第 126 話
「お心遣い感謝いたします、聖女さま。」
原住民のリーダーの男が仕事を手下に指示したあと、再びわたしたちのところに戻って感謝を述べた。
「感謝はいらない、そっちもいろいろ大変だったろうし、案内は別に他の人にでもかまわないよ。」
本人は今にでも宝物庫に案内しますって勢いだったが、さすがに手下に指示を出す時間ぐらい与えないと後でいろいろ問題起きそうなので、まずはそっちの仕事を終えるようにと言った。
「いいえ、こんな大事なこと、他の人には任せられません、それに、場所も場所ですのでわたくし以外の適任はあんまりいません。」
「なるほど、では頼むよ。」
「はい、任せてください、聖女さま。」
そう言って男は前を歩き始めた。
「そういえば君の名前まだ聞いていないが...」
「これは失礼いたしました、わたくしはマティアスと申します。」
男、マティアスは振り返ってこっちに一礼をして自己紹介をした。
「マティアスね、わかった、わたしのことも聖女ではなく、エリスと呼んでください、わたしはもう聖女ではないので。」
「それは...」
「聖女ではないし、今の命神教にもなんの権力もない、こ、仲良くするならこっちの人とした方がいい、彼女はこの神拓界の出入口のいる町の統治者だ。」
隣で退屈そうにしてるテラーを自分の近くに引き寄せ、わたしはマティアスにそう紹介した。
「え?そうじゃ!」
「そうですか、それはたしかにとても大事ですが、聖女さまが我々にとって一番重要な人であることは変わりません。」
「だからわたしは聖女ではっ。」
「先程聖女は自分が聖女の力を受け継いでいるとおっしゃいましたよね、それはつまり聖女の試練を通過したということでよろしいですか?」
マティアスははじめてわたしの言葉を遮って詰めてきた。
「ええ、一応は。」
してないと言いたいところだが、向こうはわたしに事実確認しているというよりただ事実を述べたという感じなので、隠して無駄だと悟って本当のことを言った。
「なら聖女、エリスさまは我々の聖女さまです、今の命神教での地位がどうであろうと、我々には関係ありません。」
マティアスの揺るぎのない目を見て、わたしはいろんな考えを巡らせた。
正直ここまで尊敬されて悪い気はしない、しかし、隣に明らか自分たちの未来に大きく関わっているテラーがいるにもかかわらず、何の権力もなく、実力もテラーに劣っている自分にこうも媚びを売ってくるのはよっぽどの狂信者か、何らかの内情があるに違いない。
「聖女の試練か...」
この大陸に自分よりこの試練に詳しいやつはいないと思っていたが、どうやらまだまだ謎だらけだ。
「君らがそう思いたいならわたしにそれを止める理由はないが、それでわたしになにか聖女としての義務を要求できるとは思わないことね。」
「はい、もちろん心得ております。」
一応釘を刺しておいたが、これで安心できるとは思えない、どっちにしろ相手が何かしら動かないとこっちは対応しようがないから、静観するしかないが。
「なら案内続けてくれ。」
「はい。」
同じく一礼をしてマティアスは踵を返した。
彼の後ろについて巨大建築のホールを通り、わたしたちはついに出口の前に立った。
マティアスの命令のもとに、この建築に比例した無駄にデカい扉がゆっくりと開き、ついにこの神拓界の景色はわたしたちの目に映った。
「これは...いったい。」
どんなすばらしい景色が見れるのかすこしわくわくしてたわたしの目に映ったのはとんでもなく寂しい光景だった。
建築物はよくてもかつてラスタリア王都の地下街で見たものを思い出させるほどのぼろくて形の整っていないものばかりで、悪いものはもはや建築物とも呼べるかどうかも怪しいような廃墟、そしてそんな建築物が散乱している中、なぜか草木や花などの植物が一切生えていなく、加えて空からの光がかなり弱く、町全体がまるで灰かぶっているように見えた。
いや、見えただけではなく、実際かなり埃っぽく、浅い呼吸でも噎せ返ってしまうよう感じがした。
このやばい空気状況を魔術でなんとかしようとした時、後ろのミューゼが一歩先に反応して、風を吹かせた。
「お嬢さま、ここの魔力濃度が...」
前に一歩進み、わたしの前でバリアを張ったミューゼはなにかに気づいた。
「ああ、低すぎる、これはどういうことだ?マティアス。」
「これが今の我々の生存状況です、二千年前あくまでも一時的な庇護所として造られたここは我々の生活を二千年も支え続けるのは無理でした、実際、記述によれば我々の先祖がここに入って五十年経ったごろにはもう魔力濃度が低下し始めてました。」
「じゃ君たちはどうやって生き延びたの?」
わたしの質問を聞いてマティアスは振り返って後ろにある建物を指した。
「このホールです、正確にはこの中にあった封印術式のおかげです。」
彼と同じく振り返ると中身と見劣ることのない立派でキラキラした建物があり、この灰色の世界にはあんまりにも異質的で、昔インターネットでよく見る雑コラみたいだった。
「封印術式...まさかあの術式から力を吸い上げていたのか?」
入る前に術式の突然の暴走、入ったあとに見たあの巨大装置、そしてマティアスが言っていた神の恩典、すべてが繋がった。
「はい、魔力濃度が低下し始めた頃、我々の先祖が研究を重ねて神の恩典と呼ばれる装置を造り出しました、その装置は封印術式から力を吸い上げ続け、二千年もの間我々を生かしてくれました。」
「それほどのことができるのであれば、封印術式を解除することもできたはずだが、なぜ?」
マティアスは首を横に振った。
「先祖たちはなぜそうしなかったのかはわかりませんが、我々はそうしたくてもそれを実行する力が残ってません。」
マティアスの実力はせいぜい中級魔術師で、こんな環境のなかでそこまでなれるのは正直相当すごいとは思うが、封印術式を解除するにはまだまだ程遠いだろう。
「まあ、安心しなさい、準備ができたら君たちもここから出られる、こんなところとはおさらばだ。」
一応外界との連通の衝撃で崩れないために今入り口のところにはわたしが施した封印がある。
そしてこのことはこいつらが変な気を起こさないためにすでに伝えていた。
「はい、ありがとうございます。」