第 138 話
「ま、待ってください!もう戦うつもりはない!」
田中の叫びにナディアーナたちは顔を見合わせた。
「良かったぁ~、死ぬかと思ったよ~」
一髪千鈞の危機から脱却して、ほっとしたナディアーナは地面に座り込んだ。
「おい、ここはお前の部屋じゃねえぞ、ったく。」
そう言いながらも思わず口角を上げてしまうラフィニア。
「とりあえず隠しとくか。」
近接戦闘用の魔導器を戻し、いつもの魔導器を取り出してラフィニアは遮蔽結界を張った。
「はあ、疲れちまったぜ。」
ついでに椅子を作り、ラフィニアは座って原形が分からなくなったぐらい赤く腫れあがった自分の両手を治療し始めた。。
「なんか、すみません。」
ラフィニアのその手を見て田中は謝りながら腰を曲げた。
「謝罪などいらん、敵に情け掛けられるほど屈辱なことはねえよ。」
「あっ、本当にすみませんでした。」
田中は慌てて腰を上げるも、口では無意識に謝ってしまった。
「お前マジで人が変わったみたいだな。」
「あ、ははっ。」
正直このことは田中自身も驚いている、この世界にきて半年以上過ごして自分でもだいぶ性格が変わったと自覚しているのに、相手は地球人かもしれないと思った瞬間、スイッチでも押されたかのように地球にいた頃の振る舞いをしてしまう。
「まあ、いい、聞きたいことあるんだろう?そいつに聞きな。」
顎ですでに地面で寝転んでいるナディアーナを指したあと、ラフィニアは自分の手の治療に専念して田中に見向きもしなかった。
正直田中はこの口の悪いお姉さんと話してると昔のユニーを思い出して嫌いではなかったが、なにせさっきケガさせたばかりなのでさすがに気まずさを感じてしまう。
だから話し相手を変えられるならむしろ彼として助かっている。
「ええと、あのう。」
「ナディアーナだ。」
恐る恐る声をかける田中に対し、ナディアーナは寝転んだまま口を開いた。
「ナディアーナさん?は地球人ですか?」
「地球?なにそれ?」
「でもさっきはっ、さっきの文字はどこで知ったんですか?」
せっかくの異世界での同郷の手がかりなので、田中はすこし焦った。
「師匠から言われたんっすよ、これを見せなさいって。」
「師匠?その師匠はだれですか?今どこにいます?」
焦りで質問攻めするの田中を一瞥し、ナディアーナはゆっくりと起き上がった。
「お前に教える義理はない!と言いたいところだけど、一応ナディたちが負けたので、ただ...」
「ただ?」
「その前に一つ約束してほしい、この町から兵を引け。」
「それは...僕一人で決められることでは...」
田中は困る反応を示したが、それはナディたちにとって予想済みのことである。
「負けたことにすればいい、この町には漆黒の聖女がいると言えば咎められるところか、大きな損失なく撤退できたことを表彰されるかもしれない。」
「実は僕、何らかの術を掛けられていてとある人たちに逆らえないようになっているんです、なのでそんな噓はたぶん通じないという言いますか...」
この情報はさすがにナディたちも予想してなかったが、こんな時使える最終手段はある。
「うーん、すこし待って。」
そう言ってナディアーナは田中に背を向け、最終手段の師匠さまヘルプノートを取り出した。
そして数分後。
「コホン、ええと、その逆らえないという人たちは今前線にいるの?」
助っ人からの言葉をもらったあと、ナディアーナは体を戻して田中に聞いた。
「いないんですけど、それがどうしました?」
「それじゃたとえここで負けても、しばらくは暴かれる心配はないのでは?」
「それが実はこの戦いのあと前線交代する話があって、だからっ。」
「待って、前線交代?連邦はこの戦争いつまで続けさせるつもりなんだ?」
気になる言葉を耳にして、ナディアーナは田中の言葉を遮った。
「それはわかりませんが、どうしたんですか?」
田中の返事を聞いてナディアーナは黙った。
最近は完全に怠けてしまったが、それでも前まではそれなり勉強したので常識ぐらいはわかる、戦争を始めて約四か月、たしかに前線交代してもおかしくない時期だが、それはあくまでも長期戦争を見込んだ場合だ。
もし一か月そこらで終わらせる予定だったら、限界まで達していない兵士たちを休ませるためにわざわざ金をかけて前線交代させるなんてあの死人すら働かせる連邦がするとは思えない。
それが連邦がまだ領土を欲しているのか、それとも共和国の反撃を見越してのことなのかはわからないんだが。
「ああああぁああ!めんどくせー!」
「ほ、本当にどうしたんですか?」
「おい、お前!」
「は、はいぃ!」
突然叫び出すナディアーナに気圧されて、田中は変な声を上げた。
「前線交代つっても大所帯なわけだから、すぐ後方に戻れないよね。」
「え?ええ、そうですね。」
話が読めずすこし戸惑う田中。
「なら言い訳してその時間を伸ばせ、あとこれ。」
ナディアーナは一枚の紙を田中に渡した。
「なんですか、これは?白紙?」
「それを使えばあたいの師匠と連絡できる、お前にかけられている術も地球?とやらのことも師匠に会えば解決できる。」
「本当ですか?!ありがとうございます。」
嬉しさのあんまり田中は何度もお辞儀し始めた。
「言っとくけど、それもらったからって兵を引かないなんて考えないでよ、あたいからのサインがないと師匠は何も答えないから。」
「そんなことは絶対にしません、安心してください!では、今すぐ撤退させますので!」
一刻でも早く知りたかったのか、田中は紙をしまって一瞬で消えた。
「おい、ちょっとせっかちすぎだろ、どんだけだよ。」
パチパチパチ。
ナディアーナがせっかちな田中に呆れたその時、ずっと黙っていたラフィニアが拍手をした。
「うまくやったじゃないですか。」
よく見たらラフィニアの手はもう完全に治り、前の変わらぬ美しい手に戻った。
「もう、ちゅかれたよ~」
「これぐらいで疲れるとは体力がないですね。」
相変わらずの減らず口だったが、命の危機が去り、ラフィニアの口調はかなり軽やかなものだった。
「ラフィ姉~抱っこして~」
そう言ってナディアーナはラフィニアに飛びついた。
「ちょ、ラフィっ、それなんですか?ちょっと、くっつくな!」
「いいじゃん、いいじゃん~」
「まっ、お前っ。」




