第 20 話
王都 下町 某料理店
戦争の暗雲がまだ王都の民の頭上には現れていないのか、王都の町は依然賑わっている。この立地のいい店も当然賑わっていて、ピーク時ではないにもかかわらず、ほぼ満席な状態で、客と店員の声と食器のぶつかり合う音が入り混じり、喧噪と思えるぐらい活気があふれている。
「少々騒がしいけど、下町の料理もなかなか悪くないね。」
久々に人気に当てられて、すこし目がくらくらするも、その活気に救われ、この世界にきてから抑圧されてきた暗い気持ちがすこし薄れた気がした。
「はい、王、お屋敷の料理はまろやかで上品な味付けですが、ここの料理はどれも味付けが濃くて刺激的ですね。もし聖、旦那様がお好きでしたら、たまにおつくりいたしましょうか?」
「ああ、頼むよ。」
「でも、旦那様、こんなどころで堂々と食事なさって大丈夫でしょうか?」
食べ物を運ぶ手を止め、店内を一回り見る。
極普通の飲食店だ、騒がしいではあるが、、周りのお客さんは家族連れの人たちが多く、荒っぽい人もいなければ、散逸の魔力からして腕の立つものもいない。
「大丈夫だ、わたしの幻覚魔法を見破れるような人がこんなどころにくるとは思えない。」
そう、わたしたちはいま幻覚で見た目を変えている。
自分はダンディな中年おじさん、ちょっとしたお金持ちの商人という設定だ、そしてリリアは演技に覚えがないのでメイドのままで顔を変えただけで、ミューゼは小間使いの少年という設定だ。
「そうみたいですね、こういったお店は初めてなので、すこし緊張しておりまして申し訳ございません。」
「ふ、そんなこと気にする必要はない、しかし、こんな店でも今は戦争の話で持ち切りだな。」
そう言ってわたしはテーブルにあるパネル型の魔導器を指した。
主に店のメニュー表示や注文を行う魔導器には魔導ネット接続の機能も備わっており、今その画面には録画なのかあの喧嘩のあとで一緒に撮ったのか、今朝あったばかりのふたりが座って激しい論争を行っている。
「周りの客も何組かこれを見てます、今は一般国民でも無視できないほど戦争の足音が近づいてきてますね。」
「ああ、国民一人一人が自分なりの情報収集をしてこの国の未来を見定めようとしている、そしてその結果をもとに自分の身の振り方を決める、手遅れになる前にな。」
はあ、この国の情報統制はどうなっているんだ、こんな番組をネットに流すなんてゆるいにもほどがある。
そういえば、確か東大陸同盟の同盟国の魔導ネットコアは全てハイター共和国に握られていると聞くな、まあ、この国は今や小国だから仕方のないことか。
この世界のネットは地球のものとは違う、地球のネットは無数のサーバーが繋がって形成されたネットでたとえルートサーバーが切られても大きいローカルネットワークになるだけだったが、この世界のネットは一エリア内すべての通信魔導器は一つの魔導ネットコアというサーバーみたいなものに繋がっている、そしてすべての情報はこのネットコアに保管され、このコアがダウンすればこのエリア内のネットは即使えなくなるという。
そのコア握られているというのは国そのものが握られていると言っても過言ではない、実際地球もソーシャルメディアが政治を左右する例なんていくらでもある。
しかし、たとえこの世界の人口が地球より遥かに少なくても、毎日膨大なデータを生み出しているだろうに、その量データを処理できるコアって一体どれだけのものなのか、この目で見てみたいな。
そう考えながらもどさくさ紛れて自分の使ったスプーンを取り替えようとするミューゼの手をさりげなく阻止し、食べ物を口に運ぶ。
「そして、我々も今こうして情報収集をしている。」
「今日旦那様が下町にきたのはこれを見るためですか。」
「これだけじゃない、人が集まるどころには情報も集まる、今日はまだまだいろんなどころにいくぞ。ついでに屋敷に引きこもった分この町を楽しむじゃないか。」
あくまでも表の目的だがね。
「はい。」
「さあ、いくぞ。」
使った食器に清潔魔法をかけ、それを見てがっがりした表情をするミューゼを無視して、わたしは率先して席を立った。
足早に店を出て、リリアたちが会計を済ますうちに二人撒くというのを試みたが、さすがにそう簡単には行かず、リリアだけ店に残って会計をし、ミューゼは離さずに付いてきた。
こうなればプランB、繁華街の人込みに紛れて姿を消すと店前の人込みに身を投じた。
一分後。
わたしは道端の階段でへたり込んだ。
忘れてた、わたし、人込みダメだった、体変わってもダメなものはダメなままだったか、う゛え゛ぇ゛。
「せ、旦那様、どうしましたか?」
込み上げてくる吐き気をグッと我慢して顔をあげたら、リリアとミューゼの二人が目の前に立っていた。
しかもこんな目に遭っても二人を撒けなかったし、とがっがりしながら当たりを見回すと自分が魔導器屋の前に座っていることに気づいた。
「この店に入ろうと思って二人を待ってたんだよ、ははっ。」
さすがに人混みに酔ってたなんてかっこ悪いこと言えるはずもないので、とっさに理由を付けた
「そうですか、ありがとうございます。」
「どころで、王都はいつもこんなに混んでるのか?それとも今日なにかイベントでもあるの?」
わたしの質問を聞いて二人は顔を見合わせた。
「今日ただの普通の休日で特にイベントとかはありませんでしたが...せ、旦那様は今日何日かご存知でしょうか?」
「九月の五日?それがどうかした?」
「あのう、聖女さまがいつ聖霊殿へと旅立ったのか覚えていらしゃいます?」
そこら辺の記憶ないから、覚えてるわけ...まさか...
わたしの反応見て察したのか、リリアは続けた。
「もうすぐ、ええと、その聖霊記念日でございますので、みんなその買い出しに外出されているのです。王国では記念日当日およびその前後三日、合計七日の休暇が設けられていますので。」
マジか。
「こんな時にか...いや、こんな時だからこそか。」
「...はい。」
「ちなみに誕生日のほうは...」
「もちろん、聖女さまの誕生記念日も設けております。」
目の前の人混みはわたしの死を記念してきていると思うと...いやいやいや、わたしじゃない、わたしじゃないよ、カルシアだ、はい、カルシア、うん。
自分のことじゃないと頭ではわかってはいても、体がムズムズしてなんだかいたたまれなくなってくる。
「そ、そろそろ店に入ろうか。」