第 135 話
パライク市 迎賓館
市役所のすぐ近くのにあり、本来政府招待の外賓や大きい投資を持ち込んでくれる商人をもてなすための場所である迎賓館は今聖女さまを住まわせるために貸し切り状態にされている。
そしてその最高のもてなしを受けている「聖女さま」は今まさにこの迎賓館の最高級の部屋でくつろいている。
「ああ、退屈だ~」
魔獣ハスリーファ水鳥の羽毛とタトラス山猫の皮で作られら最高級のベッドで仰向けで寝転び、両手で自分の足指を掴んで足を天井向けながら、「聖女さま」ごとナディアーナはそうつぶやいた。
「はしたないです、そんなに退屈なら勉強してはどうですか?最近完全に弛んでるんじゃないですか?」
ナディの上げられた足をぴゃっと横から叩き、リリアは彼女を叱った。
「だって、いきなり話の規模がデカくなりすぎて勉強してもどうにもならないんだもん~」
足掴んだままリリアに叩かれた方向に倒れ、ナディアーナは頬を膨らました。
「それは...」
同じような無力感をリリア自身も感じているのか、彼女はかける言葉を見つからなかった。
「あーあ、退屈~」
「そう?それならいいニュースがありますよ。」
いつの間にか、部屋の外にいるはずのラフィニアが部屋に入ってきて「退屈だ」とほざいているナディに冷たく言い放った。
「な、なんっすか?」
近頃のニュースはいいニュースなんて一個もないので、さすがのナディもベッドから起き上がって身構えてしまう。
「連邦が攻めてきた以外ないでしょう、喜んでいいですよ、来たのは例の勇者軍団なので、君の出番です。」
「そんな~、もう退屈なんて言わないから攻めてこないでよ。」
「その情報、本当ですか?」
またベッドに倒れ込むナディを無視してリリアはラフィニアに確認を取った。
「ええ、さっき軍の人が伝えにきましたから、もう近くまで来てますので準備お願いしますって、どうします?」
「こわい~、行きたくないよ~」
ナディは膝を抱えてぐるぐるとベッドの上で転がり始めた。
「じゃ逃げます?一応脱出の方法は用意してありますよ。」
転がるのをやめ、ナディアーナは静かにベッドで考え込んだ。
「ラフィニアさんは例の化け物に勝てる?もし勝てなかったら、時間を稼いだりはできる?」
「勝つのはさすがに無理です、ただ、前回の映像から見てだいぶ力任せな戦い方しているので、しばらく牽制することはできると思います。」
正直ここで噓ついたら、あわよくば自分らひいては聖棘組織全体をこの国の戦争の泥沼から抜けさせることができたかもしれない、けど、なぜかラフィニアは正直に答えた。
「そうか、そうか...」
しばらく黙って目をパチパチしたあと、ナディアーナはぱっとベッドから起き上がった。
「戦う!いや、あのう、その、ちょっとやってみようかな~と思って...」
気合い入れて戦うと声を上げたものの、二人の視線が自分に集まっていることに気づいてまるでその視線に刺されて破いてしまった風船のようにどんどん弱気になっていった。
「ちょっと危険ですが、ナディがそう決めたらいいと思います。」
「ふん、戦うのはわたしなんですけどね。」
心配するも支持するリリアと相変わらず水を差すラフィニア。
「ありがとう、なんか、なんかっ。」
そう言ってナディアーナの目元に一滴の涙が流れた。
「あれ?なんで?」
そして、一滴の涙が一筋となり、やがて小さな川となった。
「ちょっと、どうしたんですか?泣かないでくださいよ。」
涙を流すナディを見てリリアは慌てだした。
「あれか?目の前の戦いにビビったんですか?尿を漏らす人は見たことあるですが、涙を漏らす人もいるとは。」
「もう変なこと言わないでください、ラフィニアさん、大丈夫、大丈夫ですから。」
...
ナディアーナたち戦う決意をした一方、パライク市の関門付近では二人の男がひそひそと逃げる話しをしている。
「どうしやした?兄貴。」
「どうやらゆっくり準備する時間もないようだ。」
関門付近で警戒する兵士たちをこっそり観察したあと、年上の男は足を止め、もう一人の男を道端に引っ張ってそう言った。
「え?どういうことっすか?」
「あそこなんだかわかるか?」
そう言って年上の男は関門から約百メートルある建物を指した。
「魔導石の倉庫っすよね。」
「ああ、お前は町警備やったことないからわからんかもだが、関門の防衛結界は普段使うことないから、平時にここの倉庫は基本的空っぽだ、なのに今はあれだけの警備は配備されている。」
「でも今は一応戦時っすよ。」
「エリックよ、俺たちがどこで捕虜されたか忘れたか?」
ふたりはまさに逃げてきたザルトとエリックだった。
「タスカトラの砦?」
「の外だ、戦争と言っても平民の被害を減らすために基本的主要な戦闘は町の外でやる、これがこの大陸のルールだ、そして魔導石は大事な資源だ、そんな資源を前線の戦う軍営じゃなく、ここに置く理由はただ一つ、今この町がまさにその最前線で、次の瞬間に襲われてもおかしくない状況にあるってことだ。」
正直ザルトは今ものすごく後悔している、途中で出会った女の子を病院に送るためにクップルスク市に寄ったのが悪手だった、そのせいでパライクに到着したのが遅れて今こんな状況に陥っている。
「マジっすか。」
「とにかくはやく逃げるぞ。」
そう言ってザルトは足早に市内の方向に歩き出した。
「ちょ、兄貴、そっち市内っすよ、逃げるんじゃないっすか?」
「バカ、俺ら今入ったばっかなんだぞ、このまま引き返したら疑われていろいろ問い詰められるに決まってんだろう、なんでもいいからなんか買ってから町を出るぞ。」
「はい!」