第 128 話
「コホン、外よりも埃っぽいのう、ほれ、小娘、妾にその中に入れさせてくれ。」
扉が開けられた衝撃で埃が舞い上がったのか、建物の中に入った瞬間、ミューゼの障壁魔術によるわずかな魔力光のなかでもはっきりと分かる恐ろしい量の埃が襲ってきた。
さすがにこの量がテラーでも耐えられない。
「いやです、もう余裕がありません。」
テラーの要請に一切迷うことなくミューゼは断った。
「拡大すればよかろう?」
「これがわたくしの限界なんです、欲しいならご自分でやってください。」
正直たとえこの低魔力環境でも今のギリギリ二人入れるぐらいの大きさの障壁がミューゼの限界とは思わないが、ここでわざわざばらしてミューゼの好感度を下げるほどわたしはバカではない。
「申し訳ございません、前もって片付けさせておければ良かったんですが...」
ずっとこんな環境で生活していてなれているのか、マティアスはまるでほこりなど存在しなかったかのように嫌な表情一つしなかった。
「急なことだし、気にすることはない。」
「本当は普段から清潔に保てることができれば良いのですが、残念ながら人手不足でここまで気を配ることができませんでした。」
ミューゼがどうしても譲らなかったので、テラーが仕方なく文句をぼやきながら自分で障壁を作ってから、わたしたちは部屋の奥へ進み始めた。
「そう言えばここって今何人ぐらい住んでいるの?」
「この庇護所のことですか?おおよそ三百人が住んでいます。」
三百人、ちょっと多いのか少ないのか微妙な数字だな。
「ちなみに最初の時、二千年前はどれぐらいいたの?」
「詳しい数字はわかりませんが、数万人はいたと思います。」
「数万?!ここに数万人も住めるの?」
想像よりずっと大きい数字で驚いた。
「はい、この庇護所、最初の時は今の数十倍も大きかったんですが、命神さまの残した力が衰えていくとともに外周から空間が崩壊し始めて、もし今回聖女さまがいらっしゃってなければ、我々も百年後にはこの庇護所とともに葬られるのでしょう。」
「そうか、じゃ案外君たちは運が良かったんだね。」
ユナのことといい、ここのことといいいろいろタイミングが良すぎた気もするが、さすがに気のせいか。
「はい、大変感謝しております、あ、こちらです。」
そう雑談しながら我々はとある扉の前に辿り着いた。
トットット。
「ヨドじぃ、開けてくれ。」
結構力の入ったノックのあと、マティアスは大声で叫んだ。
バーン。
「聞こえておるわい、小僧、何をっ、これはどういうことじゃい?」
中からドアが同じく暴力的に開けられた後、一人の見た目からかなり年の取った爺さんが現れた。
「聖女さまがいらっしゃいましたので、地下に案内しようと思って...」
そう答えながらマティアスはわたしの方へと手を伸ばした、それを見てわたしも挨拶代わりに軽く頷く。
「聖女?」
マティアスの紹介を聞いて他の住人たちと同じく跪いたりと恐縮するかと思ったら、むしろこっちに近づいてきて、目を細めながら自分の顔を見つめた。
「ほう、たしかに伝説の風貌と相違はないな。」
「でしょう、封印も解除してくださって、ほんとうにっ。」
このヨドじぃという老人とかなり親しい関係なのか、マティアスの今までの堅苦しい口調がだいぶくだけた。
「それとこれは別だ!封印を解除してくれたのはたしかにありがたい、お前たちも崩壊とかに怯えずに済んだんだろう。」
近づくマティアスを一瞥し、老人は再びこっちに振り向く。
「だが、それとこの人を聖女として認め、地下に連れていくかどうかは関係ない。」
「わたしを聖女として認めないと?」
鋭い目つきで見上げてくる老人に対してわたしは冷たく言い放つ。
「いいえ、わしに聖女を見分ける力はないし、認める資格もない。」
「そう?ならっ。」
正直老人の言葉を聞いてほっとした、マティアスは聖女の試練を通過すれば聖女と言っていたが、本当にそれだけでいいのか怪しいし、そもそも自分はオリジナルのカルシアですらない、蘇った体に他人の魂をぶち込んだキメラだ、もし本物を検証するテストでもあるのなら正直パスできる自信がない。
「だが、神に教示を乞うことはできる。」
まるでわたしは偽物だと嘲笑うように、老人は口角をすこし上げてそう言った。
「ならやるといい。」
ここまで来たらもう引く道はない、それにたとえ失敗したとしてもこの人たちに我々を追求する力はないだろう。
「ほう、ならついてこい。」
そう言って老人は踵を返し、部屋の中へと向かった。
「申し訳ございません、ヨドじぃはずっとそんな感じ、本当頑固で...」
「構わない。」
こいつも本当はテストしてみたかったんだろう、そうでなければあの爺さんをどうにかする方法などいくらでもある。
「ありがとうございます!では参りましょうか。」
数百人とはいえ人をまとめ上げたやつは単純なやついないなっと感慨しながらわたしは部屋の中へと向かった。
部屋の中はこんなところで長年引きこもっている人のものにしてはかなり整理されているものだった。
本や雑物は多いものの全部整理整頓されていてごちゃごちゃな感じはしない、ほこりもほとんどなく、部屋の外とはまったく別の世界のようにクリアに見えた。
「ここならもう障壁は必要なさそうだな。」
「そうですね。」
障壁を止めて部屋の奥でガサゴソなにかを探してる老人に近づく。
「これだ!さあ、これに手をかざせ。」
老人はドでかい棚の引き出しからなにかの台座のように形をした魔道具を取り出し、机の上に置いた。
「かざしたらどうなるの?」
「わからん。」
「はあ?ふざけてるのか?」
「ふざけてなどいない、こやつは資格のあるものにしか反応しない、わしが触ってもなにも起りはしないからわからん。」
「つまりこれが壊れているかどうかも分からないし、もし触ってなにか危険が起こったとしても承知しないと?」
肩をすくめる老人にわたしは問いただした。
「ああ、もしそうなったらお前の運が悪かったということだ、ふ、いやなら帰っても構わんぞ。」
「お嬢さま、危険を冒す必要はないです、やめましょう。」
老人の言葉を聞いてミューゼは心配そうにわたしの腕を掴んだ。
「大丈夫だ。」
わたしはただ首を横に振り、もう一つの手を台座にかざした。
次の瞬間、わたしの視界は白く染まった。