第 21 話
成り行きとは言え、魔導器屋は目的地の一つであるというのは間違いではなかった。
本来なら先に食品の卸売市場に行って調査という名目で逃げる際の食料を確保するつもりだったが、今食料の卸売業者はすべて監察院から調査員が派遣され、流通を監視されてるとの情報が入ったので断念した。
ちなみに監察院は国王直属の情報機関で、諜報から内部の汚職調査までなんでも承るそうだ。もし脱走したら後を追ってくるのはたぶんこいつらだから、今関わるのはできるだけ避けたい。
「店主さん、最近景気どうですか?こんないい場所で魔導器屋を構えるなんてさぞ儲かるでしょう?」
あんまりいい店ではないのか、外はあんなに人いっぱいなのに、中は閑古鳥が鳴いていた。
「いやあ、そんなことないですよ旦那、最近生活魔導器が全然売れなくてさ、この間仕入れたばっかなのに在庫抱えこんっちゃって困っちゃいますよ。」
生活魔導器とは名前の通り、日常生活で使う魔導器、言わば家電みたいなものだ。生活魔導器は基本用途に特化した形状をしており、刻印石も埋め込み式で入れ替えができないため基本用途以外の魔術の補助に使う人はいない、ガスコンロを改造して火炎放射器として使うやつがいないようにね。
そんなわけで、当然のように今は売り渋っている、戦争で未来の生活に不安を感じてるときに生活の質を向上させるための生活魔導器を買う人なんてそうそういない。
「でも自由式は売れているでしょう?」
自由式魔導器とは刻印石を入れ替えて好き魔術に使える魔導器、わたしが今使っているやつがまさにそれだ。
「それは、確かに売れてはいますが、最近魔導石の供給が減って値上げしてきたし、刻印師もそれに乗じて値上げしてくるしで大変ですよ旦那。」
「でも店主さんも値上げしてるんでしょう、これとか前は今の半分ぐらいの値段だったはずです。」
店主の言葉を聞いて、小間使いに化けたミューゼがカウンターに置いてあった刻印石を指しながら反論した。
「それ以上に仕入価格が上がったんですから、本当に仕方なく値上げしたんですよ、旦那、この値段でも全く儲からないですよ、本当に大変なんよ。」
この言葉が本当なのかどうかはともかく、食料や魔導石を始めとして多くの商品の流通が戦争の影響を受けているのは間違いないでしょう。
それを考えれば、脱出するときは十分以上な物資を用意しないといけないだが、どうやって王国と聖棘の目を掻い潜りながら用意するのが問題だ。
「旦那、どうっすか?魔導器、今買わないとどんどん高くなってしまいますよ。」
はあ、今考えてもしかたない、なるようにしかならないわ。
「ほう、じゃ俺も一つ買っていかないとな、そうだな、これにしよう。」
わたしはスティック式の自由魔導器を指して言った。
「はい、毎度、刻印石もいかがですか?旦那。」
「ああ、これとこれ、とこっからここまで全部頼む。」
「おう、さすが気前がいいですね、旦那。」
まあ、わたしの金じゃないから、今のうちに使わないと損しちまう。
「はい、どうも十三万二千三百ロッドです。旦那たくさん買ってくれたので端数を切って、十三万でいいです。」
いや、さっきは儲からないって言ってたのに今は二千もロッド負けるのかよ。
「商売上手ね、店主さん、リリィ。」
もちろん、わたしは金一ロッドも持ってないので、リリアに払ってもらう。
「はい、旦那様。」
すでに準備をしているリリアは素早く財布を取り出し、中から紙幣数枚を店主に渡した。
「はい、ちょうどいただきました、毎度ありがとうございました。」
店を出て、下町の繁華街の人込みを見てまた憂鬱になる。
「旦那様、なぜこんなに買ったんでしょうか?魔導器なら旦那様が使っているものの方がずっといい性能ですし、刻印石も屋敷にいっぱいありますよ。」
王宮の配給じゃなに仕込まれてるかわからないからに決まってんだろうよ。
とツッコミたいけど我慢。
「ま、情報代だ、ついでに刻印石の研究もしてみたい、同じ魔術でも刻印者によっては違いが出てくる、いろんな人の術式をみてまた新しいものが見えてくるかもしれん。」
「そういうことですか。」
「人がどんどん増えてきたな、これじゃゆっくり情報収集もできない、ミューゼ、このまま地下街にいくぞ、案内たのむ。」
「はい、旦那様。」
密偵の技術なのか、先頭を歩くミューゼが人込みを軽々と人込みをかき分けていて、彼女についていたら案外気持ち悪くならずに済んだ。
「こちらです。」
ミューゼの案内に従って横の路地に入り込むとまるで結界をくぐったように大通りの賑やかさが消え失せ、代わりに不安を誘うような静けさが訪れた。
狭い路地に加えて、過剰なほど設置されたオーニングのせいで、白昼なのにまるで月夜のような暗さがさらに不穏な雰囲気を漂わせる
先頭を歩くミューゼも心なしか足早になって、路地中央あたりにつくと横にあるボロボロの扉をパッカっと開けた。見た目の割にちゃんと整備されてるのか、ギシギシ音もなく開けられたその扉の中には長くて暗い通路が続いた。
