第 16 話
夜 双蓮宮 寝室
転生して数日、毎日研究という名目で魔法訓練と勉強に明け暮れ、今日も精神的疲労を引きずりながら眠りについたばかりの頃。
「誰だ。」
この世界にきてから、毎日夜寝るときは必ず張っていた警戒魔法と精神力探査が功を奏した。
「警戒魔法を掻い潜ってきたことは褒めてやる、だが残念ながらそれはただのカモフラージュだよ。」
警戒魔法は無反応だったが、精神力探査はわずか反応があった。
相手は少なくとも上級魔術師である、しかも相当の腕利きだ、戦いになったら負けるのは必至、なんとか戦闘を回避しなければならない。
「さすが聖女さまです、まさに伝説を呼ばれるのにふさわしい方でございます。」
この言葉と同時に、見つめている部屋の隅の闇から二人の人影が浮かび上がった。
ひとりは黒装束を身に纏い、顔もほとんどフードの下に隠れている。体のラインと声からしては女の人。
そしてもう一人はメイド服を着た少女、ミューゼだ。
「ミューゼ?これは一体?」
「ミューゼについては詫びさせていただきたい、彼女は我々が王宮に送った人間の一人で、普段は情報収集の役目を果たしてたんですが、聖女さまが復活なさるということで、我々は聖女さまをお守りしなければならないと考え、彼女を聖女さまのそばに置かせてもらった次第です。」
一通り説明したあと、黒装束の人は沈黙を貫いたミューゼと一緒に頭を下げた。
「我々は決して聖女さまに害をなすつもりはございません。我々は聖女様の敵ではなく味方なのです。」
リリアはあやしいと思ったが、まさかミューゼもスパイなのかよ。
「味方ねえ、それならなぜ初日で正体を明かさず、今日になって姿を現したのか、聞かせてもらえるのかね?」
「それは...王宮の警備が厳重で掻い潜るのに時間がかかってしまいまして、それに、聖女さまの都合も考慮せねばなりませんと機会を伺ってたら遅くなりまして、大変申し訳ございません。」
いや、さすがにその実力でそんな理由は無理があるだろう。
あきらかに後付の理由だが、ここで追及しても意味がない、味方って言ってる以上お互いにとって利用価値があるということだ、無駄に関係を悪化するようなことは避けたい。
「まあ、いい、で、君らは一体何者だ?」
「では、自己紹介をさせていただきます。」
そう言って彼女はミューゼと一斉に片膝を床につかせ、首を垂れた。
「我々は聖女さまに忠誠を誓い、聖女さまをお守りするために存在する組織、聖棘です、そして妾はその組織のリーダー、荊棘と申します。」
どっかで聞いたことあるような名前だな。
「聖棘?」
「はい、かつて聖女さまのもとで戦っていた特別部隊、その名を踏襲させていただきました。」
ああ、思い出した、ネットで聖女の資料を調べた時に見た名前だ、千年前聖女直属の部隊で、諜報、暗殺から戦場の奇襲任務までこなせる精鋭部隊だと。
聖棘という名命神の神話伝説のなかに聖女が命神の信者たちの罪を背負い、自ら荊棘を身に纏い受難するという話からだ、いかにもイエスみたいな話だが、実際こういう罪を濯ぐ話はいろんな宗教に出てきたりする、罪悪感から逃れたいというのはどの世界の人間でも同じだ。
まあ、この世界ではただの神話というわけでもなく、実際に聖棘とう聖遺物があるらしいが、神代とともに消えてて実物を見た人はいない。
しっかし、とっくの昔の精鋭部隊の名前を継ぐとか、こじれた中二病患者たちが集まって結成した組織とじゃないだろうな、こいつら。
「なぜそれを?」
「実は我々の先祖がその部隊の人間でして、先祖と同じく聖女への忠誠を誓う決心を表すため踏襲させていたただきました。」
「つまり聖棘の兵士たちの子孫の集まりってことか?」
わたしのことばを聞いて、荊棘は少し複雑な表情になった。
「いいえ、兵士たちといいますか、その兵士の中の二人が我々の共同の先祖となります。」
うん?いまなんと?
