第 146 話
ナディアーナたちがバカなことをやっている時、単独行動になったリリアは彼女の目的地の前に立った。
数か月ぶりに見た門を前にして、リリアは深呼吸をして指を門の横にあるチャイムを押した。
しばらくして、木製の大門の端にある側門が開かれ、中から一人の女性が現れた。
「お嬢さま?お嬢さまですか?」
「久しぶりです、サラさん。」
女性の顔を見て、リリアは笑顔を見せた。
「お嬢さま!本当にお嬢さまですか?良かったです、無事で。」
サラさんと呼ばれた女性は足早にリリアに近づき、彼女の手を握った。
「なんか心配かけてしまったみたいですね。」
「本当ですよ、急にいなくなってしまって、聞いても誰も誤魔化してばかりで何も教えてくれませんでしたから。」
「あんまり責めないであげてください、大事な仕事ですので。」
怪我がないかを確認しているのか、それとも身たしなみをチェックしているのか、サラはリリアをじっくりと観察した。
「それはわかってますが、ううん、無事で帰ってくれたらそれで十分です、お帰りなさい、お嬢さま。」
「ただいま、サラさん。」
「さ、中に入りましょう、今日は旦那様たちも珍しくいますので。」
そう言って、サラはリリアの手をひいてドアへと向かった。
「そうですか、ならちょうど良かったです。」
側門をくぐり、目の前に広がる見慣れたはずなのに、どこか見慣れない感じがする庭を見て、リリアは一瞬恍惚とした。
「お嬢さま?どうかされましたか?」
「ううん、ちょっと久しぶりで。」
「そうですか、でも安心してください、お嬢さまのお部屋は毎日綺麗にしてますので、家を出た時と同じことを保証します。」
そう言って、サラはリリアの部屋のある別館へと案内しようとした。
「ありがとう、サラさん、でもその前父上のところに行きたい、すこし話したいことがありますので。」
「旦那様なら今書斎にいらっしゃるはずですが、今例のことですこし機嫌がよろしくないみたいですよ。」
指を上に差しながらサラはそう言った、たぶん絶え間なく打ち込み続けている連邦軍の攻撃のことを言っているんだろう。
「まさにそのことで話したいことがありますのでちょうどいいです。」
「あ、お待ちください、お嬢さま。」
そのまま書斎へと向かおうとするリリアをサラは呼び止めた。
「あの、ちょうど旦那様のお茶替えの時間なので...どうですか?」
トット。
書斎のドアがノックされた。
「旦那様、サラです、お茶を替えに参りました。」
「入れ。」
ガチャ。
書斎のドアが開かれ、一人の女性が入室した。
しかし、奥にいる「旦那様」は入室する女性に視線をやることもなく、目の前の資料たちに夢中だった。
「ここに置いとけばっ、おまっ!」
やがて女性は近づき、彼の視界に侵入してきた時、彼はやっと違和感に気づいた。
そして彼は素早く襲撃を受けたときのため机の下に配置されていた魔導器を取り出し、魔術を発動しようとした。
「父上、わたくしです。」
そして、まるでそうなることを予見していたかのように入室した女性は彼が魔術を発動する前にそう声を上げた。
「リリアンナ、なぜ?」
「良くないって言いましたのに、サラさんがどうしてもって...」
「それを聞きたいわけではない、いや、まあいい、君はどうしてここに?聖女は?」
突然のことですこし混乱したが、彼はすぐに冷静さを取り戻した。
「聖女さまはいません、わたくし一人です。」
「そうか、で?任務を放棄してまで戻ってきたってことはなにかあるんだろう?」
魔導器を戻し、リリアの父親は座り直した。
「はい、しかし、その前に一つ聞きたいことがあります。」
「ふーん、珍しいこともあるものだな、聞くといい。」
「ありがとうございます、先程聖女さまのことを聞いてましたが、父上は本当に何も知らないんですか?」
「知らないというのは何のことを指すのかね。」
問い詰められるも顔色一つ変えずに聞き返す父親。
「とぼけないでください、あれほどのボロを出して、監察院長である父上が知らないはずがありません。」
監察院長。
そう、リリア、もといリリアンナ・オブ・イーノーはまさにラスタリア王国監察院院長のロンベル・オブ・イーノーの娘であった。
「君もすこしは成長したようだね、ええ、知っている、本物の聖女さまが王都から出た日に。」
「そんなに早く、ならどうしてっ。」
「どうして止めない?あの聖女が決めたことを我々が止められるとでも?」
手に持っているお茶をデスクに置き、リリアは両手をデスクに置いて体を前に出した。
「聖女さまは今どこにいらっしゃるか知っていますか?」
「知らない、監視に回った調査員は全員消されていて、追跡ができていない状態だ。」
「聖女さまが...」
聖女が監察院の人を殺したことがショックなのか、それとも聖女の行方がわからないことがショックなのか、リリアは肩を落とした。
「聞きたいことはもう終わったか?こっちも忙しいんで、そろそろ本題に入ってもらおうか。」
連邦軍の対応で忙殺されているのか、見たことのないぐらい憔悴している父親の顔を見て、リリアは口を開く。
「聖女さまはもう姿を消しましたし、わたくしの任務も終わったはず、なので新しい任務への配属を要求します。」
リリアの要求を聞いてロンベルは顔をあげて彼女を見た。
「君のようなひよこに当てられる他の任務などない、聖女の弟子を監視し続けたまえ。」
「でもっ!」
「これは戦争だ、遊びではない!もう一度言う、聖女の弟子の元に戻れ。」
「...わかりました。」
これ以上言っても無駄だと悟ったリリアは引き下がるしかなかった。
部屋から出て、ずっと外で待機していたサラがすぐリリア近づいた。
「お嬢さま、どうっ、どうかなさいました?」
明らかに落ち込んでいるリリアにサラはすぐ口調を変えた。
「大丈夫、何でもないから。」
「あの、お嬢さまの大好きなヌッポリオを作らせていますから、出来上がったら部屋にっ。」
「ありがとう、サラさん、でももうまた出かけないといけませんので。」
「そうですか...ではこれだけでも持っててください。」
かなり残念そうな表情をするサラだが、引き止めることはしなかった。
「これは?」
サラの手からペンダントのようなものを受け取り、目の前ですこし観察した。
ペンダントの様式、いや様式と言っていいのか、ただのわっかのついた原石で、しかもかなり使い込まれているのか、原石本来のザラザラ感は一切なく、むしろ磨けられたようにすべすべだった。
「御守りです、千年前聖女が使っていたものみたいで、あ、本物かどうかわからないんですが...その...」
「ありがとうございます。」
本物かどうかはどうでもいい。
リリアはペンダントを握りしめた。
「ではまた、サラさん。」
礼をしながら見送るサラを背に、リリアは実家を出た。