがに...とにかく、うちの人を引き渡すのは我々にとってタブーなので別の条件に変えてほしい。」
「ふーん、そういえばまだ自己紹介してないわね。」
「わね?」
「ただ、自己紹介する前に二人にはしかるべき時まで、そうね、ええと、ナディアーナだっけ、君はわたしの住処に到達するまで、パーロッドは三か月以内でいいかな、それまでにわたしのことを口外しないことを約束してもらう。」
「ちょ、ちょっと待って、その口調はどういう?すごい違和感が...」
まあ、そうなるよね。
「それも約束してくれたらわかることよ。」
「うーん、それぐらいなら別に、三か月以内あなたに関する情報を口外しないことを約束する。」
「はい、ナディアーナちゃんの番よ。」
「えええ?いやよ、だって約束したらこいつについていかないとダメじゃん。」
「ほう?不満か?」
「いいえ、不満じゃありません、喜んで約束します、新しい家に到着するまで口外しません!」
「はい、では誓約成立ね。」
「うっ、今の感じはなんだ?」
「言ったでしょう?誓約成立って、とにかく約束は絶対守ってください、じゃないとなにが起こるかわたしにもわからないよ。」
「ああ、もとより守るつもりだ。」
「じゃ、はじめるか。」
手に持ってるコップを机に置き、ゆっくりと立ち上がる。
体が立ち上がるに連れて、服、肌、筋肉がまるで泥水ように溶け、完全立ち上がった時はすでに筋肉大男ではなく聖女カルシアだった。
「ごきげんよう、我が名はカルシア・ナッソス、以後お見知りおきを。」
......
我ながら素晴らしい登場演出をしたつもりだが、二人どもまったく無反応だった。
「あれ?二人ども?」
まるで今意識が戻ったように、パーロッドがはっとなり、笑い出した。
「いや、冗談がうまいね、ははは、びっくりしたぜ。」
「じょ、冗談か、そう、そうよね、はは。」
パーロッドの言葉に呼応するようにナディアーナも引きずった笑顔で笑い出す。
信じないか、まあ、当たり前か、とっくに死んだ歴史人物を名乗り出してこられて信じるやついないわ。
「本当のことなんだが、まあ、いい、証明するのはあとにして、こいつ引き取る代わりの見返りの話をしよう。」
「それはいいんだが、その姿戻してもらえないか、聖女さまの姿なんてさすがに目の毒だ。」
本当のこと言ってるのに信じてもらえないという世知辛さを嘆きつつもふたたび幻覚魔術をかけ直す。
「コホン、君らの報酬だが、まず、こいつの安全と生活は保障する、少なくともここよりはずっといい生活を送れることは間違いない、これは報酬というより保障だな、そして、二つ目は庭の子供全員、上への引っ越しを約束する。」
「上へ引っ越し?」「マジで上にいけんのか?」
耳を疑ったのか、パーロッドもナディアーナも食い気味に聞いてきた。
「ええ、下町に新しく孤児院を建て、お前ら全員を引き取る形になるかと。」
「それは本当なのか?!」
夢にまで見た生活を目の前にぶら下げられて、ずっと大人ぶってた少年も思わず声を荒げた。
「ああ、本当だ、もちろん引っ越しにあたってお前らにも下町のルールを守ってもらうがね、すくなくとも今やってる裏稼業はやめてもらわないといけない。」
「それじゃ俺たちの生活費はどうする?」
「聞いてなかったのか、孤児院を建てるって、孤児院と言ったら公共事業だ、生活費はもちろん王国が負担する、王国の下町の孤児院で子供が餓死したら大事よ。」
「本当にそんなことできるのか?ここの子供を全員上に引っ越させるなんて、上の事情は詳しくないが、この地下街の頭が許すとは思えない。」
「ここの頭?誰だか知らないが、そいつに許してもらう必要はない、君らも知ってると思うが、上は戦争の話で持ち切りだ、この地下街の奴ら、おとなしくてしてれば見逃しすが、騒ぎ立てるなら戦前の血祭りにちょうどいい。うん?ナディアーナは?」
喋り終わって横を見たらナディアーナがいなくなった。
「下。」
パーロッドの指す机の下を見たら、ナディアーナがうずくまって頭を抱えた。
もう一度首根っこをつかまって椅子に座らせる。
「君に言ってるわけじゃないから、そんなにビビるなよ。」
「だって~。」
「ナディアーナ、この話乗るかどうか、あんたが決めてくれ。」
いつになく真剣な顔つきのパーロッドにナディアーナも黙り込んだ。
「それはつまりパーロッドは乗ってくれると受け取ってもいいだね?掟は大丈夫なのか?」
「その話が真実であれば、庭は間違いなく解散することになるだろう、これから解散する組織の掟などもはや守る必要もない。」
「そう、頭柔らかくて助かったわ、で、君はどうする?ナディアーナ。」
わたしのと問いにナディアーナは頭をかき始めた。
「うーん、わかんないよ、そもそもなんであたいを引き取りたいんだ、あたいを引き取ってなにがしたいんだ?」
「それはまだ言えないが、さっきも言った通りに君の安全は保障する、あと、そうだな、付いてきたら、この地下街でいたら一生見ることのない景色を見せてやる、社会地位においても魔術においてもな。」
わたしの言葉を聞いて、ナディアーナはわたしとパーロッドの顔を交互に見たり、頭を抱えたりとさらに悩みに落ちた。
「うあああああ、わかった、わかったよ、行けばいいんだろう、行けば!」
「なら早速準備に取り掛かろう。」
ナディアーナの決定を聞いてパーロッドは待ってたかのように立ち上がり、小屋を出ようとした。
「待て、その前に一つだけ。この取引の内容が極秘です、聞かれたときは表向きとして俺は情報を提供してもらう代わりに君が彼女の引き取りと孤児院の設立を要求したという形にしてくれ。」
「孤児院はともかく、子供の引き取りをこちらが提示するというのは不自然では?」
「それについても考えてある、この子は孤児院設立のための連絡役という名目にすればいい。」
「いいんですか?その名目では短時間しか凌げないと思いますが。」
「それは君が気にすることではないよ、リーダーさん。」
その言葉を聞いた少年はこっちの意図を探るようにこっちを数秒間見つめた。
「それは失礼しました。」
「ふ、じゃ...」
ポンポンポン。
小屋の外から乱暴なノック音が鳴り響いた。
「入れ。」
一旦わたしの意思を伺ったあと、パーロッドが入室許可を出した。
その瞬間、ドアがパンを乱暴に開かれた、その衝撃で小屋のあらゆるどころからホコリが舞い上がった。
そのホコリを手で振り払いながらドアの方に視線を向くと、そこには見知らぬ少年とリリアが立っていた。
「大変だ、パーロッド!管理会の奴らが来た!」




