第 121 話
「う、うーん、はっ、おにぃ!」
自宅の地下室の秘密の部屋の中でナナは眠りから目を覚めた。
すぐに自分の周りを見回して兄の姿を探したが、当然こんなギリギリ三四人が入れるかどうかの場所に隠れるところなんてないので、見つかるはずがない。
兄の姿が見えなかったナナはすぐ体を起こし、横の壁にあるロックも外してその壁を力いっぱいで押した。
しかし、壁の向こうになにかが塞がっているのか、ナナの思うように動かなかった。
「もう!」
イライラを発散するように拳で壁を叩きながら、ポケットから魔導器を取り出し、自分に身体強化の術をかける。
「ひーらーけ!」
強化されたナナは体全体で壁に思いっきりぶつかり、なにかが落ちたような巨大な音とともに、壁がバラバラになり、ナナもその勢いのまま前に倒れた。
「こほ、こほっ。」
強い衝撃で舞い上がったほこりがナナの気管を刺激した。
「うっ、痛っ!」
立ち上がろうとするナナに足からの強い痛みが襲った。
地面に落ちた木の破片が彼女のふくらはぎを思いっきりぶっ刺さったのだ。
本来ならここで手当をするのだが、眠りにつく、いや、眠らせられる前の状況を思い出した彼女は歯を食いしばって無理やり立ち上がった。
「おにぃ!どこなの?!ママ?!」
そう叫びながら、ナナは地下室を見回した。
まるで強地震にでも荒らされたかのように地下室はめちゃくちゃだった。
食料や雑貨が置かれた棚は倒れ、床にはガラスや木の破片に覆われた、それだけでなく、天井を支える梁の一本が折れていて、密室のドアの前に落ちている。
たぶんさっき密室のドアを塞いだのはこれだろう。
「いない...うっ。」
地下室に誰もいないことを確認して、ナナは足を引きずりながら階段を登った。
地下室から出て彼女が目にするのは半分廃墟と化した家だった。
左側の本来二階へと続く階段は崩れ落ち、目の前に家族みんなで作った思い出の品がおかれた棚は変形し、ものたちはぐちゃぐちゃで、床に落ちた家族の写真のは誰かに踏まれたのか、ガラスにひび割れて汚れがついている。
生まれた時からずっと住んでいた家のこの状況はナナにとってかなり衝撃的な画面だが、彼女は足を止めることなく、右側に曲がって壁に手をつきながら廊下を歩いた。
「あにぃ!返事してぇ!」
そう声をあげながら玄関までたどり着くと彼女の目の前に映るのはかなり惨い死体だった。
普通だったらここで悲鳴をあげてもおかしくはないのだが、ナナはまるでそんな死体が存在しないかのように何の反応もなかった。
なぜなら死体はあきらか自分の家族ではなかったからだ。
「商店街のおじさん?なんて?」
足が痛いせいでその死体を避けて歩かなければ行けなくなり、その間死体の顔を一瞬覗いたら、面識のある人だった。
すこし疑問に思ったが、今の彼女にそんなことを考える余裕があるはずもなく、ただそのまま素通りした。
そして彼女はリビングのドアの前に立った。
普段開けっぱなしのドアは今まるで「開けるな」と言わんばかりに固く閉じられている。
「おにぃ...」
ものすごく嫌な予感がナナを襲い、彼女は思わず唾をのんだ。
十二分の勇気を振り絞って、彼女はドアノブに手をかける。
フレームの変形でかなり開けにくくなったドアを身体強化によるポワーで無理やりこじ開け、彼女の前に広がるのは彼女が一番見たくない光景だった。
「あにいいいいいいいいいいいいいい!」
クップルスク市、総合病院。
「それで彼女は一人でここまで?」
国王の頼みでパライク市に視察することになったナディたちだが、はじめての軍議でこの村に大事な情報を持ってきた娘がいると聞いて、自ら志願して詳しく話を聞く役目をもらった。
いや、もらったというより奪ったというべきなのか、だってあの場で聖女さまの言葉に反対する度胸がある人がいなかったから。
そして、その役目を果たすために彼女たちは今病院の廊下の隅では一人の薬師と話している。
「いいえ、途中までは一人だったらしいですが、荒野でタスカトラの砦から逃げてきた難民と会って半ば搬送されてきたのです。」
「そう...」
「ええ、その難民の話によりますと、会った時は兄の死体を背負って、ボロボロの足を引きずりながらまるで屍人のように歩いてましたから、連邦軍の追手と勘違いしてかなり怖かったらしいです。」
暗い雰囲気を壊したいのか、薬師は面白い話を披露してみたが、誰一人笑うことができなかった。
「それでもかなりの距離じゃ、その距離の荒野を一人で...」
自分の過去の経験と重なり、思わず同情してしまうナディ。
「ええ、彼女最初に怪我したのは一本の足ですが、そのせいでもう一本の足も...とにかくここに来た時はもう我々の力ではどうしようもなく、それ以上の感染を防ぐためには全部切断するしかなかった、それでも何度か生死をさまよっていました。」
この時横のリリアが口を開いた。
「兄の死体を背負ってっておっしゃいましたよね、母親のほうはどうなったんですか?」
「それは...わたしにもわかりません、彼女に直接聞いてみるしか...」
「そう...わかりました、今から話を聞いても?」
「はい、もう大分安定しているので。」
薬師の許可を得て、ナディ一行はナナの病室へと向かう。
「思ったより大変な任務ね。」




