第 136 話
「聖女さま、こちらへどうぞ。」
パライク市の南西側約五十キロ離れた小さな丘の上にある王国軍の駐屯地にナディアーナたちは来ている。
案内された椅子に着席すると、すかさずに参謀長が口を開いた。
「では現在の状況を説明させていただきます、まず敵軍の位置ですが...」
「待て。」
「ええと、いかがなさいましたか?」
まだ始まってもいないのに止められて参謀長は困惑した。
「指揮を執るのは君たちだ、わたしではない、そういうの説明されても困る、君たちいろいろと忙しいだろう?指示さえくれれば後は解散して構わない。」
「いや、聖女さまに指示だなんてとんでもない...ええと、ほんとうによろしいんですか?」
最初は思わず萎縮してしまったものの、その方が彼らにとっても助かるのだろうから、すぐ話に乗ろうとした。
「ええ、もちろん、それともわたしが自分でそう言っておきながら、あとで責任追究するような陰湿な人に見えるのかな?」
「い、いえ、そのようなことは決してございません。」
「ならはやく始めたまえ、ここでダラダラ時間を掛けるほど余裕あるのか?!」
まあ、本当は説明されても何一つわからないし、むしろどこかで変なボロが出そうだから止めただけなんだがね。
「はい!それで聖女さまにやっていただきたいのは結界のコアの守りです、ご存知かと思いますが、結界をすり抜けて内側から結界を破壊する敵がっ。」
「それならすでに知っている、とにかくそいつを撃退すればいいんだね。」
すぐにでもこんな堅苦しい空気から解放されたのか、ナディアーナは再び参謀長の言葉を遮った。
「はい、おっしゃる通りでございます。」
「わかったわ、じゃあとは自由にしたまえ。」
そう言ってナディアーナは立ち上がり、ラフィニアたちを連れて振り返りもせずに部屋から出た。
「今のちょっと聖女さまっぽいかもしれません。」
部屋から出てすこし離れたあと、昔エレスに詰められた時のことを思い出したのか、リリアは小声で呟いた。
「え?本当?」
それを聞いたナディアーナはすぐ反応して笑顔で振り返った。
「ちょっと、ほんのちょっとだけです。」
「いやぁ~、うれしいな~。」
リリアはナディが調子に乗らないように言葉を選んだが、ナディにはまったく効いていなかった。
「実力の伴っていない威厳は身を滅ぼすだけです、聖女さまのおままごとは実力がついてからにしなさい。」
そんなナディアーナにラフィニアは落ち着いた口調で冷や水をぶっかけた。
「おままごとじゃないもん、歴とした弟子だもん。」
それを聞いたナディアーナは頬を膨らませた。
「ええ、だからこそですよ、この国では聖女さまの威を借りれるからまだ良かったですが、もしこの国が滅んで、外に出ることになってまだ聖女さま気取りでそれで相手を不快にさせてボコボコにでもされたら、聖女さまの顔に泥を塗ることになります、それでもよいのですか?」
「よ、よくはない...」
師匠を持ち出されてナディは何も言えなくなった。
「ですよね、ならあんまり調子に乗らないことね。」
「はいぃ。」
気持ちよくなって舞い上がったところを叩き落されてナディはしょんぼりと踵を返して再び結界コアへと歩き出した。
「ナディの扱いうまくなってませんか?」
ナディの背中を見て、リリアは小声でそう言った。
「そりゃ毎日のように見せられたらすこしは勉強しますよ。」
言われたラフィニアは横目でリリアを一瞥してから、ナディの方へと歩いた。
一方、彼女たちから約百キロ離れた連邦軍の駐屯地で。
「これがわたしたちの王国の最後の戦いですかね。」
駐屯地の臨時食堂の屋上から下で進攻前の最後の準備に勤しんでいる兵士たちを見下ろしながら、ユニーはそう呟いた。
「上が突然気が変わったなんて言い出さなければな。」
砦での激戦にパライクまでの強行軍、さすがのゼインも口調にすこし疲れが出ている。
彼すらそうなっているんだから下の兵士も当然疲弊してきていて、だからパライクを落としたら前線交代するとの命令が出た時の兵士たちが泣いて喜んでいた気持ちも理解できる。
「それはさすがにないでしょう、いまやっぱなしなんて言われたら兵士たちが反乱起こしてもおかしくありませんよ。」
ユニーは下の兵士たちを指さした。
「ああ、たしかにな、だが兵士たちはそうかもしれませんが、田中はどうだ?例の結界破壊、どうやったかはわかりませんが、司令部に目ぇ付けられる可能性は十分にある、兵士たちが後方に戻って田中だけ前線に残すというのは...」
「安心してください、彼の精神状況はすでに司令部に報告しています、結界破壊が強力とはいえ、いつ味方を襲い始めてもおかしくない指揮官を無理して使うほど連邦軍は切羽詰まっていませんよ。」
「そうか、そう言えば今の彼の状態は?」
魂の吸収の邪魔を頼まれたが、最初の結界破壊は参加できなかったので、結局ちゃんと効果があったのか、ゼインは気になっていた。
「ゼインさまのおかげでまだ拮抗している状態ですが、前よりはだいぶ落ち着いています、この戦いが終われば元の意識に主導権は戻るかと思います。」
田中の状態の話になってユニーはすこしほっとした顔になった。
「それで後方に下がればいろいろ策を講じれるわけですね。」
「はい、この戦いを乗り越えれば、ですが。」
「ふ、うん、まずは目の前の戦いに集中せねば。」
そう言って、ゼインは体を回転させた。
「では、準備に戻ります。」
「はい、ご武運を。」
去っていくゼインの背中に、ユニーはゆっくり礼をした。




