第 144 話
「まさかこうなるとは...」
パライク市の迎賓館の面会室の中に、ナディアーナは頭を抱えている。
「これからどうしましょうか?」
その隣で立っているリリアも重い表情をしている。
「なにをいまさら、遅かれ早かれこうなることはとっくに予想できたはずでしょう。」
そんな二人をラフィニアは冷ややかな目線で眺めている。
三人がなぜこんな状態になっているかというと少し前に軍の人から一つの情報が入ったからです。
その情報とは王都が包囲されたことだ。
情報によると連邦軍は何らかの方法で陥落したアンフィラック村村の裏にある法乱の地を通って、直接マドレー近辺に現れ、そのマドレーを一瞬で制圧し、そのまま王都カルサルを包囲してしまったとのこと。
「そうだけど、こんな早くとは思わなかったんだもん。」
「今それを言ってもどうしようもありません、問題はカルサルを救援するかどうかでしょう?」
「それだよ~なんであたしに聞くのよ~」
軍の人はただ情報を伝えに来たわけではない、王都カルサルを救援するかどうかの決定を聖女さまに一任すると投げてきたのだ。
「なんでって、さすがのおバカなあなたでもわかるでしょう?救援したくないけどその責任を負うのもいやだからあなたの命令ということにしてくださいって言ってたんですよ。」
「やっぱりか~」
体を前に出し、両手を前に突き出しデスクに伏せながらナディアーナは考え込んだ。
「もしあたしが無理やり救援させたらどうなると思う?」
「さあね、あれよこれよと理由をつけて出発を遅らせるんじゃない?正直このままだと王都はもって数日でしょうし。」
「もしかしたら命の恩人の言葉ですからとすぐ出発してくれるかもしれませんよ。」
悲観的意見を出すラフィニアとは逆に、リリアは楽観的な観測をした。
「それはさすが考えが甘すぎでは?というかたとえここの兵を救援に出したところでせいぜい時間稼ぎにしかならなりませんよ。」
「それはやってみないと分からないじゃないですか?やる前諦めてしまっては勝てる戦も負けになってしまします。」
王都が包囲されていると聞いてすこし焦っているのか、リリアはすこし感情的なっているようだ。
「その無駄な足搔きの代償が無数の兵士の命であることは理解していますかね?」
「それは仕方のないっ。」
「二人とも!もういいよ、喧嘩しないで。」
雰囲気がどんどんあやしくなってきたのを感じて、ナディはすぐ止めに入った。
「別に喧嘩しているつもりはないのですが...」
「それはどうでもいいの、とにかくあたしはもう決めた、自分の言葉で人が死ぬのはいやだし、責任も持てないから、救援はしない。」
「そんな、もうちょっとっ。」
「ふん、それがいい。」
ナディアーナの決定に異なる反応を示す二人、しかし、彼女の言葉はまだ終わっていない。
「救援はしないけど、王都には一回戻るつもりだ。」
「正気ですか?」
「わたくしたちだけですか?」
ラフィニアはともかく、さっきまで戻りたいと言っているリリアですら耳を疑った。
「ええ、そんなに暮らしてなかったけど、庭の子たちとか見ておきたかったし、まだいろいろやり残したことがあるから、あなたたちもあるよね?」
「言っておきますけど、聖棘からの支援はあてにしないほうがいいですよ、戦争の対応として一族の人は王都の本拠地から全部撤退して各地に散らばっています、連絡も一方通行になったので動きがかなり鈍いです。」
「聖棘に頼るつもりはないよ、あくまでもやり残したことをやるだけだし、いざとなったら師匠が残してくれた魔道具もある、逃げることぐらい造作もない。」
そう言ってナディアーナは立ち上がって手を叩いた。
「さあ、準備するよ、あっ、もし行きたくないなら別にここに残っても大丈夫よ。」
「行きます!」
さっきは驚いたものの、リリアは迷うこともなくそう言った。
そしたら残りは一人で、二人はラフィニアの方を見た。
「はあ、わたしに選択肢なんてあってないようなものでしょう。」
「いやいや、本当に強制しないよ、聖棘のこと気にするならあたしのほうから言っとくから。」
嘆くラフィニアにはナディアーナは慌てて釈明する。
「ふっ、我々が聞いているのは聖女さまの命令であってあなたの命令じゃないよ、バカ。」
そう言ってラフィニアはそのまま部屋から去った。
「ツンデレだね、ラフィニアは。」
「ツンデレ?どういう意味ですか?」
「うーん、自分も師匠から聞いた言葉なのだが、本当は好きなのに口では嫌い嫌いって言う素直じゃない人のことだそうだ。」
「へー、確かにラフィニアにはピッタリな言葉ね。」
ナディアーナたちがツンデレについて議論していると同時に、王都カルサルの王宮にて。
「リックの気はまだ変わらないのか?」
「はい、最後まで戦うそうです。」
書斎で国王のマルセルと王子のジルがお茶を嗜んでいる。
「我がイーノー家も残りローゼシアだけになるのか、ふっ、いいだろう、イーノー家の男に臆病者はいないということだ。」
「父上、そのようなことを言っては、我々にはまだ聖女さまが残した結界がありますし、まだ勝算は...」
「そういう慰めはよせ、君も分かっているんだろう、聖女の結界がどれだけ強くても魔力が尽きたらおしまい、時間稼ぎにしかならないんだよ。」
そう言ってマルセルは席を立ち、窓際で空を見上げた。
今王都の空はすべて巨大な結界に覆われ、その結界が今連邦軍による絶え間のない攻撃で強烈な魔力光があちこち点滅している。
「あのう、父上、やっぱり聖女さまを呼び戻さないんですか?」
「呼び戻してどうする?あの人を呼び戻したところで結果は変わらない、それに...」
「それに?」
「これは我々イーノー家が聖女なしでは何もできない無能ではないことを証明する絶好の機会であると思わないか?」
窓から離れ、マルセルはジルの前に立った。
「ふっ、ジルよ、胸を張れ、たとえ膝をついても胸だけは張り続けろ。」
ジルの肩を叩いて、マルセルはそれだけ言い残して部屋を出た。