第 122 話
トット。
薬師からもらった病室の番号に沿ってナディアーナたちはナナの病室のドアをノックした。
「入ってください。」
病室の主からの入室許可を聞いてリリアがドアノブに手をかけたところ、袖がナディに引っ張られた。
「どうしました?」
「リリ姉、入ったらリリ姉が質問して、あたしは黙ってるから。」
何とも言えない微妙な表情でナディはリリアにそう頼んだ。
「どうして?」
「あたしが聞いたらたぶん失礼なことを口にしそうだから。」
「へえ、あなたにしては珍しい気遣いですね。」
恥ずかしそうに指で頬をすりすりしながら理由を告げたナディに横のラフィニアは容赦なく皮肉った。
「あたしをなんだと思っているのよ、あたしだってそれぐらいは...」
「わかりました、わたくしから話します。」
ナディが言い返して、また言い争いに発展しそうな時、リリアが口を開いた。
そう言ったあと、彼女は返事を持つこともなく、すぐドアノブを回して病室の中に入った。
当然これ以上の口喧嘩はできなくなったので、ナディはラフィニアに変顔をしたあとにリリアのあとをついていた。
そんなナディを見てラフィニアもただ首を横に振りながら笑ったあと病室に入り、ドアを閉めた。
病室内。
「わたくしたちはっ。」
病室はよくあるもので特筆すべきところはほとんどない、唯一語る値するのは病室の真ん中のベッドに「座っている」女の子だ。
大怪我を負ったばかりが原因か、やせ細っていて顔も血色がかけているが、それでも美人だと感じてしまうような顔立ち、むしろ血色がないからこそ病的な美しさがあるぐらいだ。
「軍の人たちでしょう、話は聞いていますわ。」
さっき薬師から聞いた話が噓だと疑ってしますぐらい、彼女は落ち着いた口調で話した。
「こんな状態なのでおもてなしはできませんが、どうぞ座ってください。」
自分の下半身を指して、彼女はそう言った。
その指の先には白いシーツに覆われた彼女の下半身があるのだが、その白いシーツにあるはずの隆起がなかった。
「いいえ、おもてなしなんて、むしろお邪魔して申し訳ございません。」
そう言ってリリアは病床の横にある椅子をとって座った。
「では、長く時間をとってしまうのも悪いので、早速始めましょうか。」
「はい、どうぞ何でも聞いてください。」
「ありがとうございます、では襲撃された日のことを一度詳しく聞かせてもらえませんか?」
なんでも聞いてとは言ったものの、リリアの質問を聞いてナナは黙り込んだ。
「あのう、もしお辛いでしたら...」
「いいえ、そういうわけでは...ただ自分の知っていることはそんなに多くないといいますか。ただ夜中寝ている時にサイレンが鳴って、それで明け方に連邦軍が村に入って来て、わたしたちは魔術で家から覗いてたけど、連邦軍たちが村人を虐殺しはじめて、それであわてて地下室に隠れてたら、誰かが家に入ってきて、マっ、母がわたしたちに隠れるように言って自分一人で地下室を出て、ですぐおにっ、兄も様子見に行くと言い出したから、わたしもついていくと言って...」
「言って?」
語りを止めるナナにリリアが思わず聞いたが、ナナは首を横に振るだけだった。
「そのあとのことはわかりません、たぶん兄に眠らされたんだと思います。」
「そうですか、では目が覚めたあとは...」
リリアの言葉でナナは黙り込んだ。
そんなナナをリリアは急かすことなく、ただ、待っていた。
「実はそこもあんまり覚えていないんです、特に兄の...兄が倒れていたのを発見したあとのことは...」
「どうやってアンフィラック村から脱出できたのも覚えてらっしゃらないですか?」
「はぃ、すみません、その辺りの記憶がすごくぼんやりしていて...」
申し訳なさそうにナナは俯いた。
「いいえ、ありがとうございます、そうであれば、一応こちらからの質問は以上ですが...」
「待って!」
リリアたちがもう帰ると思ったのか、ナナは声を荒げた。
あんまりにも慌てていたせいで、彼女は目の前のベッドテーブルにぶつけてしまった。
幸いテーブルの上には倒れやすいものがなかったものの、足の支えがなくなった彼女は座る姿勢を保てなくなって、滑りながら仰向けになってしまいそうだった。
「お気を付けてください!」
それを見たリリアは当然立ち上がって彼女に手を貸した。
「すみません、ありがとうございます、わたしからも聞きたいことがありますが、いいんですか?」
よっぽど聞きたかったのか、座り直した瞬間、ナナは質問した。
「ふ、もちろんです、ただ我々にも秘密保持の義務がありますので、質問によってお答えかねる場合があります。」
「ええ、それで構いません、わたしが聞きたいのは一つだけ、村を襲撃した部隊はどれで、その指揮官は誰ですか?」
彼女の質問を聞いてリリアは迷った。
正直その情報は機密というほどの情報ではない、ただナナの質問の意図があんまりにも見え見えで、教えていいものなのか、彼女は迷った。
「もしかしてそれも機密情報ですか?」
「ええと、それは...」
「連邦東方面軍第二〇三突撃師団、師団長はトゥアムテフ・ワークスだ。」
リリアが口ごもっている時、後ろにずっと黙っていたナディアーナが口を開いた。
「二〇三、トゥアムテフ...」
それを聞いたナナは何度もそれを繰り返し呟く。
こっちに向いていなくても今まで平静だった彼女の瞳には自分の身すらも焦がすどす黒い炎が渦巻いているのがわかる。
「教えてしまって大丈夫なんですか?」
リリアの疑問にナディアーナはなにも言わず、ただ前に出てナナの肩に手を置いた。
「ナナさん、今回のあなたの情報は我々にとって大変重要な情報だ、なのでもしなにか必要があれば遠慮なく言って。」
「あっ、では足を治してください。」
肩が触れられてはっと我に返ったナナは自分の要望を口にした。
「治療術師がほとんど前線に出張っているので、少々時間がかかるんだが、問題っ。」
「なら義足を付けてください、できるだけ速くお願いします!」
問題ないと言おうとしたところ、ナナに遮られた。
「本当にいいのか?この機会を逃したら、あとで治療しようとしたら医療費が...」
「大丈夫です、お願いします。」
ナディアーナはまだなにか言おうとしたが、ナナの目を見てまたその言葉を飲み込んだ。
「わかった。」
そう言って彼女は振り返り、病室のドアに向かう。
「二人はここで待ってて、掛け合ってみるから。」
「掛け合うってっ、はあ。」
リリアが言い終わるまえにナディアーナはすでに病室から出て、彼女は仕方なく言葉を飲み込んだ。
約三十分後。
「ただいま。」
「なっ。」
なにか言おうとするリリアを制止して、ナディアーナはまっすぐナナに向かった。
「あなたの要求は通った、数日後には義足で立ち上がれるようになるのだろう。」
「ありがとうございます。」
ナナの感謝の言葉にナディは首を横に振りながら、折り畳んだ一枚の紙を取り出した。
「これ、あとで読んで、それからどうするか考えて、あなたの家族の犠牲が無駄にならないためにもね。」
紙をベッドテーブルに置き、ナディアーナはそのまま踵を返し、病室の外へと向かった。
「さあ、帰ろう。」