「つまり君たちはみんな親戚というか、家族ってこと?」
「はい、実は聖女さまが聖霊になられた後に部隊の内部が組織解散して自分たちの人生を謳歌したい人と聖女さまの死の究明と聖女さまの復活をしたい人の二派に分かれて。」
前者は当たり前だけど、後者が出てくるってことはカルシアもそれなりに慕われていたのか?いや、マフィアやヤクザの人が殺されたボスの復讐を果たすことで後継者になる資格を得るみたいに単純に組織の権力狙いという線もあるか。
「それで組織自体がバラバラになり、前者は当然散り散りに、後者も最初は残ったものの、その後の聖王国の衰退や研究の難航により、どんどん人が離れていて、最終的には我々の先祖である二人だけの組織となったのです。」
「で、その二人は子をなし、組織を継がせたと?」
「はい。」
「君らがその二人の子孫でそれで聖棘という名前を踏襲したとこまではわかった、けど君らがこのわたしに忠誠を誓う理由はわからない、まさか千年前の先祖の遺志を継ぐとか言い出さないよね。」
「それは少々言いにくいんですが...」
「わたしに教えたくないと?」
「いいえ、我々としてはむしろ知っていただきたいのですが、ただ聖女さまのご機嫌を損ねるかもしれない話でして...」
なんだその言い方、逆にめっちゃ気になってしまうじゃねえか。
「かまわない、すべて話しなさい。」
「ありがとうございます、実は我々の先祖二人の聖女さまへの思いはそれはそれはただならぬものでして、聖女さまをお守りする使命を継がせるために自分の子孫に魔術をかけたのです。」
子孫に魔術?まさか。
「血誓魔術か。」
血誓魔術は誓約魔術の一種で、神代から伝わる秘術だ、もともとは公正と契約の神ハイムラインの信者たちが使う契約や誓いの実行を神の力で強制させる神術の一つだが、神々の消滅と共に神術は廃れ、誓約神術も当然その役目を終えたが、大崩壊後の暗黒時代にその一部が魔術に改造され、他人ではなく、自分に厳しい誓約を課す代わりに力を手に入れる魔術になった。
もちろん神の力をなくした誓約魔術は大した力を手に入れられるはずもなく、逆に誓約という副作用を目的としての運用が主になった、血誓魔術はその変種で、名前の通り、自分の血筋を持つものに制約を課し、子孫を自分の目的のために利用する魔術だ。
「はい、その通りです、聖女さまの復活する前は聖女さまの御体を守り、復活後は聖女さまに従うなどの誓約をこの血筋に残したのです。」
これはとんでもねえやべえやつらと来たな、聖女大好きな二人がどんな思いで子孫を残し、どんな思いでその子孫に血誓魔術をかけたのか、想像したくもない。
「千年も効力続くのかね、その魔術、あ、まさかお前らって。」
「はい、多分聖女の考えがあってると思います。」
まじかよ、貴族とか王家とかが血統の純粋さを維持するために、とかなら聞いたことあるが、自分たちの歪んだ愛のために自分の子孫たちにさせるのか。
「それは、なんというか、ご愁傷さま。」
「お心遣い深く感謝いたします。」
わたしの言葉に思うところがあったのか、なんだか荊棘の声が悲しみを帯びているように感じる。
「君らの言い分はわかった、けど一つ聞きたいことがある。わたしを復活した聖霊召喚の儀式、君らが提供したのか?」
ぽっと出な話だが、実は先日の会議のあと、グレンが資料を送ってきた時、ついでに復活の儀式について聞いてみたが、儀式は謎の人物によって提供されたもので、彼もまだ完全に解読できていないとのことだそうだ。
「いっ」
「あ、うそは禁止ね。」
彼女の否定の言葉を遮って命令する。彼女の先祖が具体的にどんな誓約をかけたのはわからないが、わたしの命令には逆らえないという誓約はきっとあるはず。ちょっとばかし卑怯だが、使えるものは使わないと罰が当たるんで。
「はい、我々が提供しました。」
「ちなみに、その儀式がいつ開発されたかね?」
「それは、言わないとダメでしょうか?」
「もういいわ、その言葉だけでも十分答えになってるから。」
どうせとっくの昔から開発に成功したにも関わらず、ずっと復活せずに隠してて、今になって戦争のせいで王宮に保管されている聖女の体が危険かもしれないから仕方なく復活することにしたって感じでしょう。
まあ、理解はできる、ぽっと出の人の命令を聞かないといけないなんて誰もいやでしょうよ。
結果的に自分はそれで助かったし、むしろ隠し持ってたことを感謝したいぐらいだ。
「君らに敵意はないことはわかった、とりあえず立ってくれ、その体勢じゃ話しにくいだろう。」
「ありがとうございます。」
「あと、フードもマスクも外してくれ。」
「はい、仰せのままに。」
そういいながら、彼女がフードとマスクを外した。
「おおう。」
その素顔を見てわたしは思わず声を漏らした。