第 124 話
「テラーさま大丈夫なんでしょうか?」
テラーが封印の向こうに消え、こじ開けた入口も閉じた後、ミューゼがそうつぶやいた。
「うん?テラー、さま?さっきのはユナじゃないのか?ってかいつの間にかそんなになかよくなった?嫌いだったじゃん。」
「はい、ミューゼです、ユナさんはまだ寝ています、テラーさまはただついてこられるのがいやというだけで、別に嫌いなわけではございませんよ、それに...」
マジか、てっきりユナかと思ったのに、さすがにあれだけ一緒にいるとミューゼもグレてしまうのか、母ちゃんかなしいよ。
「それに?」
「もし暴走を止めることができなかったら、わたくしたちは逃げられますが、テラーさまも封印された人たちもこの町の人も逃げられませんので...」
「たしかに、とは言ってもわたしたちにできることはテラーを信じて待つしかないけどね。」
一方、封印内。
神話時代の宗教建築のような豪奢な建築様式を持つ巨大な建築物の中で、石造の内壁に無数の複雑な模様が描かれている。
その模様の線の流れを辿っていくとすべての模様が建物の奥にある巨大な円環状装置につながっており、円環の真ん中にはこの大げさな装置にふさわしい術式が浮かんでおり、その存在感を示すように光り輝いてる。
そして、その術式の前にテラーが姿を現した。
「聖女さまも人使いが荒いのう、付き合うこっちの身にもなってほしいのじゃ。」
虫から人の姿に戻ってテラーはさっそく文句を垂らした。
封印に入る前のテラーと打って変わって今のテラーは怯えるところか、むしろ自宅のベッドにでも寝ているかのように緊張のきの字もないような表情をしている。
「さて、そろそろ仕事するかのう。」
魔術で作られた水鏡で変形後の顔を確認したあと、テラーは目の前に自分を囲った人たちに向き直った。
「オンフィアとスピーアか、どうやら命神の遺跡というのは間違いなさそうじゃな。」
「△□※◯▼×□※!」
囲まれて武器を向けられても吞気なテラーに封印された人たちはなにかを怒鳴った。
「はあ?どうでもいいじゃが、これを一旦止めなさい。」
「●◆■、△□※◯▼×□※!」
「言葉が通じないか、どうしたものかのう、妾は精神魔術が苦手じゃが。」
二千年前の大崩壊で多く命がなくなって、それに伴い、多くの言語も歴史の闇に葬られた、その上に大崩壊後の暗黒時代に魔術を開拓した伝説の魔術の祖の言語統一の政策で、今の大陸には一つ言語しか存在しないといっても過言ではない。
千年も生きてきた神獣として、テラーの持つ神代の言語についての知識はゼロではないんだが、なんせ長い間使ってなかったので、ほとんど忘れてしまっている。
「ええと、これ、止める、停止...」
「△□×□※!」
円環装置を指差しながら、自分の思いつく限りの神代の言語で交流を試みるが、向こうの敵意は依然として変わらなかった。
「やっはり力づく以外方法はないのか、聖女さまの役に立てそうじゃから残しておきたかったじゃが...」
さすがにこれ以上時間を無駄にするわけにはいかないと判断し、暴力で問題を解決しようとテラーが決心した時、囲ってきた敵の群れがすこしざわめいた。
そして、目の前の敵が掻き分けられ、その後ろから一人の男性が現れた。
男性はスピーア人でお世辞抜きでもイケメンと言える風貌である、まあ、スピーア人はほとんど美男美女なので、彼らからしたら普通かもしれない。
「△□※。」
テラーに向かってなにかを言ったあと、男性は一つの魔道具を彼女に投げた。
「これは?」
投げられた魔道具を受け取り、まるで警戒という文字を知らないようにテラーは迷うことなく魔道具に精神力と魔力を注入した。
「今なら我々の言葉理解できるようになりましたかね。」
「ほう、面白い魔道具じゃな。」
突然向こうの言葉に意味が分かるようになり、テラーは思わず感心した。
「魔道具、ですか?」
「もしかして魔道具じゃないのか、いや、それはどうでもよかろうなのじゃ、とにかくそのおかしな装置すぐに止めるのじゃ。」
「おかしな装置?これのことですか?残念ながらこれは我らの生命線なのでそう簡単に止めるわけにはいかないのです。」
テラーが指さす方向を見て、男は首を横に振った。
「生命線?その生命線とやらを止めなければお前ら全員死ぬんじゃぞ。」
「それはまことか?」
「噓ついてなんの得があるというのじゃ?」
「たしかにおっしゃる通りで。」
そう言って彼は顔を隣の人に向けた。
「井戸を止めなさい。」
「△□×※?!」
隣の人は彼の言葉に驚いたのか、かなり焦った様子だった。
「命令に従え。」
命令を拒否されたのか、男はさっきまでの穏やかな雰囲気から一変して、ドスの効いた声で命令した。
その声にビビったのか、命令された人はすぐ装置のほうに走った。
「いいのかい?そんなに簡単に信じて。」
「お客さんが我々を騙すためにこんなところまでいらっしゃるとは思えませんので、それに...もし拒否してお客さんと戦うことにでもなりましたら、我々に勝ち目などありませんから。」
「ふーん、見る目はあるようじゃのう。」
戦わずに任務を完遂できそう、テラーもすこしご機嫌になった。
「ええ、恥ずかしながら、この目だけが取り柄ですので。」
「そんなことはっ。」
ご機嫌なテラーが事をスムーズに運んでくれた男を褒めてあげようとしたところ、円環装置及び装置に繋がる模様に流れる光が一瞬で消え、それに伴って神術式の光が一層強くなった。
「これで大丈夫でしょうか?」
「ええ、あとは待つのみじゃ。」
「待つ、のですか?」
「うん、聖女さまがうまくやってくれるのじゃろう。」
そう言ってテラーはその場で椅子を作り出し、ポンと座った。
「聖女さま...」
男はそう小さく呟いたが、それ以上聞くこともなく大人しく黙って待つことにした。
そして、数十分後。
ずっと強い光を放っている神術式がまるでバッテリーの切れた懐中電灯のようにどんどん光が弱くなり、数秒もしないうちに光が消え、さっきまで凄まじい存在感を放っている術式が空気に溶けていった。
「よくやったな、テラー。」
生まれてからずっと見てきたものが目の前の消えたことを感慨する暇もなく、消えた術式の向こうから声が響いた。