第 127 話
「ここが例の遺産があるところなのか?」
住人の驚愕な目線と噂話をくくりぬけ、わたしたちは一つ巨大なフェンスにたどり着いた。
フェンスとはいうものの、すでにボロボロで、あっちこっち崩れていてフェンスとして機能しているのかかなり怪しい。
「はい、もうすこし歩けば入り口に着きます。」
「ここからでも入れそうだけど?」
フェンス、正確に言えばフェンスだったものに空いている穴を見てわたしは聞いた。
「こちらからは罠が張られていますし、かなり汚れていますので、あんまりおすすめできません。」
「そう?見た目の割には案外ちゃんとしてるんだね。」
「一応三番目重要な場所ではありますので。」
「三番目?一番はさっきのホールだろうけど、二番目はどこ?」
マティアスの言葉にすこし引っかかるところがあったので、そのまま聞いてみることにした。
「食料工場...という感じの場所です。」
それはたしかに重要な場所だが...
「そう言えば、ここに来る途中で植物など一切見かけなかったんだが、君たちどんなもの食べて生きてきたんだ?」
「それは...あんまり聞いて気持ちいいものではありませんが、興味おありでしょうか?」
「それぐらいはある程度予想はつく、言ってみてくれたまえ。」
ここは言わば封鎖された町だ、こんなとこの食べ物なんてどうせろくなものじゃない。
「うーん、簡単に言えば排泄物や死体を使って飼育した虫型魔獣です。」
かなり簡潔でまとまった返しですが、それでも聞いたミューゼがかなりやばい顔になった。
「大丈夫か?」
もちろんわたしやテラーは表情一つ変えていなかった。
「大丈夫ですぅ。」
「おい、小僧、お前ら魔獣食って大丈夫なのか?」
わたしがミューゼの心配をしている間、ずっと上の空だったテラーが突然口を開いた。
「え?はい、もちろんです、子供の頃からずっとそう食べて来ましたので。」
「それ本当か?そこ動かないで。」
あんまりにも興味深い話が出たので、わたしは思わず口を挟んだ。
「え?はい。」
ピンっとこわばるマティアスの肩にわたしは手を乗せ、そのまま魔術を発動して彼の体を調べた。
「これはっ、面白い。」
調べた結果はわたしの研究意欲が一気に湧き上げさせるものだった。
マティアス体は外界のスピーア人とは内臓から魔力性質までまったく違うものだった、二千年の地理的隔離があったわけだから当然っちゃ当然だが、問題はマティアスの魔力と精神力の性質もかなり魔獣に近づいている、はっきり彼がこのまま外の町に行ったら絶対入城チェックに引っかかるレベルだ。
「興味深いな、他のオンフィア人はどうなっていたのだろうか。」
正直この世界にきてからは新鮮なことがいっぱいで、当の昔に忘れ去ってしまった知識欲というものを思い出させてくれた。
当然、これもカルシアの記憶の影響という可能性を捨てきれないが、悪い影響ではないし、個人的このわくわくな気持ちも嫌いではないので、甘んじて受け入れている。
「...お嬢さま?」
すこし考え込んでしまったのか、ミューゼが顔を覗き込んできた。
「どうかなさいました?」
「いや、なんでもない、ちょっと面白い現象だったので研究したくなっただけだ。」
至近距離の美少女顔にすこしドキッとしながらも何事もないように振る舞うわたし。
「さすが聖女さま、研究熱心じゃのう~」
「からかってるのか?」
ミューゼの口から出たら素直に喜べる言葉だが、テラーから言われるとなぜか嫌味に聞こえてしまう。
「さて、どうかのう~」
「はあ、どうでもいいからさっさと進もう。」
マティアスの言葉の通り、すこし進んだら四人は入り口にたどり着いた。
入り口とはいうものの、見た目的フェンスに空いた大きな穴と言われても違和感はないぐらいボロボロ。
たぶんここ昔には金属制の扉があったんだろうけど、今やひどく腐蝕され、変形したフレームしか残っておらず、その扉の代わりになにかしらの毛髪で編まれた縄がそこに張られていて、縄の下には褪色した文字が書かれている札が吊るされている。
「立ち入り禁止か、ふっ。」
目の前のまるで一昔前のミステリーアニメで出てくる辺鄙な村の禁足地のような光景にわたしは思わず笑ってしまった。
「この文字読めるのですか?お嬢さま。」
ミューゼは腰を曲げて札の文字とにらめっこしながらそう聞いた。
「ええ、すこしはね。」
聖女の試練を解明するためにいろいろ勉強したし、千年前は今と違ってまだ神代の文字の資料がそれなりに残っていたから、カルシアは神代の文字、特に命神教徒の間で使われている文字に結構詳しい、さすが発音まではできないけれど。
「さすがです。」
「ふ、さあ、そろそろ入ろうか。」
さっきテラーのと同じ言葉を口にしたミューゼの頭をやさしく撫で、指でその髪のなめらかさを感じながら、わたしはマティアスにそう言った。
「はい。」
そう言ってマティアスは一個の鈴を取り出し、軽く揺らした。
その数秒後、鈴からなにかを感じたのか、彼は縄をボロボロのフレームから外し、率先してフェンスの中に入った。
自分たちもついていくと、外のフェンスとお似合いのお化け屋敷のような建物の前につく。
ぎぃぃぃい。
極めて耳障りのギシギシ音のあと、建物ドアが前触れもなく開き、その中の真っ黒の空間が目に入る。
「どうぞ、こちらへ。」