第 147 話
「なんか人の気配がないですが?」
リリアが父親と久々の「会話」をしている一方、ナディアーナたちは蛻の殻になった孤児院の前に立っていた。
「きっと戦争が怖いから建物の中に隠れているだけだよ、はは。」
「ふーん、だといいですね。」
正直ナディアーナの言葉は彼女自身も信じてない、町の結界が壊れて、砲撃が落ちてきたならともかく、まだ結界が耐えられているのに庭の子たちが怖がって引きこもっているはずがない。
「とりあえず中に入ってみよう。」
ラフィニアの返事を待つこともなく、ナディアーナはロックもなにも一切かかっていない門を開けた。
それを見てラフィニアも何も言わずについていき、二人は特にアクシデントもなく孤児院の庭を通って建物の中に入った。
「どこに隠れているんですかね?」
建物の中は当然ナディアーナが期待していた光景はなく、もともと置かれたものはすべて消え、家具も薄い埃がかぶっている。
「まだわからないじゃない。」
ラフィニアの煽りにナディアーナもちょっとムキになって足早に二階への階段に上った。
「ああっ!」
そんなナディアーナが階段を登り切ろうとしたとき、突然驚く声を上げた。
「大丈夫?」
「大丈夫、ちょっと足が滑っただけ。」
この屋敷は今撤収する時残したのであろうごみが散らばっており、階段も似たような感じなんだろう。
「誰だ!」
重い足音とともに二階から男の怒声が聞こえた。
「下がってろ。」
その怒声が聞こえた次の瞬間、本来一階にいたはずラフィニアは突然ナディアーナの前に現れ、魔導器を構えた。
しかし、彼女はすぐに警戒を解いた。
「いや、もういい、ただの一般人だ。」
「一般人?」
ナディの問いかけにラフィニアはなにもいわなかった、なぜならすぐわかるからだ。
実際彼女たちこうして会話している間、相手はすでに近くまで来ている。
「誰だ?」
「ガルフ?ガルフなのか?」
相手の声が聞き覚えあるようで、ナディはそう呼び掛けた。
「ナディなのか?ああ、ガルフだ。」
そしてすぐ相手もナディの声がわかったようで彼女の前に顔を出した。
「もう会えないかと思ってた。」
うん?
ナディアーナの顔を見た瞬間優しくなる口調、表情、目、仕草、たとえ専門は戦闘で諜報ではないラフィニアでもわかる。
こいつ、ナディのことが好きだと。
「ああ、みんな消えたと思ってたよ、ほら、言っただろう、まだわからないって。」
しかし、残念ながら当の本人は何も気づいていないらしい。
「お前本当バカなんだな。」
「は?いきなりバカとかいうほうがバカだよ、ってかその口調やめれ、もう警戒する必要もないから。」
何もわかってないナディアーナの間抜け顔をラフィニアは思わず失笑した。
「ふっ、まあ、いい、知り合いみたいですし、二人で話して来たらどうですか?自分はここら辺見て回りますよ。」
「いいよ、いいよ、すぐ移動するから。」
ラフィニアの言葉で明らかに目が光ったガルフはナディアーナの言葉で一瞬でしょんぼりになった。
「う、うん、気を使わなくても大丈夫、です。」
バカを好きになるって大変なんだな、とさすがのラフィニアも心の中で思わずつっこんでしまった。
「ガルフ、みんなどこに行ってたんだ?」
「地下街に戻ったよ、このまま地上にいるより、地下街に戻ったほうが安全だろうってパーロッドが。」
「管理会の人は?出てきた時あんなに大事になってたし、報復したりはしないのか?」
ナディアーナを庭から連れ出した時王国軍まで出動させられたから、管理会というか、裏社会の人にとって官軍にビビったことはメンツ的面白くないことだろうから、庭の子たちにも思うところはあるかもしれない。
「ええと、なんだっけ、あっ、地下街にとって庭は必要なところだし、自分らが上の人に無理やり連れてかれたって言えば、向こうもこっちに直接手出しにくいから、嫌がらせ程度で済むだろう。」
「そういうことね、たとえ連邦軍が町に入ってきたとしても、少なくとも短時間内でわざわざ地下街を掃除しようなんて思わないでしょうし、確かに君らもよく考えてますね。」
ガルフの説明で、隣で壁にもたれかかっているラフィニアも分析を述べた。
「二人がそういうなら安心した、じゃ、もうここに用はないし、いこう。」
そう言って、ナディアーナは踵を返そうとした。
「待って!」
そんなナディアーナをガルフは呼び止めた。
「なに?」
「あのう、その...」
口ごもりながらちらちらと自分のほうを見てくるガルフを見て、ラフィニアは察した。
「先に行きます。」
ナディアーナの返事も待たずに、ラフィニアはそう言い残して孤児院の入口まで転移した。
数分後。
「ラフィ姉、もー、なんで勝手に行っちゃうんだよ。」
「わたしがいないほうが言いやすいかなと、で、どんな感じですか?」
「どうって、何もありませんよ。」
すこし呆れたつつも、ナディアーナはラフィニアの手を引いて、孤児院の外に出た。
「あれ、告白じゃなかったんですか?」
「やっぱりわかってたんだね。」
ラフィニアに白目をむいてナディは続いた。
「告白だったよ、それが嫌だったからラフィ姉が離れるのを止めたのに...」
「あ、一応察してはいたんですね、ずいぶん演技がうまくなったんじゃありませんか?」
四六時中聖女の演技をしてたおかげか、いつの間にか自分を騙せるようになって、子供の成長は早いなと、ラフィニアは親にでもなった気分で感慨深くなってしまった。
「そう?コホン、わたくしはもう昔のわたくしではありませんことよ、おほほほぉコホン、コホン。」
「やっぱりバカかもしれませんな。」