第 148 話
「ではこれからどうします?地下街に行きます?」
孤児院から離れ、ナディアーナたちは魔導列車で再び中央広場付近に戻った。
「うん、一回行ってみようかな。」
「孤児院にいた時も言ってたけど、あの子たちはしばらく安全ですし、見に行ったところでこれ以上の安全策はないと思いますが?」
一刻でも早くこの町から離れたいラフィニアにとってこんな無駄な時間は使いたくなかった。
「ううん、庭じゃなくて、他の気になっていることというか、忘れてしまったことというか。」
「なんですか?」
珍しく歯切れの悪いナディアーナを見てラフィニアにもすこし気になった。
「姫に頼まれて一緒に地下街に行った時のことまだ覚えてる?」
「姫のとき...あっ、帰るときの。」
地下街から帰る時、聖女復活の儀式魔術を提供したとかいうあやしい組織の人に出会ってなんかの病気の話をしていたのをラフィニアは思い出した。
「うん、その、病気のことをすっかり忘れてしまって、一応ここに戻る前に師匠に治療方法は聞いてみたけど、本人がまだ生きていたのか...」
責任を感じていたのか、ナディアーナの表情はかなり暗かった。
「君が気にすることではありませんよ、そもそも君は彼女を助ける義務なんてありません。」
「でも約束したし...」
「確か約束したの治療方法を聞くだけですよね、ならば治療することも、いつ治療することも約束してませんし、約束果たされるまで生き延びられなかったらそれは女の運が悪かったということです。」
「うーん...」
ラフィニアはそう言うが、ナディアーナはそんなに簡単に納得できる人ではなかったようだ。
「今そんなこと悩んでいても遅いし、とにかく行ってみてから考えましょう?」
「うん、そうだね。」
そうして、二人は特に交流もないまま道を進み、しばらくしたら、例のあやしい組織の人と出会った場所までたどり着いた。
「あっ、そういえばその病人がどこにいるのか聞いてなかった、どうしよう。」
「ついてきてください。」
あの時ナディアーナは特になんも言ってなかったが、例の組織の人が関わっているので、一応族長に報告して、手下にも調査を依頼していて報告書ももらったけど、ちょうど連邦軍に動きがあった時期で、報告書の内容をぱっとしか見ていなかった。
でもちゃんと例の女性の住所は書き記されているので、案内ぐらいはできる。
「はい!」
女性の住所は遠くない路地裏の一角で、かなりわかりづらい場所だったが、その家の前の階段の端に聖棘の調査員が残した印があったおかげで探すのにそう時間はかからなかった。
「ここですね。」
「なにこの匂い、うぇ゛ぇ゛。」
目の前の建物のドアは締めきられているにもかかわらず、明らか建物の中からの酷い悪臭が伝わっている。
その神経を狂わすような腐敗臭となにか甘ったるい匂いが混ざった異様な匂いはさすがのラフィニアも思わず鼻を遮った。
「待って。」
さすがに何の処置もなしにこのドアを開けるのはためらうのか、ラフィニアは魔導器を取り出してバリアを張り、バリアの中の空気を全部交換した。
「うっ、はー、はあぁはぁ、これってもしかしてもう...」
「まだわかりません、これはただの死臭ではなさそうです。」
これほど酷い臭、真っ先に連想するのは死体の腐敗臭だろう、しかし、ただの腐敗臭で数多の修羅場をくぐり抜けてきたラフィニアの神経にここまで影響できるはずがない。
「とにかく開けてみるしかありません。」
そう言って、ラフィニアは目の前のかなり年季の入ったドアに手をかけ、力込めて思いっきり押した。
パーン!
簡単な鎖や鍵を破壊するつもりで思いっきり押したが、予想外なことにドアは地下街の家のドアとは思えないのノーロックで、結果的に鍵破壊ではなく、ドア破壊になってしまった。
「入りましょう。」
「ふっ。」
ラフィニアはまるで何もなかったのように入ろうとするも、後ろから吹き出す音がした。
「今笑いました?」
振り返るラフィニア。
「ううん、なにも。」
顔をこわばらせながら否定するナディアーナ。
「そう?」
ちょっとしたアクシデントがあったものの、二人は部屋の中に入り、備え付けの魔導照明をつけた。
「うわぁ。」
「これは...」
ある程度は想像していた二人だが、それでも目に入った光景は二人の予想を遥か上を行った。
大きさおおよその十数平米の部屋の床には大量なゴミが散らばっていて、その上は無数の虫がうごめいている、そんなゴミの中に、四つのベッドが部屋の両側に配置されていて、その上には四人の女性?がそれぞれ横たわっている。
そのうち一人はもはや着ている服でしか人間と判別できる要素がないような様相をされていて、服から露出している部分はすべて血と膿と体液が混ざったような液体に覆われていて、その液体の中には虫なのかはたまた彼女自身の身体組織なのか、なにか動いていて、見ただけで全身が痒くなってしまいそうだった。
そして残りの三人のうちの二人は最初の一人よりはややマシな状態だったが、それでもかろうじて顔のパーツが見分けられる程度で、体に虫が這っているにもかかわらず何の反応も示さなかったことから、もう意識はないと見られる。
「だっれ...?」
最後は唯一人間だとはっきり言える存在、ドアが破壊された音で起こされたのか、彼女は苦しそうに体を支え上げ、ナディアーナたちのほうに顔を向けた。
「あ、無理に動かないで。」
そう言って、ナディアーナは前にいこうとした。
「待て、気を付けたほうが...」
これはどう見ても伝染する病気、近づいた自分もやられるかもしれないと、ラフィニアはナディアーナを止めた。
「大丈夫、何の病気はもうわかったから。」
そう笑顔を見せて、ナディアーナは踏み出した。
「うっ!うぇ゛」
しかし、バリアから出た瞬間彼女は強烈な匂いにやられて足を引っ込んだ。
「ラフィ姉、このにおい何とかして~」
「ふっ、あなたほんとにかっこつけませんね。」




