第 12 話
「ほう、なかなかいい訓練場だね。」
魔術の試し撃ちのためにリリアとミューゼを連れて訓練場にやってきた。
かなり広い訓練場だが今は私たち三人しかおらず、静まり返っている。
「リリア、ここは普段からこんなに空いているのかい?」
「いいえ、普段は王宮の衛兵たちが訓練したりしてます。今日は聖女がお使いなるとのことなので、人払いをさせていただきました。」
マジか、聖女パワーすげーな、言い出してから一時間も経ってないのに、こんな広い場所を一銭もかけずに貸し切りできるとは、権力気持ち良すぎだろう。こんなことされると権力欲に溺れて逃げにくくなっちゃうじゃねえか。おのれ、リリアめ、恐ろしい子や。
「じゃ邪魔にならないように、早速始めようか。リリア、とりあえず使い方の説明よろしく。」
「はい、ではまず刻印石について説明させていただきます。刻印石とは名前の通り、術式を刻印された原素石のことです。」
「術式をこんな小さい原素石に刻むのか、簡単なのはまだしも、上級魔法とか千をも超える複雑度の術式を小さい原素石に刻むのか?」
「はい、ですので精神力を使って刻印します、複雑な術式はもちろん、同じ石に複数の術式を刻印する場合とかも原素石の形に合わせて術式調整する必要が来てきたりしますのでかなり難しい作業ですが、そのおかげ、というべきでしょうか、刻印作業は精神力の鍛錬効果もあります。」
なるほど、つまり現代の魔術師は精神力の繊細な作業が得意と。
「もちろん刻印の作業はかなり時間がかかりますので、一般的な魔術師は自分の得意とする魔法数個しか刻印しません、汎用魔法は必要なときだけ専門の刻印師に頼んで刻印石を直接売ってもらったりします。」
うーん?
「いや、あんまり使わない魔法は普通に魔導器なしに発動すればいいじゃないか、なぜまた刻印など?」
「それは...」
リリアはミューゼの方を見たが、すぐこっちに向き直り、口を開く。
「原因として二つあります、一つ目はそもそも魔導器なしに魔法使える人間が少ないからです、魔導石の魔力を頼らなければ魔法発動するための魔力を賄えないので、魔導器なしの古式発動なんて無理です。二つ目は古式発動を学んだことないからです、今はどの学校も魔導器ありきの発動方法しか教えてません、たとえ高い魔力量を持っていたとしても、わざわざ長い時間を費やして古式を学ぶ理由は薄く、付け焼き刃で発動失敗のリスクを負うより刻印石を買ったほうが効率的だと判断する人がほとんどかと。」
まあ、たしかにな、地球でスマホやネットが出て、わざわざ手紙を書く人がほとんどいなくなったように、新しい技術の出現は古い技術の淘汰につなぐ、当たり前のことだ。ただ...
「それって戦う際相手に魔導器を奪われたら為す術なくなっちゃうでは」
「その通りです、実際相手の魔導器を破壊または奪取する戦術はあります、ただ当然狙われる側もそれに警戒しますし、予備の魔導器を持ち歩いたりしますので容易ではありません。」
なるほど、時代の変化とともに戦術形態も変わってきますから、聖女の記憶だけでこの世界を生きていくのは危険のようだ、やっはり、念入りの準備をしてから逃げたほうがいいな。
「そうか、悪い、説明続けて。」
「はい、では続けさせていただきます、先ほども言及しましたが、一つの原素石に複数の魔法の術式を刻印することはできますが、刻印する魔法、原素石の大きさ、刻印者の腕によって数が違ってきます。」
そう言ってリリアはポケットから彼女の拳と同じぐらいの大きさ刻印石を取り出し、わたしがよく見えるように目の前に出してきた。
「例えば、わたくしの腕なら、このような大きさ刻印石の上に下級魔法を三つ刻印できます。」
「それだと上級は...」
「はい、無理ですね、もといわたくしには上級魔法は制御するほどの精神力はありませんので、刻印石あっても無理ですが、刻印は個人の才能や努力以外に、精神力の強さも大きく関わってますので、上級魔術師になれば、わたくしでもこの石に上級魔法を刻めるかもしれません。」
刻印の腕がよければより上位の魔術をより多く刻印できて、それによって戦術の幅も広がるというわけか。
あ、ちなみに上級、下級とかというのはこの世界の魔法の術式の複雑度による分類法である、複雑度とは使用される基礎術式の数だ、下から下級、中級、上級、それぞれの複雑度の範囲は五十から百、百から千と千以上となる。
複雑度五十以下のものは正式には無級魔術というが、游術ーーお遊びの術と馬鹿にされることもある。
それ以外にもこの分類法の型に嵌めることができない奇跡と神域級魔法があって、これらすべてがこの世界の魔法体系を構成している。
このように、奇跡と神域級魔法以外の魔法は上に行けば行くほど術式の構成が複雑になり、石に刻むことが難しくなるわけだ、地球の半導体チップのようにナノメートル単位に刻まなければいけないかもしれない。
「なるほど、刻印自体は時間かかりそうだから、とりあえず発動する手順だけ見せて。」
「はい、では下位魔法の水槍を、まずこの水槍の刻印石を魔導器に入れます、続けて精神力で魔導石の魔力を水槍の術式に流させます、あとは術式通りに作用させれば...」
シュー、ドン
リリアの魔導器の先端から水が槍のように高速に噴射され、遠くにある的を撃ち抜いた。
うん、たしかにこれだと術式構築や詠唱などの手間が省けて、魔力の消費もかなり抑える、唯一の問題は精神力への負担が大きくなったが、まあ、得るメリットに比べたら小さな対価だ。
「たしかに簡単そうね、その刻印石貸してくれる?」
「もちろん、聖女の望みであれば差し上げますが、わたくしめの作った刻印石など聖女さまの初めての魔導器使用にはふさわしくないと存じます、こちらに聖女さまのためにグレンさまが用意してくださった刻印石がありますので、どうぞこちらをお使いください。」
そう言いながら、リリアはミューゼからある箱を受け取り、そのまま開けて見せた、その中には中位から上級まで十数個の刻印石が並べてある。
用意周到だけど、こちらとしては失敗したらメンツ丸潰れだから、下級魔法の方がいいんだけど。
はあ、仕方がないか、無理に要求したら逆に怪しまれる。
箱の中から一番詳しい中位魔法、<発火>の石を手に取り、腕輪にはめる。
「ちょっと変な感じだね、これ。」
念のために失敗した時の言い訳を先に出しておく。
手を上げ、遠くにいる的をめがけて精神を研ぎ澄ます。
魔力を制御し術式を発動してー、よし。
予兆もなく突然燃え盛る五十メートルぐらい先の的を見て心の中でガッツポーズをする。
「さすが聖女さまです、他の魔法も試しましょうか、この訓練場なら上級魔法を使用しても問題はないと思います。」
いやいやいや、さすがに上級は一発で発動できる自信がない、どうしょう。
「いや、もういい、それより刻印を試してみたい、原素石と刻印に関する技術の資料を用意してくれ。」
やっぱり逃げるのが勝ちですわ。
「あ、はい、かしこまりました。」
なんかちょっとがっがりしてない?
「どころでミューゼ、ずっと黙ってるけど、大丈夫か?」
ごめん、ミューゼ、ちょっとダシにさせてもらうわ。
「え、あ、聖女さまの凛々しい姿に見惚れただけですので、大丈夫です。」
「そう、そうか...」
すこし恥ずかしい...
わたしはどうやら外見を褒められることにまだ慣れていないようだ。