「こんな大通りの近いどころにいるんですか?」
「いいえ、ただの抜け道です、目的地にはまだまだ距離があります。」
さすがにこんな大通りの近くに入口を置くのは大胆すぎるか。
抜け道の中に入り、扉を閉めたら、ミューゼは照明魔術で道を照らしながら再び案内を始める。
ぐるぐると数十メートルぐらいの抜け道をぬけ、別の路地に出ると思ったらまたそこから別の抜け道に入る。
「こんな抜け道地下街の人ってどうやって作ったんですか?」
「わかりません、地下街自体は新市街建設前にあったし、その時作ったのではないでしょうか。」
「そうですね、たしかにその可能性が大きいかもしれませんね。」
いやいやいや、おかしいだろう。この抜け道明らかここだけじゃなく町中にある感じだし。地下に沈められた旧市街に住み着いただけ社会逸脱者たちが作れるような代物とは到底思えない。それにミューゼの軽車熟路ぶりから見てこれ絶対聖棘が絡んでるだろう。
「ここですが、聖女さま、幻覚魔術をかけ直していただけないでしょうか?」
「うん?どうして?切れる心配ならしなくていいぞ、今日一日中は継続するほどの魔力をつぎ込んである。」
「いいえ、このお金持ちと召使いの組み合わせでは目立ちますので、できれば悪人っぽい見た目の男三人組に変えていただきたいです。」
「なるほど、そこまで治安が悪いのか、じゃ。」
文明レベルが高く下町の治安もそこそこよかったからついつい油断したけど、地下街のほうは無法地帯らしいからな。こういうどころは意外としっかりしてるんだね、ミューゼって。
全員に幻覚魔術をかけ直し、自分をガタイのいいマッチョ、リリアを目つきの悪いヤンキー、ミューゼをひょろがりのチンピラにした
「これはまた随分典型的な悪党像ですね。」
「ダメなのか?」
「いいえ、むしろこれぐらい分かりやすい方がいいかもしれません。では、案内します。」
目の前の扉を開き、中の真っ黒の螺旋階段を魔術で照らしながらゆっくりと降りていくと点在する魔術照明しかない明かりのない薄昏い居住区に出た。
「誰だ?お前ら、見ない顔だな。」
ゆっくりと見る暇もなく、横からふたりの男が近づいてきた。
「ハーベストの使いだ。」
どうしようと迷っているうちに、ミューゼが先頭たって答えた。
「ハーベスト?前の奴らはどうした?」
「ほう、知りたいのか?君にも同じ目にあわせてやろうか。」
ミューゼは薄笑いしながら男に近づいていくと、その男は慌て出した。
「待て待て、もういい、大丈夫だ、君らのこと知りたくもないからさっさと行ってくれ。」
「ふっ、なんだよ、せっかく面白れえこと教えてやろうと思ったのに、残念だぜ、さあ、いくぞ。」
リリアとふたりで先行したミューゼを足早でついていき、見張りの男たちから離れたところでずっとなにか言いたげなリリアがついに我慢できなくなった。
「ねえ、ミューゼ、さっきのハーベストってもしかしてあのハーベスト商会のことですか?」
「ここではそんな丁寧な言葉遣いやめろ、あと俺はフォンドだミューゼじゃねえ。」
「あ、すみ、わりぃ。」
「あんたの思った通り、俺が言ったのはあのハーベスト商会であってる。」
「ほん、まじか、あの有名なハーベスト商会が地下街と、しかもさっきの感じだとかなりブラックなんじゃ。」
「ああ、表で貴族どもと商売、裏では地下街で裏取引、そんなとこだ。ふ、あんたのその顔あとでチクリたいとでも思っているな、やめておけ、貴族も王宮もとっくに知ってる、暗黙の了解ってやつだ。」
「そんな...」
「あんたですら存在を知っているこの地下街を、貴族や国王が知らないとでも?そもそも旧市街を地下に沈めて地上に新市街を建てる時点でこうなることは予想されている、上の連中は汚れ仕事をしてくれる人が誰よりもほしいんだよ、ハーベストはその表と裏を繋ぐ仲介人ってわけさ。」
横でふたりの会話を聞いてふっと気づいた、もしかして...
思いついたら確かめずにはいられない、歩くスピードをすこし落とし、リリアの一歩後ろのどころに下がて、こっそり魔法を発動する。
【ミューゼ、反応するな、今この声君にしか聞こえない、一つだけ聞く、そのハーベスト商会ってもしかして聖棘と関係ある?あるなら軽く頷いてくれ。】
ミューゼはそれとなく頷いた。
【なるほど、詳しい話はまたあとで聞く、ついでに言っておくが、君キャラ変わり過ぎだ、一般人がそんなにぱっとキャラ変えられん、リリアに疑われるぞ。】
「あっ。」
【あっ、じゃない、とにかくうまくやれ。】
「どうしたで、のか?」
ミューゼのあっを聞いてリリア反応した。
「いや、そういえばここに来るとは言ったけど、具体的な目的地は聞いてなかっただなと。」
「たしかに。」
「ここに孤児院があるよね、そこに案内してくれ。」
ふたりの疑問に、わたしはそう答えた。